じじらぎ

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間一髪

トカラ列島に向かって北上してきた台風24号は土壇場で西にそれた。 なぜにそうなったのか分からないが、間一髪。 全壊を覚悟したパパラギは今度も生き延びた。 

DSC04831.jpg   7日正午現在の推定位置と予報円。 中心付近の瞬間最大風速は70㍍になるという。

DSC04856 (1024x699)   7日1526時、湯泊。 強風圏に入る直前。 この程度の波は見慣れた風景だが、予報通りの台風だと湾の地形が海の底まで変わってもおかしくない。

DSC04865 (1024x748)   7日1641時。 1600時ごろ強風圏に入った。 1700時までに雨戸を閉める。 窓ガラスは塩がべったりと付き、すりガラスのようになった。



DSC04922 (540x387)   台風24号は8日0130時ごろ小宝島に最も近付いた気配だった。 しかし、風はそれほど吹かない。 期待していた雨も降らずに夜が明けた。 台風は家も庭も草木も塩漬けにして、雨雲もそのままつれて北の海に去った。

DSC04921 (800x546)    8日0814時。 一夜明けたら何事もなかったような庭のたたずまいがあった。 テーブルと長椅子は風で飛ばされないように昨日のうちに伏せておいた。

IMG_1549 (1024x683)    8日1401時、波しぶきに埋没していた中の門(向かって左側) と沖の門(右側) が輪郭を現した。 空と海が青さを取り戻す。


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24号

台風23号の後を追うようにして24号が迫っている。

屋久島の方の口永良部の漁師が「今度ののは今までと違う」と人づてに伝えてきたのは、5日前のこと。 これまでとは違う覚悟をせねばならぬ。




漁師の観天望気は狂いがない。 気象庁などの今日の予報より、漁師のおととい、先おとといの予言を信じるのが昔からの自分の流儀。 それで間違ったという記憶はない。

あすは2階にいたら飛ばされるのか、家が倒れたら1階にいては潰されるのか、浸水はないのか…。 そんな相談を女将と初めてした。




午後1時ごろ防災無線のスピーカーを通じて島内放送があった。 村のインターネット回線は通じなくなったという。

春夏風冬

IMG_1452 (1024x683)    前に小宝島には秋がない…と書いたことがある。 ギラギラと陽光が照りつける夏がいつ終わるかと思っているうちに、ある日気がつくと、冬の冷気が忍び寄っている。 真夏から突如冬になる。


しかし、昨年になって忘れかけていたことを思い知らされた。 息をつく間もなく6つの台風が近づき、中心はそれたのに島をあおり、石も土も家も草木も塩漬けにした。



奄美では前例のない台風連続被害と大々的に報じられ、形ばかりにしろある程度の対策、救済がなされたらしい。


パパラギでは庭と裏の菜園の野菜が壊滅的な打撃を受けた。 このことを鹿児島市にある村役場の人に伝えたら、いちおう耳を傾けるふりをしてくれた。 耳は傾けても、話の内容が耳に入った気配はない。



役所が何かしてくれるとは初めから期待していない。 長いこと放心状態が続いて、裏の菜園はほとんどほったらかしにした。 新しい種をまく気力が失せた。 

女将が気を取り直して土越しの作業に本腰を入れ始めたのは、先月に入ってからのことだったろうか。 しかし、今月も半ばに入ると台風が息を継ぐ間もなく通り過ぎるようになった。

いらい、間断なく風が吹く。 波が騒ぐ。 いつの間にか烈風の季節になっていた。



そう、小宝島には秋がない。 その代わり、烈風と荒波と塩漬けの季節がある。 

……春夏風冬。
  


イルカの見送り

071 (800x533)     25日0846時、鹿児島のぼりの「としま」から、小宝-悪石の海域。 このところ船に乗るたびにイルカに遭遇する。 3回連続。

サン婆さまの供養をかねて宿をすこし休むことになった。 おかみは次の便で島を出る予定。 

欠航

0958時、村の土木交通課から「防災無線」 の放送があった。 あす鹿児島を出航する手はずだったボゼ特別便は欠航という。 台風12号の影響で悪天候になったため。

これにより悪石島を拠点に準備をすすめていたボゼ・ツアーも急きょ中止になった。 

水曜出港以降の運航については明日以降に告知するという。

抜港の島

午前6時をまわった頃、島の出張員の声で島内放送があった。

村営船「フェリーとしま」 の上り便は港内の状態が良くないので抜港するという。


0615時に宝島を出港した船は小宝島を飛ばして悪石島に向かう。 この分ではボゼの特別便も予定どおりいくかどうか?

