じじらぎ

  

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2時前の虹

∇…003      午後1時54分、北の空の底が発色していた。2時前の低層の虹。中心点は海の中になるんだろうか?
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涅槃図

∇…019      26日(水曜日) に小宝島を発ち、29日(土曜日) に帰還した。この写真は出発の時の港。帰還の時は天気が悪く、雨まじりの風がふいていた。


∇…021     出発時、船の上から見た小宝島。涅槃図に見えるという人がいた。なるほど。 意識の底にあって、前々から漠然と感じていた思いなしは涅槃の図だった。船の上からあらためて拝むと、小宝島の島影は慈悲の心の原像と同じ形で悠々と寝そべっていた。





∇…043    鹿児島の港で見た天然自然の形。画面左手の噴煙は宮崎県境、新燃嶽の方角。





∇…113    行きの船は口之島を出たところから荒れ始めた。帰りも悪天。船は天然自然の理にしたがって揺れる。写真は帰り29日、平島から諏訪之瀬島に向かうところ。

トカラ列島 薩摩島

26朝小宝島を発ち本籍地・鹿児島市に詣でる。船はそこそこに揺れた。1日目の夜は岸壁からそのままビジネスホテルへ。用件、日程とも輻輳して流動的。

放置国家

法や規制は少なければ少ないほどいい…と思っている。なぜそう思うようになったのか? 放蕩無頼の海の民のDNAのせいかもしれない。とにかく面倒なのは嫌だ。

塩害

∇…010      きょうも日の出は雲の中だった。雨は降らないが、一日中はっきりしない天気。風は依然つめたい。




∇…016 ∇…015      年末来の潮風で木々も疲弊した。海岸通りのハイビスカスは放射状の枝だけのこして葉がしぼんでしまった。これは時がたてば蘇生するはずだが、庭のブーゲンビリアは生死不明。



∇…013    畑のピーマンも瀕死、塩害に強くひとり気を吐いていたブロッコリーは葉を鳥に食い荒らされ、芯だけになった。人参、パセリ、タカナ、ホウレンソウなどは鳥どもの口に合わないならしいが、この先食うものがなくなるとどうなるのか?

∇…019   右の黄色くなって枯れ果てた茎は時計草。季節が悪いのか土が悪いのか、潮風にやられる前から元気がなかった。その左、画面中央付近のローズマリーだけがどうにか健在。背が低い分だけ有利なのかもしれない。ジッと我慢しながらしっかり生きている。


南の島でも冬は冬。いつくたばってもいい年齢のサン婆さんだけが元気。

船、リュウキュウダツ

∇…007     ひと便欠航して1週間ぶりにやってくる村営船「フェリーとしま」。島の北側から望むと白い建物のようにも見える。右端の島は悪石、淡く写っているのは諏訪之瀬。



∇…011      正午、予定より20分早い入港。いわく言い難いが、懐かしいと言えば変だろうか。



∇…リュウキュウダツ     船が来て食材が補給された。加えて飛びきり新鮮なおまけ。3日間の延泊を強いられて磯に出かけてた人が釣果をサン番頭に報告。

島ではサンカンというサヨリに似た魚。ダツというのが和名かと思っていたら、WEB魚図鑑、ウィキペディアで調べたらリュウキュウダツが正しいらしい。

白身の魚で刺身、から揚げにする。結構上品な味。

震災

∇…039虹1434     阪神淡路大震災から16年という。 小宝の虹は午後に2つ。写真の虹は1番目、午後2時34分。

風と虹

∇…002不明1235   晴れたり、曇ったり、雹のようなものが降ったり…。一日中荒れた。それで陰湿さを感じさせないのが小宝。

朝から何度も虹を見た。残念ながら午前中に見た虹一つは撮影していない。 

午後零時35分、北の空の底が虹色になっているのを認める。自然林に隠された水平線の近くが発色している。この現象、何と呼ぶんだろう。



∇…010虹1613   午後4時13分、中の門、沖の門の南から。海は一日中荒れた。
 

∇…014虹1644    午後4時44分、パパラギ2階から北の方角。

∇…016虹1527∇…022虹1728    同じく午後5時27、28分。完璧な半円の虹、その上にもう一つ。二重の外側の虹のてっぺん付近ははっきりしない。

道板

∇…021道板    船の来ない無聊(ぶりょう) を持て余して船の話をする。島の防災無線で初めてランプウエーという言葉をきいたとき意味が分からなかった。

欠航

午前9時半ごろ放送塔が欠航を知らせた。出港延期ではなく週2便のうちの1便が来ない。宿のキャンセルは2件。人も来ないが物資も届かない。女将は近所に野菜を借りに走った。

