じじらぎ

  

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村おこし?

∇…082    きのう30日夜、島の住民センターで「地域振興に関する地元協議」 があった。わけのわからない会だった。
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コルセット

腰が痛くなった。

日が昇る

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いつもの習慣、パパラギの2階から東の海を見た。時刻は午前7時16分から18分。海は凪。

よその世界の古い話だけど、きょう男の子が生まれ“オオカミと連れだって往く” という名がつけられた。ドイツ語でヴォルフガング。

爺は雑犬のサンと歩く。どこにも往かない。音楽の才もない。 さはさりながら、きょうは良い日。

きょうの6場面

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きょうは久しぶりに晴れ間が見えた。船も来た。歯科巡回検診があった。村の住民センターに仮設ベッドが置かれ、日没後も治療が続く。

自衛隊の基地をアメリカに

島で暮らすとニュースにうとくなる。ノイズ(騒音) に耳をふさぐ習性がついてしまったが、名護市長選挙の話はどこからともなく耳に入ってきた。

夕焼け

∇…023 (2)     サン太郎と散歩に出た。家の下(えのした) 海岸から望む小島、悪石島方向の海が一段と広く見える。空気が澄んできたせいか。西の空は夕焼けだった。

自給自足…ではなくて足だけ自前の、不足自足

前回「トカラって何だ!」 の続きのおしゃべりです。何だか分からない話。

トカラって何だ?

トカラ列島というのは妙なところである。 トカラ列島とは?…という問いを発して、キチンとした答えを得るのはむずかしい。



七島正月の日の出

∇…013-17 ∇…047-18jan ∇…008-19   しばらくサボったので、日の出3日分一挙掲載。左から七島正月3日の17日、次いで18日、19日。民宿「パパラギ」2階食堂からの定点観測。20日は天気が悪くて日の出を確認できなかった。



∇…17日    17日、同所で開かれたクッキー作り教室。講師は契約写真家をリストラされて、やむなく菓子屋の看板を掲げて都会で食いつないでいる無免許パティシエ。生徒は宝島小中学校小宝島分校の女子。全員参加して5人。


∇…017-18      18日竹ん山(102.7㍍) にのぼった。腰の手術後はじめての挑戦。普通の人だと20分でのぼるところを30分かかった。手術前は40分かかっていた。

写真左寄りにある白い2階建てはパパラギ、その上に見える入り江が露天温泉がある湯泊湾、向かいの島は無人島・小島。 真ん中あたり、屋根にソーラーパネルが付けられたコンクリート造りは村営温泉センター。造ってしばらくしたら温泉が出なくなった。

元日の夜明け

∇…初日の出     七島正月(しちとうしょうがつ) の元日15日(旧暦12月1日) は予想どおり晴れた。  朝いちばんに湯泊温泉につかりに行った。 湯加減は上々。 ただし、水平線から昇る初日の出は拝めなかった。雲の層がたれこめ、その隙間から一瞬、赤い光がもれただけ。


∇…日の出2  雲の層は上空に行くほど薄くなる。放射状にもれる光の中心部をたどるとお日さまのありかが知れる。空はだんだんと明るくなってきた。  


∇…正月の竹ん山   西側に視線を転じると、昔、はしけを降ろしていたスロープに何者かが横たわっていた。おなじみ、近くの民宿の女将の岩盤浴。静寂をたもつために足音をしのばせる。うかつに音をたてて起こすとせからしい。

∇…お供え   夕方、島の旧家を尋ねた。ご先祖を迎えるためのお供えがしてあった。左下隅っこは無縁仏のためのお供え。

謹賀新年!

年賀状の返事を書いた。今ごろになって…と笑われそうだが、弁解のひと言くらいは赦していただきたい。……すみません。「全文表示」の記述の中に間違いがあり、訂正を加えました。

七島正月

防波堤に打ち寄せる波 接岸港の波   月曜日出しの村営船「フェリー としま」 はきょう13日(水曜日) に出航延期になっていた。それが欠航という。 …なぜだ! 