雨、雨

きのう未明、西側のはるか洋上で稲妻が光った。 竹の山の裏側にあたり、直接は見えないが数十分光り続けた。 

夕方になって空は明るいまま湿った風が吹き出した。 


日づけが変わって17日未明、たたきつけるような雨になった。 

すぐに止んで、これではオシメリが足りないとぼやく。


夕刻になって再び風が起き、大粒の雨が断続的に降るようになった。 「これならどうだ。 もんくあるか!」 と、天から声がしたような。

雨らしい雨は7月1日の梅雨明けいらい、およそ50日ぶり。


南の海に熱帯低気圧が二つ発生しているらしい。

久々の日の出

IMG_1123 (1024x695)   0558時、パパラギのベランダから。 久しぶりの小宝の日の出。

計画断水?

なにゆえの断水であったのか……海水淡水化装置に故障はなかったという妙な話を聞いた。

島では分校の屋内体育館建設のために多数の工事関係者が入り込んでいた時期があった。 それが一段落して、島の実人口はむしろ少ない時期。 機械は正常に動き、人は少なく需要は減ったはずなのに断水?


まさか、3.11後の東京の計画停電と同じことではないだろう。 電気はまだあるのに通勤の足を止めて首都機能をマヒさせた。 昔の日本人ならあり得ない本末転倒。 



夕方に突如断水し、一夜明けて朝になってまた断水になったことについては、節水を呼び掛けたために水の使用量が増えた……という人がいた。 これも信じがたい。

この話がウソ出鱈目であることを祈るのみ。 敢えて確かめてみて、万が一本当だったら情けないので忘れることにする。


昼前には蛇口の水は結構な勢いで出るようになった。 

それでもとの静穏に戻ったのかと言えば、ちょっと違う。 島の空気はどこかあわただしい。 あすは体育館の落成式で来賓がたくさん来るのだという。

水罰がきた!

朝、顔を洗おうと思ったら水が出ない! 

きのうは日没を過ぎる刻限までそこそこ立ち働いてシャワーを浴びようとしたら、出ない!  汚れたまま寝て、日づけが変わって朝になって汚れたままの体で起きたら、またも断水。


きのうのアナウンスでは、海水淡水化装置の不具合はひとまずなおって、空になっていた湛水槽に水をためている……ということだった。 一晩たって十分に貯水できたのかと思っていた。 


なぜ、こんなことになるのか?
 

しばらくしてアナウンスがあった。 深刻な状態だから節水をお願いする……とか。 

深刻なのは言われなくても分かっている。 なぜこうなるのか、復旧のメドはたっているのか、肝心のことについては、何もわからない。 

水罰

雨雲らしきものが島に近寄りそうな気配もあったが、雨にはならない。

夕立も来そうで来ない。 きのう勝手に出した小宝島の梅雨明け宣言は、撤回しないですんだ。


午前10時過ぎ、村営フェリーの入港までは間があったので、湯泊の露天に行った。 強い日差しを避けるため麦わら帽子をかぶって湯に浸かる。  ハタから見れば随分と滑稽な格好に違いない。


カンカン照りだとお湯も熱い。 「海水」 という表示のあるコックをひねってうめる。

それが普段と様子が違った。 いつもはホースが生き物のように浴槽をのたうち回り、油断すると浴槽を飛び出す勢いの水が、よほど穏やかになっていた。 

あらためてみると、水量はいつもの3分の1くらいだろうか。 ホースの先端から水は静かに間断なく流れ出ていて、頃合いの勢い。 

水不足に苦しんだ小宝ではなく昔の東京の話だが、「みずばち」 という言葉があったらしい。 

漢字で書けば水罰。 水を粗末にすると、いつか報いを受けて水の大事さを思い知らされる日が来る……というのである。 

水の勢いも強すぎないのがいい。 海水といえども動力を使って海からわざわざ汲み上げている。 湯水の如く蕩尽してはいけない。



心なしか、水の色も普段より澄んでいるようにも見えた。

ひょっとしたら「海水」 をやめて真水が使われるようになったのかも知れない……。  そんな期待を込めて嘗めてみた。

やっぱり辛い。 海水相応の海水の辛さであった。

梅雨明け

奄美地方に梅雨明け宣言が出された。 例年より2日遅れという。

ならば小宝島も梅雨明け。 

気象台での正式の扱いはどうなっているのか知らないが、宝、小宝の天気は奄美地方と一緒である。 そう思ってきて、これまで不都合はなかった。


一方、十島村に大雨洪水警報……などという情報は無視している。 

小宝は珊瑚礁の島で雨が降っても水浸しになりにくい。 川はないから洪水も氾濫もない。



トカラ深南部は、気象に関しては十島村でなく、奄美。  心の深層にも奄美的なものが潜んでいるのかもしれない。








自治

住民センターで自治会の総会があった。

規約では4月に開かないといけないが、このところ5月、6月とずれ込み、去年は7月半ばに招集された。 この調子だと、今年は7月、あるいは8月になるのかなと観念していた。

