じじらぎ

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うねり

“ふりだし” に戻って鹿児島港に着いたのは29日午後8時10分。出発は27日午後11時50分だった。名瀬での停泊時間を差し引いた正味の航行時間は往復33時間ほどになる。

小宝島と平島で抜港した分,帰りは早かった。 寓居に戻って旅装を解き,めくら滅法にシャッターを切った写真を再生してみた。以下はパノラマ風のうねりの写真。

抜港 160

抜港 116

抜港 147

3つ並べた岸壁の写真は突堤,岸壁のなかほど,それに陸側のとっつき。同時刻,午後零時22分に撮った。小宝港内のうねりの様子が分かるけれども,肉眼で見るうねりはずっとすごい。

ご覧のとおり外海の方が穏やか。

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往復バッコー

29日10時25分現在,諏訪瀬島の本浦港。恐れていた最悪の事態になって,小宝島は上りも抜港になった。

朝のうちどんよりと曇っていた空は,いま明るい。海もそれほどの時化ではない。それで,抜港になるのは小宝,平の宿命。

名瀬だより!

ロープ切断1 遠のく小宝

なんとも間の悪いことで,いま船の中である。 

昨晩,村営船「フェリーとしま」に乗りこんだ。船は定刻午後11時50分に鹿児島港を出港した。 

未明の口之島,夜が明けて中之島,そして,うねりの平島,諏訪瀬島の本浦港,悪石島。 正午を過ぎてデッキに出ると小宝島が迫っていた。

そこまでは,まぁ良かった。 その後,お互い望みもしないのにずっと船とつき合い,宝島を経て,ついに奄美の名瀬。

現在,名瀬の新港の船内にいる。 目的地は小宝島であった。いまも行く先は変わらない。

妙なところが経由地になった。最悪の場合は鹿児島にそのまま戻って出直し。 何度も遭難したあげく,ついには失明して目的を果たした鑑真和上をここで思い出すのは,やはり不謹慎か。 

バカさ♨

古い堤防      いちき温泉センターの隣に物産館がある。そこの駐車場からの見晴らしは知る人ぞ知る絶景。

薩摩半島の深南部からつづく長い長い吹上浜の砂丘が尽きたところが八房川(やふさがわ) の河口。ここに古い港がある。

かまぼこ型の堤防の石積み。昔ながらのたたずまいが保存されていて,不思議な存在感にうたれる。

めんどうなので,あとで機会があれば調べたいが,ひょっとしたら築堤は江戸期。 もうひとつ,ひょっとして,肥後の石工・岩永三五郎の仕事かもしれない。 そうであってもなくても驚くことではない。




ジゴロ

フランス語にジゴロという言い方があるらしいが,きょうの話は薩摩・大隅などの方言のジゴロ。  久しぶりに生れ在所を訪ねたら,薩摩半島西北部に住まうジゴロにはいくつか特徴があるのに気づいた。


よそ者

ブログ 168   長いこと放りっぱなしにしていた軽自動車のホコリを払って,墓参りに行った。花はいつも市来の物産館「喜楽館」で確保する。 国道沿いの駐車場に車を乗り入れると,自然が我を読んでいるのに気づいた。


きょうが出港日だった!

村営船「フェリーとしま」 は鹿児島港を金曜日と月曜日に出港する。…と思っていたら間違いだった。

ハチドリ?

ハチドリ4     蜂なのか? 蛾なのか? ツワブキの蜜を吸いに来てホバーリングしている。

小宝島の民宿「パパラギ」 の庭にも同じ飛行物体がやってきて,日々草の花の蜜を吸っていた。東京から来た若い女性の客が「あ,ハチドリがいる」 と教えてくれた。

旧吉田村の寓居の庭で撮影したのが上の写真。まだ正体不明の未確認飛行物体のまま。どなたかご存知の人がいたら教えてください。


待つ

待合室アップ   いま所在位置は薩摩の旧吉田村。だからここで愚痴をつづっても本当は小宝島日記ではない。しかし,本当でないことを強引に本当にしても,必ずしも真実がまげられることにならない。

学者や役人のいい加減な手合いほど,言葉尻や手続きにこだわる。それで,やることは間違いだらけ。いっそ最初から間違いをくるみこんだ方が話が本当になるのではないか…。

…と,考えてみれば,どこにいても「トカラ列島 ○○日記」 でいいのだ。


そもそも薩摩本土はトカラのシッポではないか。 シッポは意外に長く北海道の先の列島まで伸びていて,薩摩・大隅はシッポの根元にすぎないのではないか?