冬の日

∇…034朝0753

∇…048夕1720    朝と夕のお日さま。


∇…005

∇…036

∇…041   きょうの鳥3つ。朝のカモメ類、昼に湯泊♨に来たカイツブリ、いつも目の前の電線にやってくるイソヒヨドリ。

3つめはイソヒヨドリのメスだろう思っているが、実は自信がない。島ではいちばんありふれた鳥。ほかに今多いのは姿はツグミだが、ツグミにしては尾が長く、歩き方は千鳥足、飛び方はセキレイににているというスズメとハトの中間くらいの大きさの鳥。

北の方がいつまでも寒いせいか、渡りの途中らしい鳥たちが島に逗留したまま。おかげで野菜が食い荒らされて、ブロッコリーの葉などは芯だけになった。スイゼンジ菜、ピーマンは年末来の潮風被害からまだ回復していない。

パパイアは意外に潮風に弱く、幼木3本の葉がしおれて丸坊主、ただの棒になってしまった。死んだふりをしているだけなのかどうかは不明。移植したオクラの木(?)は3本のうち2本がおかしい。ハイビスカスの葉はほとんどが枯れた。元気なのは鳥だけ。 

正月明けの虹

∇…10日の虹   温泉に入りながら東の空を見ると虹がたっていた。

肉眼ではくっきり見えるのに、玩具に毛が生えたような値段の水中カメラは識別に難渋している。何を写せと言われているのか分からないまま、とにかくシャッターを開けてみた…というような。 

あとで明るさを落として、彩度をあげてやるとぼんやりした空から虹のごときものが浮き出てきた。色の操作をすると写真は悪くなるけれども、虹のときだけは禁じ手が有効。

七島正月は明けたのに成人の日という。全国一律の祝日。島ではなんのこともない。勝手にやってくれ。

空模様も例のごとく勝手であった。日が照ったかと思うと雨粒が落ちてくる。風は気まぐれの方向から吹いたり静かになったり。未明の空は半分だけ星空だった。

無菌地帯

∇…031     七島正月の元日(旧暦12月1日) が4日だった。きょうは6日目。

一週間たたないのに、お供え物もきょうまでで、晩になると下げると聞いた。午後9時ごろ身内のものが寄って来て供物をいただく。どこの家でもそうしてきたという。


6日という区切り方は馴染みがないが、大晦日のトシの晩から正月が始まるというのが島びとの心づもりである。これを計算にいれれば、よその正月と同じ1週間で区切りがよくなる。

テラ

∇…086    これが小宝島のテラです。つまり、お墓のこと。七島正月の元日、新暦1月4日に撮影しました。 

七島正月

∇…032    村営船「フェリーとしま」のことし第一便。3日深夜鹿児島をたち小宝島には午後零時15分に着いた。時化のため減速運航し、定刻より1時間近くの遅れ。


∇…082    島は七島正月(しちとうしょうがつ) の元日。新暦、旧暦の正月もひととおり祝うが、旧暦12月1日の七島正月をいちばん大事にする。祭壇、仏壇の前に棚を設け、ごちそうを盛り、祖霊をもてなす。左下隅の小さなお盆のお供えは無縁仏のためのもの。

∇…073   漁をする家では魚の干物を架けてあった(右寄りの上)。カケノイヲと称し、魚種にはこだわらないという。ことしはハタとイスズミ。

∇…084    島の正月は晦日も大事にする。「トシの晩(大晦日) から正月じゃ」という人もいる。となれば、大晦日の前夜が洋風に言えばイヴ。七島正月のイヴは、新暦では1月2日にあたるが、この日を木積みの晩(きづみのばん) と称して木の束を奉げる。

島で言う黄柴(和名は未確認) と竹(リュウキュウチク) を一緒に束ねて庭の隅に置く。生活のいろんな場面で世話になった木や竹の神さまへお礼をするのだという。


草木虫魚、土石、波風雲、光と闇…すべてものに神が宿るという心もちは、西洋流の比較宗教学ではアニミズムというらしい。シャーマニズムと同様、原始的な未開の想念という扱い。