それが6月末日の開会となった。 ひと月ずつずれてきた過去の流れが、どうにか止まった。 


ご同慶のいたり…というべきか。 ただし、決算報告は一部空白のままだった。


聞いてみると、これではマズイという認識はあった。 しかし、いつになったらつじつまを合わせられるか…見通しは立たない風だった。

とにかく、人手が足りない…。 忙しい…。


観光パンフレットには、刻(とき) の止まる島…とある。 だからといって、島民はストップモーション状態で、凍りついているわけではない。

現実には時は冷酷に刻まれ、うかうかすると、人も島も置き去りにしてしまう。 気ままに通り過ぎる旅人の独善的な感傷に調子を合わせて、浮かれていては食っていけない。



赤字になっていないから構うことはない…という考え方もある。 しかし、破産しても差し押さえられるものがない島で、知らない間に知らないところにお金がたまっていくのは恐ろしい。

サラ金地獄に堕ちたら破産宣告すればいい。 しかし、個人が手を出せないお金がどこかにあると始末に困る。 個人のお金ならパチンコ屋あたりで一気に決済出来るけれども、公的なお金は面倒な勘定の手間と最低限の倫理を要求する


どだい、金勘定などというような因業因果な仕事に、しろうとが気安く手を出してはいけない。 そのために安くもない給金をもらってもらって能のある人をお役人になってもらっている。

それが長い間、試行錯誤を積み重ねて来て産み出された知恵のはずだが、残念なことに小宝島には役場がない。 小屋のような出張所はあるが、村役場の正規職員の座る椅子はない。 

臨時雇いの出張員も公金徴収や村営船の乗船手続きだけでなく郵便業務、村営住宅の補修、海水淡水化装置の手入れ、村道の草刈り、村営船入港のさいの誘導、各種連絡…等々のために椅子に座る暇はない。


村役場は島から300キロ以上の海を隔てた鹿児島市にある。 村営船が来るのは週2回。

職員はたまに「出張」してくる。 来ても椅子の用意はない、宿舎もない、お客様扱い。


いつの頃からか、村がなすべき業務をことごとく自治会に丸投げするようになった。



住民の自治に委ねると言えば聞こえはいい.。 実態は、自治能力に欠陥を抱えた地方自治体が、自治の厄介さに根をあげている島の自治会に仕事を押し付けてきた。


凄まじい状況だが、この事態の打開策はある。 

よその自治体のようにやればいい。 管轄地に役場、ないし支所を置き、職員を配置する。 



それをしないで半世紀、53年。 こんな無体なことを続けていて、いったい誰が得しているのだろうか?

 


村営船「フェリーとしま」出港

朝、村営船「フェリーとしま」 が定刻に出港する旨の放送があった。  台風4号の接近で19日水曜だしの船は欠航していた。

15日夜半から雨になった。 

良いおしめり…と喜んでいたら、夜が明けても降りやまない。 未確認ながら、奄美地方は梅雨入りしたらしいという話を聞いた。 ならば、小宝島も梅雨入り。

小宝の梅雨はおおむね陽性だが、去年おとどしは湿っぽい日が長々とつづいた。 ことしはどうなるのか?

5月

049 (1024x763)   早いもので、もう5月。 旧暦4月の中旬に麦の祭りがあるはずだが、日程はまだ聞いていない。


晴れれば日中は夏の肌もち。 長袖だと暑い。

渡りのお客さんは、アマサギが30羽近く。 ツバメはまだ寒い時期から渡ってきている。 カラスはいつものとおり2羽。 名前は確認できないがツグミ類が多い。

 




島おこし族

041 (1024x773)   自民党離島振興特別委員会の議員一行が島にやってきた。 村の観光兼行政連絡船「ななしま」 で昼過ぎ、城之前漁港から上陸したところまでは見届けたが、何人やってきて、どこをどう見て回ったのかよく分からない。

「ななしま」より先に接岸した村営船「フェリー としま」には村役場の課長級以上の主だった職員が乗っていた。 案内役のつもりなのか、宝島に先回りして待つ段取りらしい。


「先生方」の付き添いもいいけれども、やたらに人数が多いのが気になった。 これでは鹿児島市にある十島村役場はもぬけのカラではないか。 それでも大事ない…というのが村役場の普段の仕事ぶりなんだろうか?

島おこしは確かに必要だろう。 しかし、どんな風に興したいのか将来像をみすえた議論はあまりきかない。 このところは島おこしが島つぶしの様相をおびる状況が目についてしかたがない。

P1010043 (1024x761)     27日0553時、湯泊♨

P1010045 (1024x752)    同0555時、同。 西の空。  

授業参観

DSC04600 (1024x768)   15日1403時、宝島小中学校小宝島分校。 久しぶりに分校に行った。 新年度初めての授業参観。 教師と生徒が1対1の昔ながらの授業風景は珍しくないので、写真は複式学級の教室。 

IMG_0374 (1024x662)   28日0622時、パパラギ2階。 日の出が少し北に動く。

昼過ぎ、ワシタカ類十数羽が竹の山(103㍍) 上空を舞った。
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