じじらぎ

  

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発信地移動

恒例により暫時、鹿児島に移動。しばらくは「トカラ列島 鹿児島日記」になります。いつ島に戻るかは未定です。

17日午前8時過ぎ村営フェリー「としま」は小宝島をとどこおりなく出港した。鹿児島港に着いたのは午後8時35分ごろ。

前の便は荒れに荒れて、工事関係の車両の積み下ろしも多かったらしい。鹿児島に着いた時は午後11時を回っていたという。船は揺れるもので、少々時化てもそれが船旅というもの。長旅も覚悟の上だが、期待通りの刻限に着岸するのはやはり有り難い。

船上では思いがけない出会いがある。街なかをあるくと雑踏のなかに知人の顔を認めるのは日常的なことだろう。目礼して行き過ぎることが多い。船の上で知人に会うと、それまでの付き合いは浅くても懐かしい。

「としま」には3層の乗客甲板それぞれに「喫煙場所」がある。「喫煙所」とか「喫煙コーナー」とかしなかったところが、いかにも「としま」。「便所」はむかし、「排便場所」と言ったのかどうかは知らないけれども、漢字2文字が一般的に通用している。それに雷同しなかった。

「便所」は使っているうちにだんだんと汚れてきたと思うのか、最近は「トイレ」などと称している。「トイレ」だって使うだけ使っているうちに汚れてくる。新しい言い方をいろいろと工夫している。

しかし、呼称を変えても本質は変わらない。呼び名で問題が解決するわけではない。使うだけ使って掃除をしないのがよろしくない。

……などと益体もないをことぼんやり考えていると、体格、色の黒さともに乗組員以上に仕上がった男が現れ、白い歯をみせて会釈する。小宝島に仕事に来られたときに宿で焼酎を酌み交わした人である。

「なんとも見事な凪ですなあ」…。今まで散々荒れていた海がなぜ凪になったのか、雲行きと風の具合の都合で、理屈をつけることはないのだろうけれども、その人いわく「乗っている人が良い人だと波も鎮まるのです」。 はて?

この人は、周りの人の気持ちを軽くする心得を身に着けた苦労人。善人であることに疑いを差し挟む余地はない。それはいいとして、当方まで連レブシで善人にしてもらっては面映ゆい。

そのあとで、もう一人ほんものの善人に再会した。病気で逼塞しているのかと思ったら、口之島の霜月祭りを見に行った帰りという。話し込んでいるうちに船を降りなければならない刻限になった。

「喫煙場所」には煙草の好きな人も嫌いな人も集まってくる。船酔いで憔悴した人も煙害の少ない長椅子の端にぼんやり座る。波を見飽きたら人の顔を見るのも悪くない。
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歳末助け合い!?

∇…∇…010
無線LANがまた切れた。先日、機械の取り換えに来てもらったばかりだから、原因はコンピューターの方だろうと思って未明から何時間も気心の知れない機械と格闘した。

あきらめるのが精神衛生上いい…と観念したのはすっかり明るくなったころ合い。ただの箱と化したコンピューターのことを忘れて、大工・こそくりのまねごとをしていたら、宿の女将が「通じましたヨ」という。

なぜ切れるのか、どうして回復したのかは不明。こうなると、不意に回復したのさえ理不尽なことのように思えてくる。女将によれば「パソコン中毒の禁断症状」。尋常を欠く精神状態になっているのがハタ目にも分かるらしい。

しかし、情報回路の切断よりも、もっと侘しい思いをさせられるものがある。前にも触れた放送塔。ここの拡声器からは、しばしば質の悪い情報の押し売りがなされる。

拡声器は、そのときのこちらの状態などを慮ることなく不意にしゃべりだす。どうでもいいことばかりではない。あした、あるいはきょう午前の大事な日程が前触れなしに突如、告知されることもある。鳴り出すたびに耳をふさぐわけにもいかない。

ジョージ・オーウェルの反ユートピア小説「1984年」の世界。僻み根性のつよい余所者にとっては全体主義的な「お達し」に聞こえる。

覚悟していたとおり、平、小宝の両島を「バッコー」したNHK鹿児島地方局の番組紹介は、お休みの日曜日を除いて、毎日繰り返された。総理大臣の記者会見があって放映が繰り延べになった日も、「ぜひ見てください」という。

しばらく、間をおいて歳末助け合いへの「ご協力」呼びかけがある。いつ頃から繰り返し流されるようになったのか知らない。鹿児島市にある役場の閉庁時間はとうに過ぎているから、録音したものを機械的に流しているらしい。

歳末助け合いにご理解、ご協力のできる村民が十島村にいったい何人いるんだろうか? 村の財政は火の車。住民ひとりあたりの債務額は全国一。村から個人的に借りた借金さえ返さない、返せない人が少なからずいると聞いた。ご理解の余地なぞない。

ここから先は私の推測だが、NHKの番組を村役場の人たちは必見のものと本心から思っていない。その理由については触れないが、少なくとも私は必見のものでないと判断した。

歳末助け合いについては、島の人びとが募金をすることをおそらく期待していない。それでも放送は毎日流す。

役場職員は鹿児島市および近郊のベッドタウンに帰宅しているころ合いだから、放送を聞くことはないが島にいると毎日聞かされる。一方で、村当局が何をしているのかという行政、財政情報はほとんど伝わってこない。

情報にかんする住民の感度を鈍らせるのは行政にとって都合がいいのかもしれない。依らしむべし、知らせるべからず…。 古来の愚民統治の手管に学んで、意図的にやっていることなのかどうかは確認していない。 

地震情報!

