じじらぎ

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台風一過

8145⇒7888    2ショット。中中古と奥が大中古。

∇…一村終焉の家   田中一村終焉の家。

∇…ティダの子   ティダの子。

a href="http://blog-imgs-42.fc2.com/j/i/j/jijiragi/2010090106045585f.jpg" target="_blank">∇…郵便局   道標。


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台風3つ

∇…台風3つ    加計呂麻島にわたるつもりだったが、用事が片づかない。これは覚悟していた。が、台風は想定外。次々に3つ発生して、当分は奄美本島から動けそうにない。やむなく名瀬に連泊する。


∇…まだ客が来ない屋仁川   名瀬(いまは奄美市というらしい) の夜は屋仁川。土地の人は訛ってヤンゴーという。連泊しながらここに詣でない法はない。

と、偉そうなことを言ったが、実は屋仁川をぶらつくのは初めての経験。時刻は午後7時、なのに閑散としていた。目当ての店を探すのにくたびれて、飛び込んだ店もガラガラ。


不景気で街が寂れたということではないらしい。地元の客は10時ごろからやってきて午前2時、3時ごろまで飲んで歌い踊るのだという。

九州は日本のラテン、と言った人がいる。ならば奄美は九州のなかでもとびきりのラテン。血が熱く宵っ張り。

名瀬へ

∇…aug.29小宝発      港にはうねりがあった。ランプウエー(車両乗降用の取り付け斜路) を降ろせないのではないかと心配したが、どうにか無事に車を積みこむことが出来た。

∇…宝島へ      遠ざかる小宝島。この方角から島を望むのは昨年11月末の往復抜港いらい。


∇…名瀬の道      名瀬の道では信号停止がある、対向車が次々に向かってくる、後ろから追い越しをかける車もいる…。

道の真ん中に車をとめて風景をながめることなどもってのほか。とんでもないところに来てしまった。

出かけます

∇…029   奄美大島に渡らないといけないと思っていたが、急ぐ用件が3つ溜まった。腰をあげないわけにいかない。

きょうの昼過ぎの船で名瀬(いまは奄美市というのかな?) に向かい、ついでに加計呂麻島を徘徊する。島のお婆さんたちともしばしの別れ。



島には自転車を魔女の箒(ほうき) のごとく乗りこなし、風のように疾駆する人もいる。80代の半ばのはずだが、いつも颯爽としている。

島の裏側にいるお婆さんも美形である。彼女は動かない。いつも西の海を見ている。

復讐するは我にあり

テレビをつけっぱなしにして音声だけ聴くことがある。

ときに、声だけ聴いて衝撃を受けることがある。


耳に飛び込んできた数字は57と8。


アンケートをとったら、死刑の存続に賛成が57%、死刑は廃止すべきというのが8%だったという。


いま人の死に無関心という点で世界に冠たる国が3つある。イスラエル、アメリカ、そしてニッポン。

この3国、それぞれ事情が違う。しかし、自分の身内でなければ人が殺されるのは平気…という点で共通し、現代世界の水準では群を抜く。廃止停止を提唱した国連の決議を無視している点でもユニーク。


“平和ボケ” はイカンと危機感をあおる手合いがいる。 平和ボケより恐ろしいのは“殺しボケ” ではないのか…。

出港延期

きょうの予定だった「フェリーとしま」 の出港が天候悪化であすに延期された。あす必ず出港するかどうかは、あすにならないと分からない。

浜降れ

お盆に島に帰っていたご先祖さまの御霊は、24日の晩に連れ立って浜に降り、遠い海のかなたに帰っていくという。

せめぎ合う神々

∇…008     例によってサボった。話はまだ24日晩の続きが終わっていない。

暗くなって島のお婆さんの家を訪ねた。独り暮らしで準備がたいへんだったはずだが、ありったけのものが備えてある。



また日が昇った

∇…8.24     午前6時3分。一日違いのことなのに昨日よりも日の出の位置がかなり北に動いている。

∇…012 - コピー      低いアングルから射す朝日で、風景が金色に染まる。熟したアダンの実が映える。




20100831.jpg      何もすることがないから退屈でしょう…と慰めてくれる人がいるが、無用のこと。することは山ほどある。ただし、道具、材料がない。

襖(ふすま) を張りかえるのに襖紙がない。やむなく、捨てるつもりだった古い感熱紙のロールを貼ってみる。

それだけでは格好がつかないので、島の地図を描いた。手元にあった写真もベタベタ貼り付けて景気づけ。

襖2枚だと、車はもちろん人や犬もかき込めそうな大きさ。むずかしそうなので、まだ手をつけていない。
     

resize-3.jpg        庭いじり、畑仕事の真似ごとも少しだけやってみる。梅雨どきに挿し木したまんねんろう(ローズマリー) と仏桑華(ぶっそうげ=ハイビスカス) はほとんどが根づいた。

