じじらぎ

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船待ち…防災十島村

∇…009    きのう湯泊♨から拝んだ日の出。

∇…015   きょう30日(金) 、同じく湯泊♨の日の出。空がきのうより明るくなった。海はなお荒れ模様。きょうの出る船が制限運航にならなければいいが…。

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渡りのカラス

∇…043    南風原(はえばる) の放牧場にカラスの群れがやってきた。20余羽。人の通る一周道路から十分な距離をとって牧場の奥、海岸寄りの珊瑚礁原で餌をあさっている。

渡りをするカラスと言えば、出水平野でよく見たミヤマガラスではないか、と思ったが、それにしてはガラが大きい。


∇…078   朝日が拝めなかった代わりに接岸港で日没を見届けた。水平線に没する前に太陽の輪郭の下の方からぼやけて来て、姿を隠す。午後5時35分に見えなくなった。


∇…008 (2)   午前中、分校で竹かご作りがあった。郷土学習のひとつらしい。見物に行くつもりが、うかうかと手を出して夢中になった。

夢中になりすぎて江戸小話の「凧揚げ」 のような顛末になっては具合が悪いので、ころ合いを見て引き揚げた。この日の特別講師は島のお婆さんと、給食婦さんがつとめた。

時計はケ死まん

時計    どのくらい古いのか分からない古時計。それが生きている。
……というのが、きょうの大発見。

未明の午前3時前に目が覚めた。目が覚めたときの風景が違う。寝ているのは畳の上。下手な造作の寝台と違ってグラグラしない。客がいないのを幸いに、食堂のテレビをつけたまま、酔って寝込んだらしい。

薄い夏用の掛け布団は、女将の仕業。ふだん、やたらに口うるさいから、このくらいの埋め合わせはあっていい。

北に開けた窓から星がたくさん見える。 そして、いつもの場所に見慣れた古時計があった。

きょうの発見

∇…020  1日1発見を心がけている。実際には、なかなか。きょうの発見…と言っても、実はきのう接岸港で「フェリーとしま」を待ちながら気づいたこと。

防波堤が、地球が丸いことを証明するのに使える。すさまじい波を相手に荒っぽい仕事をするのが本業のコンクリート堤が、水準器として使えることも分かった。ただし、今はやりでいえばモバイル性がないので、大工仕事の道具としては役に立たない。

きょうも雨模様

大陸に向かっていた台風20号がUターンした。まだ、はるか南にいるはずなのに海は荒れ、雨模様の日がつづく。

きのう24日(土)昼過ぎに接岸した「フェリーとしま」は、名瀬便だったのが急きょ宝島で折り返すことになった。上りは小宝島を通過。鹿児島港にはきょう未明2時過ぎに着いたはずである。


岸壁はいつになく緊張していた。湾内に三角波がたち、うねりが船をあおる。どうにか荷降ろしをおえたところで、だれかが一言。「これで、あと1週間は大丈夫」。 

……この先1週間、船がこなくてもやむを得ない。そんな覚悟である。


∇…028   きのうは雲が切れる時もあって、ワシタカ類が2匹上空を舞っていた。薩摩半島を経由して南に下る途中のアカハラダカかもしれない。

∇…006    最近では日の出を拝めたのは20日が最後になった。ファインダーの視界に入ってきた鳥は、黒く見えるけれども白鷺類。アマサギが一羽逗留していたから、たぶんそれ。

田畑

どこで暮らしても心が和むのは,子どもの遊ぶ声。それと大人たちが手足を動かして働き,折々にくつろぐ姿が身近にあること。

小宝島には,そんな古い日本のたたずまいがかろうじて残されている。 しかし,昔ながらの音と風景がいつまであるのか…。先のことを考えると心もとない。


1平方㌔しかない小さな島は麦わら帽子を海に伏せた形。真ん中に103㍍の竹ん山の台地が隆起し,耕地は切り立った崖の下,東側から西側にかけて点在する。帽子のツバは広いけれども,遠い波打ち際まで険しい珊瑚礁が延々と続く。

