じじらぎ

  

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ウソ(嘘) とツラ(顔)

前々回の書き込みが舌足らずであった。いつものことではないか…と言われそうだが、気まぐれな補足を加えたい。
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朝、3日分

∇…043     書き込みをサボって、3日分一挙掲載! 26日朝の湯泊♨から。 天気が悪く、撮影時間も午前9時過ぎ。

北に上る黒潮の波がしらを北風が噛んで、白波がたつ。きょうの村営船は定刻に出帆する、ただし小宝は「下り便上りともランプウエー制限」 というアナウンスが聞こえてきた。

∇…025   27日の日の出、パパラギ2階の窓から。


∇…050   きょう28日の日の出、湯泊♨に入りながら。

撮影は湯舟を出ないとできない。腰にタオルを巻いただけの格好で、ちょっと背伸びしてシャッターを切る。人に見せられない格好だが、日の出時刻に通るはほとんどいない。いても道からの視界は岩がふさいでいる。

∇…066   カメラの視角に輸送船らしいのが入ってきた。鳥も飛び込んできた。左寄りの空に見える黒い点がそれだが、何の鳥なのか?

ウソを言うな!

幼少のみぎり、薩摩の片田舎の浦浜の洟たれ小僧であった。ここの洟たれ小僧は単純明快な訓育を受けた。戒律は3つだけ。 

…ウソを言うな、負けるな、弱い者をいじめるな。

西海岸

∇…横瀬とサン     腰の手術をしていらい杖がいらなくなった。それは良いけれども、無理するとすぐ痛くなる。リハビリをサボっているせいか? 車椅子がわりの自転車をやめて、足で歩いてみることにした。

横瀬の海岸はあまり紹介しなかった。自転車では行けない。のこぎりの歯のような溶岩と珊瑚礁の起伏が果てしなく広がっている。

艀(はしけ) に頼っていたころ、湯泊♨と小島の間の水道に船が停泊できないときは、島の反対側の横瀬海岸に錨をおろして荷物を積み下ろしすることがあった。荷物を陸に揚げてからが難儀だった。20代のころの女将は分校の養護教諭をしていて、学校給食に使うガスボンベを担いで珊瑚礁原を往復したという。     


∇…婆岩     お婆岩!? 勝手にそう名付けてみた。島には奇岩が多いが、この岩は人の顔を連想させる。反対側からみても同じ形。別名、魔女岩? 箒があれば、それにまたがって空を駆けるかもしれない。

∇…犬岩    犬岩!? これも勝手に呼んでみただけのこと。チャウチャウの顔を思い出させる。絶対に吠えないのは老犬サンと同じ。


∇…026    犬岩の下にアサギマダラが飛んでいた。島では年じゅういて、宿の庭のスイゼンジ菜にも寄ってくる。

渡りの途中で羽根を休め、しばらく逗留しているうちに面倒になってそのまま住み着いたらしい。ほかにも本土ではあまりみない蝶がいろいろいる。

サン転居

∇…サン転居      朝晩、涼しくなってきた。冬に備えてサンの家を引っ越しすることにした。初めは車庫の中、次いで玄関のわき。また気が変わって門に近いところに移動した。

竹の山に登る

∇…021

∇…034     小宝島が一番…という小宝中華思想に、しばらくこだわってみようと思う。 …きょうの「フェリーとしま」 上り便は定刻に来たが、接岸港内は大きなうねりがあった。船は湾内にはいってから前後上下左右にゆすられて、接岸作業は難渋した。

空は明るく、あくまでも青いのに船が着けるかどうかは分からない。去年11月に接岸寸前にロープが切れて、あえなく抜港したのはこんな天気の日だった。

とにかく着いた。軽自動車をクレーンで降ろす作業は断念せざるを得なかったが、どうにか最小限の荷物の積み下ろしは出来た。


それにしても、空は青く広く高い。港は難儀でも天気は良いという小宝らしい日。

小宝中華思想を極めるためには為すべきことがあった。地球のヘソ・竹の山(標高103㍍) に登り、世界の中心から宇宙を見通す…。

…と言えば大げさだが、さしあたり、珊瑚礁の小さな突起には光と風にみちた豊かな風景があることを証明しなければならない。ことし2月いらいの登頂に挑戦することにした。



下の段の南原(はえばる) 牧場風景は登頂記プレビュー。きのうと同じ津波の時の避難所から撮った風景。ここに登山口がある。

風と光の島……小宝が一番!

∇…001    いつものところから、いつもの朝

∇…006    避難所から見た南原(はえばる) 牧場と向かいの奇岩は赤立神(あかたちがみ)

∇…007    同じく避難所から見た小島と左端の白い建物はパパラギの2階

パパイヤ

∇…032      宿の表札代わりに門口に移植したパパイヤにメジロが来た。熟れたころを狙って、つつきに来るのはもっぱらカラスかと思っていた。見ているとメジロだけでなくジョウビタキらしいのも来る。

∇…016   飽きもせず湯泊♨の朝。7時18分。

何もしないということ

∇…002     異能の技師が逝って、図らずも服喪する結果になった。

服喪といっても、何のことはない。 船便がなくて葬儀に行けなかった代わりに、ひとり合点の安息をした。

生産的な行為をしない。祈ることも控える。 …つまり、何もしたくなくなった心のままに怠惰に過ごした。


自分が生まれついての怠け者なのか、それほどでもないのか、よく分からない。ただ、なにごとか始めると弾みがついて夢中になるのはひと様と変わらない。だから、何もしないことに徹するのも行(ぎょう) ではないか、と考えてみた。


写真機を抱えて外に出ても気を入れない。シャッターを切るには切るが、あとはそのまま。

装着されたままのメモリー端子はつまらない静止画像をためこんだ。風に揺れるススキの穂や空を流れる雲を撮っただけの、何の変哲もない風景にレンズを向けてみる。意味のないことに意義がある…と思うことにする。



それにしても、なにを好き好んで写真なんか撮るのだ!?

