じじらぎ

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漁師の朝市

∇…重富漁港   姶良町の重富港に朝市が立つというので行ってみた。とれたての野菜が、みんな百円。写真右奥のテントには人が列をつくっている。わけもわからず並んでみた。

∇…海鮮汁   列の先頭では大鍋が煮えたぎっていて、エビ、ブリ、魚肉ミンチの海鮮汁をスチロールのどんぶりにあふれんばかりについでくれた。お代はいらないのだという。錦江湾の湾奥で漁をする重富漁港管理組合の40余人が腕によりをかけ、年に一度のふるまい。

∇…生きた魚   水揚げ場ではいけすのなかで泳いでいるアジやイサキを網ですくって売っていた。値段はきかなかった。お金のやり取りをする場面を見ていない。ひょっとしたら、これもタダだったのかもしれない。

組合員は50代、60代とみえる年配の人たちが中心らしい。朝早くから車の整理をしていたのもどうやらこの港の漁師。海の恵みに浴して生きてきた男たちは、それぞれに悠然とした優しい面立ちをしていた。

朝市の一角には石の祠があって、えびすさまが鎮座まします。今は立ち止まる人はいない。ひととおり一年の仕舞いができたら、漁師たちのお参りが始まるはずである。

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町医者

昨日、かかりつけのお医者さんに退院の報告に行った。年末年始の長期休診を控えて、どことなく仕事おさめの雰囲気。退職した昔の看護婦さんも遊びに来ていて、爺ぃがしぶとく生きているのを喜んでくれた。




∇…霜   鹿児島の寓居は市域の北の端にある。市域といっても平成の大合併までは吉田町といった。県都に隣接しているのにベッドタウンとしても注目されない。なぜそうなのかは思い当るところが色々ある。

冬は寒さが身にしみる。 病室から解放されて一夜明けたら、いちめん霜だった。すっかり島人間になってしまうと、それもまた珍しい。


∇…∇…蕗の薹  蕗の薹(ふきのとう) は今が旬。年が明けてボヤボヤしていると、どんどん薹が立つ。庭をさがせばまだまだあるのだけど、2カケもあれば何日か薬味に使う分には余る。


退院しました

無事、退院しました。それともう一つ有り難い話。心臓血管系の問題は、要観察の扱いでいいということになりました。しばらくは娑婆の空気を存分に吸って、構いなし。

病院では我儘をさせてもらいました。有り難うございます。

退院して、いっそう身を入れて我儘をします。年越しは鹿児島、年明け第一便で初荷と一緒に島にもどります。

退院!

大事な話が今ごろになった。週末には退院の運びになった。

ゴメンナンセ m(_ _)m!

「猛」さんと名乗る人からコメントをいただいた。絵文字を使うとは意外だった…という。はて?

祝日

orion.jpg  未明2時前に目が覚めた。縦に長い窓の一角に星が光っていた。ひょっとしたらシリウス。ならば近くにオリオンがある。布団の中で首をねじったらオリオン座が全容を現した。

写真は廊下の窓から写した。三脚はない。おまけに窓ガラスが中の明かりを反射しており,これが精一杯か。とにかく鹿児島市街でも星が見えた。

今ごろ隣室の綾之小路(?)さんは集中治療室で手術の傷の痛みと格闘しているにちがいない。きょうは天皇誕生日。東条英機らA級戦犯が処刑された日でもある。

病人ずれ

ベッドの上で自分の入院歴を反芻してみた。退職間際までろくに休みも取らず働きづめだったと思いこんでいたら,在職中に6回も入院していた。

それで病休は退職の日までゼロだった。37年分の年次有給休暇の消化日数もゼロ。ウソのようなホントの話…。


労働行政にたずさわるお役所は,それを見て見ぬふりをした。 それだけなら良い。見当はずれの杓子定規をふりまわして働く人間をさらにいじめた。…話せば長くなるので,この話はいずれ。



スピード違反

2009年12月22日火曜日…。入院は14日(月)だったから入院9日目。手術からは7日目。午前4時に起きた。

床に就いたのは午後9時前だった。十分に眠っている。魔法瓶を下げ,長い廊下を杖つきながら給湯室まで歩いて,おいしい茶を独りで飲んだ。


m(_ _)m!

ニューヨーの不動産屋の片棒を担ぐ。 正月1カ月間空く部屋があって諸設備つきの部屋がホテルよりもずっと安く借りられるという話。問い合わせはこのブログのコメントで受け付けます。

もう一つ,今度はお詫びと訂正。 宿の女将が「民宿 in 小宝島」のブログで,モーツアルトの音楽の話をしている。私がそう言ったことは間違いではない。事実である。…が,事実は真実と違う。

看護婦さんやーい!