鹿児島上陸」

19日午前7時54分,村営船「フェリーとしま」 は小宝島の岸壁を離れた。鹿児島入港は午後8時半。定刻運航はしばらくなかった。“なぎ男” の看板は降ろさないままにしておく。

ビジネスホテルに投宿。一夜あけて朝食代わりのお握りを買いに出たら,道路向かいにあったコンビニは店をたたんでいた。やむなく歩行距離を50㍍あまり延ばし,地蔵角の手前の店で物件を確保した。

午前5時…。当日付の新聞が揃っている。タクシーのほかゴミ収集車も働いていた。歩いているのは重い足取りの若者だけ。近づくと煙草と汗の臭いが迫る。

016.jpg
きょうも日の出が見えない。朝方の気温は19度。夏から一気に冬になった感じ。

島では25度を切ると涼しく感じ、20度を切ると寒く思う。青森を旅している友人からはいちめん雪景色の写真が送ってきた。


∇…019    船が来た。今のところあすの折り返し便に“抜港” の知らせはない。

船が出ない…

鹿児島港をきのう16日(月) 出る村営船「フェリーとしま」 が荒天で出港延期になっていた。一夜あけると天気はもっと悪くなっている。このぶんでは,きょうも出ない。

風がうなり,窓を開けられない。気温は早朝から24℃,むし暑い。

ブログ 100 ブログ 086

夕方の南の空…。空の高いところにある雲は北に,下層の黒い雲は南の方角に流れていた。

トホホ!

トホホ…。情けない始末になりました。

“おいどん” に関する偏屈爺ぃ的考察

去年,薩摩語に翻訳して文化祭で発表した『吾輩は猫である』の冒頭部分がしっくりこない,という話は前に書いた。

それで,翻訳をやりなおしたわけだが,しっくりこない理由については,後になって思いついた。出だしの「おいどん」 がいけなかった。


猫ジャを改め,猫ゴワス

いよいよ文化祭が明日に迫った。本番の前に薩摩語対訳の「吾輩は猫である」を女将に聞いてもらったら,いくつか改善点を指摘された。

なるほどと思うところがあって,その場で訂正した。その勢いでかなり手を加えることになった。



生きていてよかった!

朝焼け089   月曜日の朝が明けた。朝から存分のお湿り。日がな一日,雨に振り込まれたうっとうしい日…と思っている人がいれば,それはフ(運) の悪い人。

7時前に外に出ると空の様子はよほど違っていた。 目の前に「朝焼け小焼けだ。大漁だ…」 とでも歌い出したくなるような見事な空があった。

虹100   露天風呂には旅の青年ふたりが来ていた。朝焼けに見とれていたが,温泉場の階段をのぼって湯船に近づくと,裸のままの青年が爺に気づくと同時に「おおっ!」 と声をあげた。

近づいてきた爺ぃに後光が射していた。 …のではない。 

西の空,竹ん山から虹がたっていた。完璧な半円形で広角レンズに入りきれない大きさ。 

青年は「来てよかった!」とつぶやく。そのあと,すぐに言葉を継いで「いいや,生きていてよかった!」

おいどんナ猫じゃ…の続き

きょうも続編…。といっても,去年の続き。

去年,分校で開かれた文化祭に初出演した。出し物は朗読。漱石の『吾輩は猫である』 の冒頭部分を薩摩半島の方言に訳してよんだ。題して『おいどんナ猫じゃ』。

それが本当に受けたのかどうかは分からない。とにかく,ことしもヤレという。 やることにした。

続バカ火

バカ火     前回,本題に入ろうと思うところに用事がはいってきて,そのままになった。何を書くつもりだったのか本人もあやふやになったころに,続編。

“バカ火” というのは屋久島の山尾三省さんにおそわった。アメリカ・インディアンは大きな火を焚くのをおそれ,きらったという。

炎のたち上がり方にも節度が求められた。無暗に大きい火はバカ火。火は聖なるもので,おのずと品格がないといけない。

バカ火

いつの間にか冬の肌持ちになった。ヒグラシの声をいちど聞いたと思ううちに朝夕の風が涼やかになってきた。

なすべきことをいっぱい溜めたまま,無性に益体もないことをしたくなった。

出来たばかりの囲炉裏(いろり),といっても,ほんとうは半割りのドラム缶に木枠をつけただけの代物。それに火をいれた。



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