じじらぎ

   OLD »

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

晦日

∇…波105     鹿児島県内各地で防風雪警報がだされた。鹿児島市吉田地区は20センチ近い積雪で孤立したという。小宝は台風のような風。小島の南の中の門、沖の門のあたりのガレ場は白い泡に絶えず洗われている。

午後5時過ぎ雹が降った。気温は温度計が2つあるホール内が11度と12度。2階西北に面した爺小屋が12度。朝から石油ストーブを焚いていた2階食堂は22度。
スポンサーサイト

∇…061   アメリカのインディアン…最近は先住民、あるいはネイティブと呼ばないといけないらしいが、面と向かって話をしているわけではない。

知らない人のことを本人に聴こえないところで話すのに心のこもらない形通りの気づかいをしてみせる…。かえって無礼ではないか。

厄介なことで、これが戦中(念のため、この場合の戦争というのは大東亜戦争のこと) までの古い日本人の意識を引きずった爺ぃのこだわりである。

三人称的な用い方のときにまで妙に気を回すのは阿諛追従に近い。何人称であれ、彼らの人としての尊厳を忘れなければ済むことを、心にもない言い方をして飾り立てる。媚びの裏には無視、さらにその裏には侮蔑、独善が潜む。

昔風のかごしま言葉で言えば、見限った…ということになる。見限り、見限られた関係は人と人とのつき合いでは最悪の形である。見限った相手は犬畜生以下の思いももたない。


それにしても、このごろは口先だけの人間が増えた。どこにいってもそんな輩ばかりでせからしい。


アユツイショウ…などという古めかしい言葉を思いついたのは「贈答」 という文化文明的行動がイミジキ振る舞いではないかと思いあたったからである。



最後の船

∇…到着は3時過ぎ055    今年最後の村営船「フェリーとしま」は昨日深夜、鹿児島を出港し、午後1時過ぎ入港した。最初の予定は名瀬停泊だったのが宝島停泊に変更、さらに同日宝島折り返しになった。

鹿児島に上る便が1日早くなった。翌日までトカラ列島にとどまるわけにいかない雲行きでは、やむを得ない。

宝島から折り返してきた上り便は午後2時35分ごろ再び入港、郵便物など最後の荷物と人3人を乗せて小宝島を離れた。


∇…最後の船046   ほとんどの荷物は大事をとって下り便が接岸したときに積み込んである。小宝に降りる人もいない。それでも岸壁に人がきたのは、ことし1年村営船を動かしてきた乗組員の労に敬意を表するためである。

乗組員はほとんどがトカラ七島の出身だが、内地に家を構えている人が多く、鹿児島市や姶良市で年越しする。


  

向かい風

∇…004    朝、上り便が接岸、分校の先生と家族のほとんどが乗り込んだ。年内の上り便は、あと30日だけ

虹009   外は風が強い。午後3時19分、北の空に虹がたった。



∇…口之島出港023    いつまでたっても「フェリーとしま」が口之島を出たというアナウンスがない。村のライブカメラを見たら午後3時半になってもまだ口之島港にとどまっている。

午後3時48分、ようやく動き出した。海は荒れ、風は向かいから吹き付ける。鹿児島港に着くのは2時間遅れの午後10時半ごろになるという。

沖縄の心

∇…001      22日にネットで「沖縄手帳」 2011版を注文した。「フェリーとしま」 の船便の都合もあって年内に届くのは半ばあきらめていたら、25日着の下り便に積みこまれていた。なんと速達扱い。



天皇誕生日

∇…日の出020    午前7時15分、パパラギ2階から。

テレビをつけたら、どうでもいいような内容の皇室紹介をやっていた。それが延々と続いて終わる気配がない。どこの民放だろう?

リモコンをもう一度とりだしてNHK・日本放送協会にチャンネルを切り替えた。切り替えたつもりなのに、画面は変わらない。

きょうは天皇誕生日だった。 …先々の話だけれども、天皇が代わったら何の日になるんだろう?