午後から天気は回復に向かうと思っていた。接岸港に行ってみて納得した。


▽湯泊の荒波   湯泊の湾もご覧の通り。温泉に入るつもりで行ったのだが、雨まじりの風が吹きつのる。震え上がって早々に退散した。

キャンセルの宿

きょうは体が重い。島のお天気模様もどことなくかったるい気分がひそんでいるような…。

日の出

∇…019      湯泊温泉でのんびりしていたら日が昇った。いつもの風景ながら、ことし初めて拝む日の出なので、写真は大判にしてみた。小宝島らしい明るい1日の始まり。

「いずれ」 の話

またも書き込みをサボった。 ブログをひらいてくださる人たちには申し訳のないことだけれども、ブログをサボるということは健康にいいことだと確信している。

…きょうの発見! ブログのブログたるゆえんは、サボることを許容し、それを美質にさえしてしまういい加減さにある。 鹿児島訛りでいえばテゲテゲ(大概々々) なところ、それがいい。 m(_ _)m! 

ダッチロール

∇…吉田町商工会   話は元日にさかのぼる。鹿児島市の北の端の山あいの地区で年を越した。 ここらは小宝島といっしょ。人は住むけれども、店が1軒もない。

店も町工場もないところに吉田町商工会という建物がある。なかに何者かがいる気配を感じることはあるが、それが人か狐狸の類かをたしかめたことはない。正月なのに門松はもちろんしめ飾りもない。

目の前の道路は山を越えて郡山、蒲生方面につながる。右手の高架橋は九州自動車道。車は音もなく通り過ぎるだけで、ここらには降り口も入り口もない。


∇…003元日鹿児島空港    静かなところで穏やかな元日の日が暮れる…と思っていたら大変な間違いだった。ひさしく会うことがなかった長い闘病の人の容態が急変したという。

詳しい様子はわからない。着の身着のままで東京に飛ぶ便に乗った。 鹿児島空港から望む霧島連山は韓国岳(からくにだけ) だけが冠雪していた。


∇…084シケ       いささか強引だったかもしれない。予定を変えないまま4日深夜発の船に乗った。なぎ男の面目まるつぶれ。存分に罰を受けたが、夜が明けて船が南に下るにつれ、時化はいくらかおさまってきた。

のべつ荒れてばかりでは海もくたびれるのかも?  時化のなかで船を動かした人たち、島々で接岸作業に出た人たち、船に乗っていた人たちとサン太郎、それと、よんどころのない事情で荒れざるを得なかった海の神さま…みなさん、ご苦労さん!

サボりましたm( _ _ )m!

∇…054富士  あらためて、明けましておめでとうございます。  年末からきのう正月5日まで、不本意ながらも女将とサン婆さんまで巻き添えにして居所を転々とした。

とにかく、生きてかえってきた。 明るい島にかえってきた。

天気は曇りでも、海が時化ていても、島は光に満ちている。 うまく説明できないけれども、天のいちばん明るいあたりとそのままつながっているような天然自然の明るさ。 新年の挨拶はやはりトカラ列島・小宝島からでないと落ち着かない。


写真はトカラ列島(!?)でも世界に名を知られた山。北の方にあって人が凍死するするほどに寒い山。 4日、羽田から鹿児島空港へ向かう飛行機の上からコンパクト・カメラで撮った。雲の上に出ると北の方の空も結構明るい。 

退院したばかりなのになぜ飛行機なのか…についてはいずれ。

m(_ _)m 明けましておめでとうございます!


年が変わった。2010年元旦。これからはじまる1年で出来そうなことは、人並みに歩くこと、立ち止まること。杖なしの直立2足歩行に挑戦します。

∇…2010元日付 島では逆立ちしても出来ないことを、陸続きでは出来る。おとそをいただく前に24時間営業の店まで車で行って新聞を調達してきた。

「毎日新聞」は置いてなかった。「日本経済新聞」もなかった。この方はあってもたぶん買わない。

毎日々々経済のことを書いている新聞があるのに、日本の経済はなぜ悪くなる一方なんだろう? …そんな風に考えたらほかの新聞だって買うことないか。

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