じじらぎ

  

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車椅子の帰還

∇…017      船が着いた。 鹿児島市に行っていた人たちがみんな予定通り帰ってきた。

なかで番外2人。後ろ向きの車椅子は今から乗り込むのではなく、いま降りてきたばかりのところ。タラップの上からもう1台車椅子が降りてくる。
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議会中継

午後1時から島の住民センターで議会中継があった。9億円余をかけて整備したというイントラネットとかいう技術で可能になった生中継。

十島村では画期的なできごとである。管内7島のアシの便は週2回の村営船のみ。村役場も議場も遠い海の果ての鹿児島市にある。

∇…020     梅雨が明けた。公式発表はないが、小宝島では長雨の季節が終わって、季節は夏に移った。

地域づくり、島つぶし

∇…020   船が来た。村役場から職員3人がやってきて、午後7時から住民センターで“地域づくり委員会” が開かれた。

沖縄慰霊の日

基地問題で首相がかわった。それで、日本はどうなるんだろう? 沖縄慰霊の日の報道と動きを目安に占ってみた。

夏至

∇…005     小宝島の夏至(げし) は日の出午前5時24分、日没午後7時26分、昼時間は14時間1分。名瀬の観測点に比べると日の出が1分早く、日の入りは4分遅い。

加久藤トンネル

∇…016      朝「フェリーとしま」 上り便を見送った。ゆうべ遅くまで語り合った人が乗り込んで、2階甲板から顔をみせると間もなくタラップが外された。

少し波がある。船は定刻、手順どおりに動いている。天気天候がどうあろうと、多くの人がそれぞれの持ち場で努めているからそのように動く。

しかし、乗る人、送る者の縁にはどんな意志がはたらいているんだろうか?

ウスバキトンボ

夕方、サン太郎と島を回り、北側まで足をのばした。西原牧場に近づいたところでウスバキトンボの群れと遭遇した。動きが早すぎて数は数えにくい。ひとまず30匹ほどということにしておく。

梅雨時の一日

∇…012     風が強い。瞬間風速は15㍍を超えているのかもしれない。

音楽の捧げもの

∇…012     いつお迎えが来てもいいつもりだったが、困ったことになった。この分ではあと2年、生き恥をさらさないといけない。

荷物の多い客のせいである。分校では急遽、音楽の特別授業がもたれた。

バッコーの人

きのう「フェリーとしま」 が抜港して、一日遅れでお客さんがやってきた。宝島で野営する…と言っていたので、よほど旅慣れた人かと思ったら、荷物が多い。

抜港

∇…021     鹿児島からの下り便は抜港した。船は小宝港の湾口をのぞいて、やがて面舵、右に船首を向けて真っ直ぐに宝島に下った。

牛、備忘録

口蹄疫が都城でも出た。存分に距離はあるはずなのに隣まで来たような感覚。10日にあった“麦のまつり” のとき島の人に牛の数を聞いたら26頭という。不幸中の幸いというべきか、今まで聞いたなかで一番少ない。

直接民主主義!?

9日の晩に“女子部会” 10日は自治会総会があった。婦人部会と改称された女子部会は、女子でも婦人でもない立場をわきまえて傍聴を遠慮した。昔は部落総会と呼ばれていた自治会の方は“島民見習い” の身分で末席を汚させてもらった。

梅雨の晴れ間

∇…003    海水浴場の清掃があった。階段の苔落とし。季節は足踏みして朝方は冷えていたが、水に入ると、もう夏。

雨に遊ぶ

∇…093     珊瑚礁の島で暮らすと雨の降るのがうれしい。小雨なら、サン太郎といっしょに雨具なしで外を歩く。

季節の境目

∇…011

∇…026    回線不通で、一日遅れの日記になった。  凪男(なぎおとこ) の面目を新たにして島に帰還したのは昨日の話。写真は1日、船の上から望む夜明け。上が午前5時11分、下の縦の写真が5時29分。振り返って進行方向に視線を転じると、口之島の島影が刻々クッキリしてきた。
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