霜月まつり

∇…お百度参り021   小宝神社で霜月まつりがあった。旧暦11月17日“おくだりの日” といい、神々を拝し、願いごとをする。

“お百度まいり”は社殿の前を列をなして回った。百度まで回らずとも霊験がある。

この日は平清盛の一党が壇ノ浦から落ちのびて小宝島に上陸した日と伝えられる。上陸地点は赤立神(あかたちがみ) のあたり。それからどんなことがあったのか、顛末の詳しいところを語ってくれる人はいなくなった。

ことしの参列者は17人と学校にあがる前の幼児2人。

月蝕など

∇…013     20日午前7時14分、パパラギ2階から。ズボラして一日遅れの日の出の披露。

∇…059    21日午後6時42分パパラギ2階から満月の日の欠けた月。ズボラして三脚なしの撮影。自然のことは自然のおもむくまま、しつこく追うのは控える。今は、ひたすら焼酎を飲む時間。


∇…20101233   これより前21日午後、共同アンテナの引き込み線の張り替えをお願いしていたのが実現した。庭を斜めに横切っていた架線がとれて空が広く高くなった。有り難いことである。

∇…20101230   これよりさらに前、権現さまにお参り。島の人も立ち寄らないと思っていたが、誰かがカヤを払ってくれていた。誰かがならした道を踏んで、ひっそりした岩陰に進む。

これより、また前、巡回診療の日赤のお医者さんに医療相談。写真はない。

小宝暦をつくってみました

∇…005∇…006∇…007
小宝島の暦をつくってみました。

年の瀬

∇…12月…038 ∇…鳥と日の出035    いつもの日の出。目の前の電線にイソヒヨドリがとまった。

∇…神域の清掃145    年越しを控えて島内の聖域の清掃があった。神々の御座所は島一円に散らばっている。枯れ葉と雑草で埋まった道を払い、最後に小宝島神社の苔を落とした。


書き込みをサボっている間にいろんなことがあった。きょうの<全文表示> では、ひとまず村営船「フェリーとしま」 の入港、下り便と上り便。

m( _ _ )m! 長いことサボっています

身体髪膚に特段の異状なし。それなのに、15日の鹿児島行きを見送った。埋め合わせに考えていた18日の名瀬行きもパスした。

その間に書物と資料がたまる。なすべき用事もたまる。気も滞(とどこお) る。

トカラハブほどではないけれども寒くなると動きが鈍る。爺ぃの場合は気温20度が境目。これを切ると冬眠する。しかし、この場合でもぐっすり眠らない。 眠っているのか起きているのか自分でも分からない。


きょうは、居眠り状態のままで庭に穴を掘った。食堂に置いていた鉢植えのパパイヤを露地に戻すためである。

なぜか元気がなくなった。いつのまにか大きくなって、鉢から出たがっているようにも見えた。季節は冬に向かうのに我儘を言っている。

パパイヤは意外に風と塩害に弱い。ひょっとしたら、そのかわりに寒さには強いのかもしれない? 挑戦の機会を与えて、じっくり観察してみることにした。

植え直したパパイヤには、頑張れ…と声をかけた。そろそろ己(おのれ) も居眠りをやめないといけない。

温泉の神さま

旧暦11月(しもつき) の8日、権現さまの日である。午前9時半から小宝神社で祭礼があった。

足湯?