撮るだけでおさまらず、光学機械をつくるのを職業にしてしまったのがくだんの技師だった。 

いろんな種類のレンズを発明、改善した。胃カメラなどの先端につけるレンズ、大量生産・大量廃棄を可能にしたプラスティックのレンズ、果てはミサイルの目となる非人道的レンズ…。


中学生のころ写真の撮り方を教えてくれたのが彼だった。暗室作業も手ほどきしてもらった。

お互い、年をくった。 年相応の分別にしたがって、写真を撮らないこと、レンズを開発しないことの意味について徹底して語り合いたいと思っていたのに、果たせなかった。



昨日か一昨日か忘れたが、テレビでケビン・カーターのことを紹介していた。「ハゲワシと少女」 の写真をニューヨーク・タイムズで発表したアフリカの報道写真家である。

ピュリツァー賞をもらったら“写真を撮る暇があったらなぜ飢え死にしかけた少女を狙っているハゲワシを追っ払わないのか” といった非難が殺到した。ほどなく、自殺したという。


この話、人命が先か、報道が先か…という問題をつきつけた。そう言えば、宗谷丸遭難のときの写真も論議の的となった。

報道の在り方、存在理由、さらには人が生きることの意味にまで広がっていきそうな問題だが、話をことさらに難しくすることもなさそう。


大事な条件に目をつむって、二者択一を迫ると話がむずかしくなる。いずれにしろ、現場に居合わせない、安全圏にとどまっている者は大きな口をきかない方がいい。

現場に臨むことを軽んじて、借り物の言葉、論理で語るのは甲斐がない。



……「みかん」 さんから政治家にたいする疑問というよりも嘆息と言った方がよさそうなコメントをいただいた。答えにはならないが、文法上の言葉の乱れよりも、もっと深刻な“言葉の軽さ”に政治家も一般人も、今ほど鈍感になった時代はないと思う。

さしあたり、法務大臣にはやめてもらわなければならない。ほかに選択の余地はない。

菅内閣がもつか、もたないかどうでもいい。ここまで来たら日本がもたない。日本人が人として最小限の誇りさえもてなくなってしまう。



∇…オリオン031    上の写真は17日朝の湯泊湾、左は日の出前に西の空にあったオリオン座。

首を逆方向にひねればしし座の流星群がみられるはずだが、見慣れたオリオン座に見とれているうちに夜が白んできた。写真に撮ると、いかにもつまらない。

∇…10-0656

∇…11-0653     きのうときょうの日の出。けさ、異能の技術者逝去。

日は昇り、また沈む

∇…025nov.9    午前7時13分、湯泊♨と黒瀬の間。

∇…055午後1時2分   午後1時2分、接岸港。

∇…071   午後5時7分、接岸港。

∇…015     午前6時44分、湯泊♨

∇…033    同6時59分、黒瀬海岸。 天気は晴れ基調に戻った。気温は朝方も20℃を下ることはない。

午前9時8分、村営船「フェリーとしま」 が定刻どおり出港する旨の放送があった。ただし、小宝島の下り便は「ランプウエーの使用制限」。 車両乗降用取り付け斜路を降ろせないことがあるということ。

慈雨

∇…018     きのう5日(金) 分校で文化祭があった。

6日(土) も朝方から降りそうで降らないはっきりしない天気だったが、午後になってからぱらつきだした。干天の慈雨。

この何日か、あちこちで少しずつやってきた時計草(パッションフルーツ) の挿し木を終える。10月が適期と何かに書いてあったが、ネットで調べなおすと4,5月が適期とか!? うまくついたらお慰み。

夏休みから鹿児島市にひき揚げていた母娘3人が下りの船でやってきた。単身赴任の父親にも知らせないで、突然の帰還。

ホバークラフトと文化勲章

∇…DSC00493    朝6時49分、湯泊♨から。 右手、水平線上の黒い影はおとといから徘徊している不審船

∇…005 ∇…011     朝の湯泊♨ きのうときょう2日分。雨が降らない。今朝方になって西の空に虹がたって、少しぱらついただけ。


∇…017    久しぶりの「フェリーとしま」 帰り便。近くのお婆さんが育てた子牛を積んで午前8時5分に小宝港を出た。

沖に見える不審船は自衛艦らしい。きのうから近くをうろうろしている。せっかく島の近くまで来たのなら、寄っていけばよさそうなものを…。

むかし、田舎に「軍艦」 というあだ名のおじさんがいた。なぜか家にあまり帰らない。不機嫌でも、特に無愛想でもないのにろくに挨拶をしない。いきなり帰って、黙って家を出ていく。

軍艦は黙って入港し、出港のときも汽笛を鳴らさないものだという。隠密行動を旨とする立場は分からないでもないが、大事な任務に従事しているのか、母港に帰りづらい事情があって時間を潰しているだけなのか、はっきりしないのは気がもめる。

11月

∇…004     きのうと同じような気配の朝。いつの間にか月が変わって、11月。しかし、昼間はまだ半そで。

日の出は午前6時35分、日没17時38分。 ちなみに東京は日の出が6時2分、日没16時47分という。午後4時台に日が沈むなんて何かの間違いではないのか!? 
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