じじらぎ

  

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随分と長い間、書き込みをサボった。サボりというより、ここまできたら無断休載。理由はないこともないが、語れば長い弁解になる。


とにかく、無断で休んだブログを無断で再開する。
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日本列島

15日(水) 朝、宝島から折り返してきた村営船「フェリーとしま」 に乗った。船は覚悟していたほど揺れなかったが、鹿児島入港は午後9時にずれ込んだ。

1月下旬以来の鹿児島。要件は病院回りと年度末の諸々の手続き。俗な言い方ながら面白くもないヤボ用。

一時接岸

午前8時10分、防災無線のアナウンス。昨夜午後8時半に鹿児島港に接岸する予定だった「フェリーとしま」 は港外退避のまま一夜を明かした後、ようやく一時接岸の許可がでたという。

昨日の朝、小宝島から「フェリーとしま」 に乗った工事の人2人、旅行者1人は25時間ぶりに土を踏む。


船は客を下船させしだい、再び港外に待機する。折り返しの下り便出帆はきょうになるか、さらに延びるかは未定。



同20分、村総務課からのアナウンス。七島全島に出された避難勧告は昨夜10時過ぎ解除したが、津波警告はなお継続中…との確認。海岸沿いに住む人は自主的に避難するように…という。

避難

★s-DSC02245      午後3時10分ごろ、1階の書庫にいて激しい揺れを感じた。震度は3に達しているのかもしれない。その後も、思い出したように揺れがきた。

数日前のトカラ沖を震源とされる地震の続きかと思って、テレビをつけてみて仰天した。震源ははるか北で、日本列島があちこちで揺れている。

ほどなく、信じられないような津波の光景が次々に写し出された。大変なことになった。



日が傾き始めたころ、住民センターに避難…という島内放送があった。ラジオ、懐中電灯、乾電池などをかばんに詰めて自転車で出かける。診療所前まで来ると、そのまま竹の山登山口の避難所へ向かえという指示に変わった。

写真は午後4時48分、避難所に向かう島びとたち。


★s-DSC02247   同56分、避難所に全員集合。予報ではあと15分もすれば2㍍、またはそれ以上の津波が来る。


1時間ほどたっても海の気配に変化はない。ひとまず、自宅に戻ろうということになった。

小宝島は波打ち際を隆起サンゴ礁原に囲まれた丸い島。港から居住区域までは全くフラットに見えるが、実際の標高は8,9㍍。古い島びとに確かめると、島で津波を見たことはないという。


今のところはトカラだけが平穏。 午後8時半に鹿児島に入港する予定だった村営船「フェリーとしま」 は“避難” のため接岸を控えて、港外に停泊するという。このため深夜に折り返す予定だった下り便は明日に出港延期になった。

「憂鬱」 の補足

おとどし「5月の憂鬱」 のつづき、「3月の憂鬱」 に写真を捕捉する。

∇…013   ウンデッド・ニーの雪原に倒れたビッグ・フット。ご当人は死にざまをさらすのは不本意に違いないが、深甚の敬意と哀悼の思いをこめて無断で掲げる。 

……正義のために必要なのは“旗を見せる” ことではない。大事なのは死体を見せること、虐殺の実像を隠さないことではないか。ごまかしやきれい事はもうたくさんだ。



∇…011   前に示したパレスティナ自治区ガザの子どもたち。同じアングルの写真が出てきたので再掲する。真偽のほどは分からないが、イスラエル軍は子どもたちの下校時に合わせてガザを砲撃したと伝えられた。

関連の書き込みは「5月の憂鬱」 と同年同月11日「青い月」、同じく15日「島の子の証明」。

3月の憂鬱

鬱々としているうちに東京大空襲の日が来た。黙っているわけにいかないが、しゃべろうとすると、また鬱になる。

とにかく日本は変てこな国で、周知のはずの醜聞(スキャンダル) を国家機密の扱いにしてしまう。

その最たるものがアメリカと戦争して負けたという事実。これに触れることを避け、占領状態がまだつづいていることに目をつむる。


おかげで何も知らない能天気な若者が再生産される。こんな状況があるのに教育者も政治家もジャーナリストもほんとうのところを語らない。



米国務省の日本部長が暴言を吐いたという。

アメリカの外交官にゴロツキがいても少しもおかしくはない。しかし、こんな手合いにいつまで大きな顔をさせておくのだろう。


空襲で思い出すのは、航空自衛隊を指導した功績とかで米軍のゴロツキ将軍に勲章を贈った一件。この醜聞を機密化してしまうとこの先の日本はますますおかしくなる。

無辜の市民の頭上に爆弾、焼夷弾の雨を降らせて数十万人を殺戮したカーティス・ルメイ少将の叙勲については2009年5月12日付のブログ「5月の憂鬱」 で触れている。補足したいことは山ほどあるが、きょうのところはあと一つ元気がない。



∇…047    午前6時55分、ネブリ泊(湯泊港)。

天気回復

∇…012    午前6時47分のネブリ泊(湯泊港)。久しぶりの晴れ模様。
     
∇…027    船は30分遅れて出港したという。中之島の港外で油圧系統を修理するという予定外の遅延も加わって1時間ほど遅れて到着した。午後1時32分、とり舵をとって左に旋回し、小宝港口に船首を向ける。画面左にみえるのは上ノ根島と横当島。

荒天のピストン輸送

∇…2時間遅れ142    「フェリーとしま」 上り便は午前9時2分に接岸、同9分に離岸した。予定では7時50分入港、8時00分出港である。 

その後「鹿児島入港は22時20分」 という防災無線放送があった。ざっと2時間の遅れ。


きょうは「当日入れ出し」 運航の日。つまり、鹿児島港に入港したその日に折り返し七島灘に向かって出港する。

荒波も船も休まない。



お帰りなさい

∇…とし帰る089    村営船「フェリーとしま」 が半月ぶりに入港した。曾孫(ひまご) をふたり連れて港に来たお婆さんが「お帰りなさい」 とつぶやく。小さな声だけれども、船には届いているに違いない。

出港延期

午前9時半を少し回ったころ、例によって村営船「フェリーとしま」 の出港予定の十島村防災無線放送があった。きょうの出港予定は明日に延期という。
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