ニチニチソウとガザレアの白と白の花の間には4本のまんねんろうがひしめく。夏のカンカン照りで干上がって、半分か3分の1くらいは枯れるだろうと思って密植したら、みんな生きのびた。

腰がいたくなると、人目がないのを確かめて地べたにすわりこんだまま作業する。はいつくばってばかりもいられないから、あとの時間は空を見て暮らす。

雲を見ていると空を浮遊する感じになる。“仮想飛行時間”はかなりのもの。訓練もそこそこに特攻出撃した若者たちよりも雲の数はたくさん見ているかもしれない。

腰の痛さヨ

∇…006     宮崎の民謡に「腰の痛さヨ 芋がらぼくと…」 というのがあった。そのあと、どう続くのか忘れた。

去年暮れギリギリに鹿児島市の病院で腰を手術した。そこそこ手がかかった大手術に近い中手術の気配だった。

手術は成功し、患者は生き残った。ただ、生きている証しのような痛みも残っていて、コルセットが手放せない。それが、最近はコルセットを置いた場所を忘れることがある。

ありがたい! 病気や苦痛は忘れ去るのがいちばんいい。

お盆と聖書

数日来の東風がおさまりそうな気配に見えたので、海に入ろうと思った。シュノーケルやヤスを手入れしながら、接岸港でお婆のひとりが言っていたことを思い出した。旧のお盆がくるという。

女将に確かめたら、そうよ…という。

はて、困った。 久しぶりにやる気になったのに、海に入るのを控えないといけない。

資源ゴミ回収、蚊駆除

朝7時半から1カ月にいちどの資源ゴミ回収、同9時から蚊駆除のための薬剤散布があった。

船は定刻午後零時20分ごろ着いた。夏休みで実家に帰っていた家族連れも戻ってきて、島の人口は統計の数字に近づいた。

∇…011北の空

∇…019オリオン

∇…021

∇…027朝日待ち     まともな暮らしをしている人は寝静まっているころあいに湯泊♨に出かけた。岩盤浴のあと温浴。

時間はたっぷりある。思うさまにくつろいでいるうちに東の空にオリオンがあがってきて、だんだんと明るくなってきた。写真上は北の星空、次いで東の空、午前5時31分の小島、3分後少し明るくなった小島。サンもいっしょに日の出を待った。

しゅうせん

∇…019    終戦にまだこだわっているけれども、きょうのシュウセンは少し違う。漢字で書けば鞦韆。ブランコのこと。

盆明けの日の出

∇…066    午前6時3分、湯泊♨から

∇…079    午前6時7分、同

終戦記念日

夏になると、いろいろ思う。一つはお盆。逝った人、生き延びている人…、どんな因業因果でこうなっているのかと思う。

もう一つは、終戦。

戦争体験はない。まだ幼かった。しかし、国と親たちが戦争にかかわることが、銃後の子どもの心にも消し難い影を落とすことは体験している。

国営放送

テレビはよく見る。健康上よくないので、長くは見ない。

夏真っ盛り価千金

島の夏は一刻が価(あたい) 千金。その素晴らしさを語るのに、言葉をいくら並べても言い足りない。

日射しは一段と強く、気温もウンとあがる。それでも、影にはいると涼しい風がとおる。東京よりも、鹿児島よりも小宝の方がしのぎやすいのではないか…。

夜は2晩続けて満天の星が輝いた。流れ星も出た。ペルセウス流星群が最盛という。

わりと間隔が空いて、忘れかけたころあいに思わぬ方角からサーッと流れる。流れ星というのは、いつもこんなものではないか…という気もする。


三脚を据えて写真を撮りたいとも思ったが、うまく撮れても写真は写真だけのこと。時間がもったいない。

台風が遠のく

∇…003

∇…009 しぶき     朝の空が明るくなった。湯泊♨の湯加減は上々。海はまだうねりが残っている。


      

∇…山が火をふいた     一日が暮れて、夕焼けになった。竹ん山が火を噴いた!?

∇…夕焼け     視線を右に振ると空は青みをおびる。天が刻々と明るくなっていく。

…と思ったのは錯覚で、光が弱まったために夕焼けの色の鮮やかさが際立ってくるということらしい。

葬列

シェークジ(細工司) の遺骨が墓に納められた。家から墓所までは百㍍そこそこの距離、そこを直属の親族7人が葬列をつくって歩く。喪服にあらためた人の列が無言のまま、人気のない道を行く。
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