いつの頃からか、看護婦という呼称が使われなくなった。

看護婦と呼ばれていた職業がなくなったわけではない。女性の社会進出の先駆をつとめた職種は、もちろん今も健在。 健在であってもらわないと困る。


戻ってきました

手術は16日午前11時過ぎから午後2時過ぎまでかかった。脊髄を痛めないように注意しながら削った骨は3本。すべてうまく行ったという。

ICU(集中治療室) から元いた病室に戻されたのは17日午前のこと。大した理由もなく痛み止めを拒んだらやっぱり苦しい思いをした。

18日,痛みにもなじんで持ってきた本をほとんど読み終えてしまった。看護婦さんたちは「読書が趣味ですか」と聞くけれども答えようがない。本でも読まなければすることがない。

手術!

ついに手術日が来た。夕べは,病院の売店に置いてあった出版社系の総合雑誌を読んでみたら中身が薄い。新年号の特集記事も手抜きがありあり。

こんな雑誌が何で売れるんだろうと思いだしたら興奮して眠れなくなった。午前零時半になったところで看護婦さんを呼んで,睡眠導入剤を持ってきてもらった。

せいぜい3時間も眠れればいいと思っていたら,5時半に目が覚めた。薬剤師さんの勧めに素直にしたがって良かった。

7時前に背中の空いた手術着に着替えさせられた。あと点滴,浣腸があるという。

パンよ,おごるなかれ

入院 014  入院2日目の朝,パンが出された。これは予想外。きいてみると朝食に御飯が出るのは週に2回だけなのだという。

パンに対する恨みつらみを書きはじめたら終わらない。その間,薬剤師さん,コルセットを作る人,経理の人,麻酔を担当するお医者さんなど次々に人がきて,それぞれ丁寧な説明をしてくれる。

ついに書きかけのまま。続きは後日に譲ることにした。


入院 001 初日夕

ついに入院した。成り行きで個室に入った。「電脳」も携帯電話も可。食事は好みの薄味だった。

修繕

きょうが入院日である。さしあたりの修繕個所は腰。脊柱の管が狭くなって脊髄を圧迫しているという。手術しなさいと言われたのは昨年の1月だった。

2年近く逃げ回っていられたのは、小宝島の自然のおかげ。海と温泉の湯の与える浮力が逃走を幇助し、島の光と風が気をまぎらわせてくれた。


連続歩行距離が50㍍を割ったのはずいぶん前からのことだった。先月頃から10分ほど立っていても、たまには横になって寝ていても腰にしびれがきて下半身の感覚がなくなる。もういけない。

ほかにも故障個所があるので、腰の手術だけで修繕は済まない。ひとまずは正月の3日まで病室に控え、病人業に専念してみることにした。


ブログは病院の管理、監視体制しだい。宿の女将から Eee という名の、筆記体で書けばウナギのできそこないのような「簡易電脳」を拝借したので、看護婦さんの目を盗んで交信できるかもしれない。

♨ そして空也

∇…入来#9832;2    入来(いりき) 温泉に行ってきた。寓居から車で35分。蒲生(かもう) から国道328号線に乗り、入来中学校の筋を右に入る。赤い屋根が男湯、左手の新しい瓦ぶきが女湯。


∇…入来#9832;3   男湯はふたつに仕切られており、それぞれに浴槽がふたつずつ、あわせて4つ。外に露天もあって、つごう5つ。熱さも5段階。 塩、鉄、重曹が主成分というが、湯はいかにも重そうで濃い。

AED(除細動器)

∇…除細動器    きのうスーパーマーケットに行った。なんと除細動器(写真右) が置いてある。世の中も変わった。

小宝島では村役場の出張所に置いてある。そこから50㍍ほど離れた診療所にもう一つ。診療所の道路向かいの分校に、さらにもう一つ。

100㍍もない範囲内に3台。ちなみに、出張所は留守が多い。分校も夜間は無人になる。この間の住民は看護婦さんの1家3人と村営住宅居住の2家族計7人。

10人に3台!? なんとも贅沢な。 …などと、爺の分際で思ってはいけない。


口之島

∇…口之島    口之島の島影を見る機会は意外に少ない。下り便はいいつも夜明け前である。

鹿児島に帰ってから写真を整理してみたら上り便の船上から見る口之島が裏側からくっきり写っていた。特段の意味はないけれども、紹介したくなった。

起伏が複雑で、ほかの島にはない奇観。左に黒く映っている島影は中之島である。この写真ではすぐそばにあるように見える。

なぎ男復活

∇…010   きょうパパラギの食堂から拝んだ日の出。丸い形のまま水平線からあがった。

∇…046   予想にたがわず凪だった。それも完璧と言っていいべた凪。

いま船の上。暗くなって錦江湾にはいった。あと1時間で鹿児島に着く。
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