長いこと島に出入りしていると、そんな斬って捨てるような洋式の考えにだんだんと馴染めなくなる。ひょとしたら古来の日本人の優しさ、柔らかさは自然への畏れ、土俗の祈りと深くかかわっているのではないか…。


……そうだ! 洋式でいいのは便器だけ。それも日本式にウォッシュレットにしないと使いにくい。ニッポン人なら神がかりになるのを恐れてはいけない。人の妄言に惑わされる代わりに、夜ごとに焼酎で身を清め、風や石の沈黙の声に耳をすまそう。



七島正月は、島津の琉球攻めの際、トカラの人たちが水先案内人として動員されることになったために正月をひと月早めて祝ったのがはじまりとされる。

正月が2つになり、新暦が採用されるとまた増えて3つになった。島の人たちは、新しい祭礼が加わったからと言って古いものをボロ雑巾のように捨てさることはしなかった。

おかげで今の時期は次々に3回餅を搗く。お婆さんたちは「餅の搗きどおし」 とこぼすが、シンから愚痴を言っている顔でもない。


ところで、七島正月の由来が琉球攻めだとすると、少なくとも400年前に、琉球と本土のはざまにあったトカラは本土側につくことを選んでいた。

しかし、早合点してはいけない。金と力では本土になびくが、それでおさまらないところが面白い。色男、金と力はなかりけり…というのを逆に行けば、人が粋に生きるのは金や力だけの問題ではない。

門松

∇…分校056   小宝島の門松は松と竹。木がないから梅は省略。基本的にはどこも同じ形。車にもつける。この写真は宝島小中学校小宝島分校。

分校はいま先生8人、児童生徒7人。ほとんど実家などに戻っている。

前に島で年を越す学齢期の子どもは約1人と書いたことがあるが、モトイ!  海が荒れたことなどもあって2人の子が島で年越しした。奄美からお婆さんの家に遊びに来ている中学生を入れれば3人。


予想の3倍。大変な見込み違いだが、たった2人増えただけはないか、と居直ることもできそう。

∇…温泉センター054    村営温泉センターの門松。ここには人は1人もいない。温泉も出ない。

∇…淡水化施設の門松051   淡水化施設の門松。ここも保守点検の人がたまに出入りするが、ふだんは無人。

∇…教員住宅057    教員住宅の門松。島の住宅でいちばん新しい。ここの住人も帰省して留守。

∇…出張所の門松055    村の出張所。ここだけが原則的に人がいる場所だが、「閉庁」している時間の方が長い。

正月2日

∇…103      暴風がおさまってきた。急遽、招集がかかり、湯泊温泉を掃除するという。午前9時に行ってみると、すでに作業は始まっている。上中下3つの湯舟をすべて底ざらえした。

暴風で漁業用の丸い浮きを半分に割った“洗面器”の過半数、それに2つあった栓のひとつが飛ばされていた。普段は重くて難儀していた木のふたは、風に飛ばされて一カ所に折り重なっていたが、重さのおかげですべて健在。その代わり砂泥に汚されていた。

昼過ぎに見に行くと、浴槽は満杯になっていたが、ぬるい。敬遠して北寄りの磯にあるマショの湯に回る。



夜は村の住民センターで新年会があった。それぞれ自前の重箱を持参する。格式にこだわる人は雑煮の椀も忘れない。


元日の虹と波

∇…二重の虹003        ∇…虹右007

小宝島は虹の島だった。元日の午後になってパパラギ2階からさらに2度虹を見た。写真は3回目午後3時半ごろ。左側部分は二重になっている。

これまで虹はあちこちで何度も見たが、こんな見事な虹は初めて。超広角レンズでないと全体をとらえきれない。



∇…湯泊の波014    綺麗な虹が次々にたつから島の天気が穏やかかと思うとさにあらず。虹が消えて数分後に湯泊♨に行くと、やっぱり荒れていた。


 ∇…接岸港の波026     接岸港は輪をかけた荒れようだった。午後4時15分ごろ。

初虹

∇…元日の虹20110122    雲の層が厚く初日の出は拝めなかった。そのかわり虹が立った。西北の空、午前10時11分。

∇…元日20110107    風はいくらかおさまってきた。明るい日が射してきたので中の門、沖の門のほうにレンズを向ける。しかし、画像は意外に暗い。目にははっきりしないが東の方角は曇りになっているらしい。


申し遅れました。明けましておめでとうございます。偏屈ブログ、ことしも懲りずに接触していただければ有り難いことです。

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