∇…068   ネブリ泊(湯泊港) の際に設けられたコンクリートの槽(そう) は湧出量が不安定で、浴用としては使いにくい。通りからモロに見えるのも問題なのかもしれない。若い女性が水着のまま入っているところを見たことがあるが、用意のいい人もいる。

なぜ、使いにくいのか…話せば長くなるが、ちょっとした改良で最小限、足湯には使えそう。水温の調節には、海水淡水化装置の排水をひきこめばいい。なんとしても景色がいい。このままではもったいない。

ここのスロープは知る人ぞ知る岩盤浴の名所。冬場の星の観測点としても得がたい。なにしろ自然暖房つき。仰向けになって存分に体を延ばして養生しながら、降る星をながめられる。



∇…089   隣の宝島で2つの島の子ども会対抗の持久走大会があった。普段は宝島に停泊している行政連絡船「ななしま2」(19㌧、定員12人) が2回に分けて参加者らを迎えに来てくれた。写真は凱旋して上陸する小宝の子ら。


“風” について

∇…034 ∇…025    小宝島の港から集落に向かうところに牛の放牧場がある。ここを土地の人は「はえばる」 と呼ぶ。村や県が立てた島案内の地図では「南原」となっていた。ところが、「十島村誌」 の字(あざ) にかんする記述では「南風原」 となっている。 はて?

 
 

∇…006
∇…011
∇…013      日の出のころ。上から順に7時16分、次いで同31分、そして同35分。機械の仕組みがそうなっているのかどうか、色が反転したような写り方になった。念のため、コンピューターなどによる操作はいっさい加えていない。肉眼での見え方はいちばん上とほぼ同じ、あくまで赤い。

∇…037   竹の山にのぼった。山頂からの展望は東側しか開けていないので、いきおい同じ視角の写真になる。眼の下はふもとの一周道路まで垂直に切り立った絶壁。腹ばいになって写真機をつきだした格好でシャッターを切る。撮影時間は午後零時23分。

この地点から4,5㍍ほど下がった三角点はリュウキュウチクの林に囲まれて風景が見えない。ここに頑丈な踏み台をつくって、一体の竹を刈れば360度の展望がひらけるはず。それほどの費用もかかりそうにないのだが、どうしてそうしないのか?




∇…019    これも相変わらずの風景。ヘリポートから望む落日(17時15分)。何度見ても見あきない。宝島の左、端の方にうっすらと写っているのは無人島の横当島と上ノ根島。いつもよりもクッキリ見えた。

村営船出帆

∇…022    風はおさまっていくような気配。「フェリーとしま」 は2日遅れで、きょう深夜出帆するという。写真は午前7時21分、パパラギ2階から。

虹の島

∇…001    午後3時35分、北の空に虹がたった。

小宝は風が変わりやすい。天気がはっきりしない日でも、空の片隅にお日さまが顔をのぞかせていることが多い。雨がふるのに日が照る。

ひょっとしたら日本列島でも有数の虹の名所なのかもしれない。

飛行機もよく飛ぶ。多分、これは航空路の要衝になっているということではない。広い空の全部が見えているせいだろ。

また延期

きのう出帆する予定だった「フェリーとしま」 はきょうも延期になった。「あすに延期」 というから無理でも出ることは出るということか…。

出帆延期

∇…074    竹ン山に登った。標高102.7㍍。 登る…と漢字で書くのも気がひける。鹿児島言葉の“岡のぼい” という言い方が頃合いの突起。

“岡のぼい” にはピクニック、デートという意味合いがある。爺の岡のぼいには何の意味もない。ただ、のぼるだけ。

のぼりつめて風景にあきたら、黙ったままくだる。それでどうしたということはない。利得、ご利益を期待しないという点に限れば、昔からの祈りに似ていると言えば言えないこともない。


∇…087    垂直的な位置関係とは関係なしに鹿児島の港から小宝の港に赴くことを下るという。きょうの「フェリーとしま」 は下らない。

夕暮れ時も港は穏やかだった。それでも、出港延期。あす出帆出来るかは、あすにならないと分からないという。これから海が荒れてくるらしい。 

…写真左端の島影は横当島(よこあてじま) と上ノ根島(かみのねじま)。これらも十島村のうち、人は住まない。

日没と宝島

∇…145 (2)宝日没

∇…176   ヘリポートに日没を見に行った。価千金の宵の一刻。宝島がくっきり見える。水平線にお日さまが隠れたのは午後5時24分だった。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。