暮らしの視点から珊瑚礁を見ると,どうしようもない厄介者である。のこぎりの刃のような岩肌,それが剥き出しのまま一面に広がる。鍬はもちろんツルハシも受けつけない。人が気安く立ち入ることさえ拒否する風情。


珊瑚礁をひらいて土に変えた耕地も雑草だらけの区画の方が多い。畑を2,3年休ませた焼畑耕作の名残なのかどうか? とにかく人手が足りない。人はいても金にならない自給用野菜をつくる人は少なくなった。
 


水田   かつて小宝島でも田んぼで稲をつくっていた。今はこの状態。復原すれば二毛作,三毛作もできそうだが,田植えが始まる気配はまだない。

「行き分かれ」の三叉路にある石の細工は“田の神”ではない。昔の中学生が工作の時間かなんかで刻んだ作品。

宝島と小宝島の田の神は,海辺から拾ってきた丸い自然石で,人の形を刻まない…というのが民俗学の定説らしい。 ただし,いま島にいる生え抜きの人たちは自然石の田の神も見たことがないという。


牧草   肉牛のための牧草をつくっている畑。 なんとしても島が狭い。飼料の島内自給ができる見込みはない。


湯    長いこと雑草の生えるがままだったところが,1日のうちに畑に戻っていた。だれかが突如,頑張る気になった。


崖下   崖の真下にある畑。そそりたつ絶壁の下で落石をおそれて家を建てない区画が畑になっている。家は一周道路の向い。住まいに近いせいか割と手入れも行き届いている。

右上に見えるバナナの木は直径25㌢ほどの茎が折られていた。台風17号のせい。民宿パパラギのパパイヤも幼木5本が潮風で立ち枯れになった。南方系の木だから塩害に強いと思い込んだのが甘かった。


秀さんの畑   集落の入り口に近い一周道路沿いの畑。この畑にはポリタンクで水が運ばれ,毎日手入れされている。珊瑚礁の上の土でも,思いをかければこたえてくれる。

オリオン座流星群

071.jpg   写真は21日午前3時ごろの分。流星は5つほど確認したが、写真にとらえることはできなかった。オリオン座のあたりから流れたのは一つだけだった。

午前4時過ぎまでねばったが、去年の秋ごろ湯泊温泉で岩盤浴をしながら見たときの流れ星の方が数が多かった。宿のベランダからだと街灯の明かりが邪魔をする。星がいっぱい出ているように見えても、ほんとうはまだまだ暗さが足りないのだろう。

入れ替わりに起きてきた女将はたくさん見たという。



22日は星そのものが見えない。中途半端なただの暗闇。しばらくすると雨が降りだした。 普段なら起きだす時間に目が冴えたままで、始末がつかない。

うっかりCS放送の電源を入れたのが運のツキ。「遠雷」という映画をやっていて、石田えりの屈託しない女ぶりが面白い。うかうか最後まで見てしまい、4時半ごろに寝についた。

おとといの記

告別    話は18日にさかのぼる。日記をサボった結果,記録として欠けたところが出てはまずいので,ひとまず出来事の羅列。

18日朝の村営船「フェリーとしま」で一家4人が島を去った。若い母親と小学2年の男の子,来年小学校にあがる女の子。その妹。

岸壁に島びと,分校の子ども,先生らが集まった。水平線から離れて間のない金色の朝日が,低い角度から人びとの全身を照らした。

もう一つは島の住民センターであった村政座談会。これについては「全文表示」をご覧ください。

頭上演習!?

228.jpg   長いこと日記をサボった。いろいろあった。
きょうはジェット戦闘機の爆音が頭上を通った。

いつもの通り、しばらくして2機目が飛んできた。写真が間に合ったのは2番機。撮影時刻は2時26分だった。竹の山のからの距離で目測すると高度は200㍍ほどか?
 