夕べは客用の食堂に出張して、手間をかけ、もったいをつけて飲む焼酎の飲み方を講釈しながら早々に酔っ払って午後8時前には寝た。前後不覚状態から覚めて、そのまま起床したのが午前1時半。異常に早いが、いつもと変わらない。だから不規則ということではない。

昼食後には昼寝をする。心がけてやるということではなく、人と面談中でも、運転中でも瞬間的に昏睡する。おかげで愛車を廃車にした。いらい、この時間帯に車に乗るのは控えている。

面談中の瞬間的な熟睡は車の運転ほどの危険はない。たいていの人は、自分が話すことを相手がきいているのか関心がないまま勝手にしゃべる。それと、ひとの話をまともに聞かないのが私の性格だと思いこんでいる人も多い。

初対面の人でも、こういった場合は不快感よりも驚きが先にたつのが人間の反応らしい。あきれかえって怒る気も起きないということか。

未明に目が覚めたら、すぐに活動に入る。直立歩行を拒否する足腰をなだめすかし、こむらがえりが終わるのを待つとフル操業。まず茶を沸かし、肺腑の奥まで煙草の毒を吸い込む。

久しぶりにブログを書くというのに、また要らぬおしゃべりをした。地震速報を流すのが主たる目的だった。

2008年12月10日午前2時ちょうどに小宝島で地震があった。この島で初めて体感した異常振動。ドーンと一発、その後に1,2秒間かすかな揺れがあったような気がする。余震なのか気のせいなのかは分からない。

テレビをつけてみた。いっこうに速報が流されない。工業高校のロボット技術競争の間延びした映像をいつまでも眺めているわけにいかないので、拍子抜けした気分でテレビの電源を切った。

なぜ小宝島の地震速報が流されないのであろうか? バッコー (抜港) の音が頭のなかで響き始める。バッコー、バッコー、バッコー…。被害妄想による幻聴である。

昨夕、島の放送塔が「十島村防災情報」を流した。NHKが十島村各島の実録番組を放映するので見てください…という。「○日中之島、×日口之島、△日諏訪之瀬島……」。

繰り返し放送する。小宝島はいつ放映なのか聴き耳をたてる。2度とも出てこない。そう言えば平島も出てこない。思えば、いずれもバッコーの常連だった。

前日も同じ放送があった。内容は変わらない。おそらく、きょうも夕方になると同じバッコー放送を繰り返すに違いない。どうにもこうにも「…防災情報」は、どうでもいいことは、しつこいぐらい繰り返す。

その代わり、大事なことは私が聞かない頃合いを見計らって1回しか放送しない。……もちろん、これも被害妄想であろう。

さて、なぜ小宝島と平島を無視したのか? 村営船のバッコーはそれなりの理由がある。波が荒く、大きなうねりがあるときに狭い港内で旋回すれば、岸壁や岩礁にぶつかる恐れがある。なにものかに一度でも接触すると船は壊れる。良くても長期のドック入り、悪くすると廃船。

1400㌧の巨体を7本の綱でつなぎとめるわけだけれども、これが切れ、はじけ飛ぶこともある。そうなると人の命にもかかわる。これに比べると、国営放送の抜稿 (!?) は横着である。

が、待てよ…と、ここで思いつく。ひょっとしたら、NHKはバッコー常連の島も取材していて番組をつくったのに、十島村防災情報の放送原稿がそれを抜稿したのではないか? 

そんなことをウジウジ考えだすと鬱になる。電話をして確かめる方法もあるが、侮蔑と憐憫を押し殺した慇懃無礼な応対をされ、いい加減にあしらわれるのが落ち。NHKも村役場も島の人間の被害妄想につきあっている暇はないであろう…と思いなおしたりもして、結局そのままにしておく。

島に来て驚いたのは、納得のいかないことがあっても島の人びとがことさら異議を唱えないことだった。従順なわけでも、達観しているわけでもない。鬱屈しているのである。ここまでなるには、親身に対応してもらえなかった屈辱の体験やもどかしい思いの積み重ねがあったと推測される。

なにしろ村役場の職員が島にいない。電話回線でしか話が出来ない点では、NHKといっしょ。鹿児島市にある村役場に電話しても組織機構の複雑なNHK並みにタライ回しされることがある。

これだけは、ただの被害妄想ではない。私自身が島の人たちと同じ思いをした。そして、だんだんと島の人間になりつつあるけれども、島の人間になりきれない部分も残している。やむなく蟹が泡を吹くようにブツブツとブログを書く。

とにかく無線LANの回復はありがたかった。たいしたことは書かないのだけれども通じるというだけで安堵する。

不通になったとき、管理人代理をつとめて「おことわり」を書いてもらったアンジさん、遠い国から支援の書き入れをしてくださったアダンさん、回線回復に尽力してくださった分校の教頭さん、ありがとうございます。

m( _ _ )m! 無線LANが回復しました

やっと回復しました。分校にある中継機に不具合が生じたのは、たしか11月29日でした。その後、一時的に回復したのですが、まもなく完全に壊れたらしい。

きょう正午前に鹿児島からの下り便でNTTの人が機械一式を交換にくるという話は聞いていました。とにかく有り難いことです。島で暮らしていると情報回路の切断はなんとも侘しい。

それにしても、加齢現象は抗しがたく、ブログの書き込みをどうすればいいのかを思いだすのに3分ほど時間がかかりました。脳のなかの回路も錆ついてしまったらしい。

これから、きょう2回目の温泉場の三助作業、サン太郎との2回目の散歩、宿の風呂の三助作業という日課があります。空白の10日間に何事があったのか、おいおい思いだします。

お知らせ

12月1日前後に発生した小宝島のネット回線障害により、小宝島ではインターネットができない状態になりました。復旧の目処は立っていませんが、現在対応機関等が修理日程の調整をしていますので、しばらくの間ブログを休止といたします。

 全世界40億人のjijiファンの皆様は今しばらくお待ちください。     代筆
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