秋の日の出

∇…168   11日、民宿パパラギのベランダから。

∇…174   12日、これもいつものところ湯泊湾。

大運動会

∇…011   第22回宝島小中学校小宝島分校大運動会があった。ただの学校行事ではなく、島をあげての年一度、最大のお祭り。入場行進は児童生徒のあとに島の老若男女、全員が従う。

∇…139   応援合戦。といっても不偏不党の白組だけ。身を乗り出して見守るのは再来年入学予定のT君。

∇…076    記録や勝敗を争う競技よりもみんなで楽しむプログラムが続く。グランドゴルフは乳幼児を除いた全員が選手。

∇…152   就学前の幼児も出場した玉入れ。   

蘇鉄の門

∇…013    運動会には昔、杉の葉のにおいと青いミカンの香りがあった。 島に杉の木がない。杉の葉の門もないと思っていたら、いよいよあす大運動会という日になってソテツの葉の門がつくられた。


!!

午前3時発表の天気図を見た。台風18号は伊勢湾をうかがうところにあって上陸寸前。勢力はほとんど衰えていない。

台風に慣れていないところでは、おそらく10年か20年かに一度の災厄。救いは動きが速くなっていることだけだが、台風の強さを思うと慰めにならない。 あゝ、死ぬ人が出るな…と嘆息した。

島は静かになった。「フェリーとしま」 は予定通り、今夜出港できそう。

今朝の波

∇…18号…港    台風18号は勢力をたもったまま接近してきた。予報では、トカラは暴風圏の縁まで紙一重。このまま通り過ぎてくれるのを祈るのみ。  

写真上は朝7時台の接岸港。下は黒瀬海岸。沖の門は波しぶきに隠されて中の門がかろうじて見える。 


∇…18号…門


門口の波

∇…002 ∇…008

6時19分、昇ったばかりの太陽が少しだけ顔をのぞかせた。右の写真は、それから31分後の中の門、沖の門。 雨はあがったが、地獄門の洗濯場は大時化の前兆を思わせる泡立ち。

∇…009    終日、雨。雨粒が風にあおられ、ガラス窓をたたく。 

畑と庭にとっては慈雨。ときどき、こんな日があればいい…と女将。

サンが外に出たがる。雨の降る庭に2度出してやったが、それでも満足しない。自分ひとりだけだったら使わない車を出すことにする。

サンを車の助手席に乗せて、雨に濡れに出かけた。接岸港に行っても宝島の島影は見えない。港の風景はがら空き。

きょう出る予定だった村営船「フェリーとしま」 は欠航という。

枝払い

∇…掃除  分校で大掃除があった。10日に開かれる運動会のために、普段は手が届かない生け垣の枝払いなど。

島の人がみんな出てきた。運動会も総員参加、下準備も学校だけの行事という感覚ではない。田舎の学校で、杉の葉で大きな門をつくったのを思いだすが、ここには杉がない。

渡りの季節

∇…アマサギ アオサギ

3日島に届いた便で、修理に出していたコンピューターが帰ってきた。有り難い。

修理費は要らないという。これも、今どき有り難い。 故障は十島村のせいである。悪いことはみんな十島村!?。


午前4時前、風のうなる音で目が覚めた。きのうの海は静かだった。ひと晩のうちに様子が変わったらしい。どう変わったのか、外はまだ暗いので分からない。

きのう夕方はサンと遅い散歩に出た。分校わきの筋を抜け、島の東側に開ける珊瑚礁原・家の下(えのした) で、自転車の荷籠から折りたたみの椅子を出して座り込み、海を見た。

小島の脇に目立つ岩が二つある。鷲がとまっているような形に見えるのが中の門(もん) 、この沖にあるのが沖の門。ここいらの海が沸き立つと時化になるという。

なぜ門というのか知らない。ただ、この門あたりから先には金おろしを水平線とほぼ平行に並べたような形で珊瑚礁原が潜み、暗礁がいっぱいある。舟にとっては地獄の入り口。

きのうは地獄門のあたりも静かだった。それを、何も考えずに長い時間見つめていた。サンも傍らに座って動かない。

老犬のサンとは、お互いに存分に年をとってから知り合った。なぜかウマが合う。人間にも知り合いはいるけれども、こんな存在はいない。

きょう深夜、鹿児島から村営フェリー「としま」 が出る予定。南の海では台風が2つ動いているという。

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