じじらぎ

  

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8月が過ぎる

IMG_0659 (1024x683)     台風に明け台風にくれた8月。 湯泊の波は収まる気配をみせない。 6時2分に日の出を見る。 

★s-IMG_0675     日の出から9分後。 太陽はだんだん荒々しくなり、日中には島の風景全体を釜茹で状態にする。


★s-IMG_0701     あわてて9月の暦をつくる。 先にメールでお配りしたものに、ギリギリになってから変更と追加があった。 これは改訂版。 修正の必要に気づいたら毎日でも更新する構え。
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欠航

午前9時17分、十島村防災無線の放送があった。 きょう鹿児島発の村営船「フェリーとしま」 は欠航するという。

戻り便も抜港

★s-IMG_0619     午後5時28分湯泊。

抜港

 「接岸条件」 で出港した村営船「フェリーとしま」は恐れていた通りの顛末になった。港口をうかがって接岸を断念、そのまま宝島に向かった。

台風接近で、きょうの便のあとしばらく船が来ないのではとの話もあって、旅客のほか積み込む荷物、心待ちにしていた物資がいろいろあった。 子どもたちも港までやってきて船を待っていた。


★s-IMG_0542    船が来た。 きょうは人も車も岸壁の入口で待つ。 午後零時1分。

★s-IMG_0549     船は大きく迂回して港の様子をうかがう。 潮はひいているのに波が堤防兼岸壁を洗う。 うねりの落差は人の背丈の3倍を超し、海の底まで現れそうな勢い。 零時5分。

★s-IMG_0572     船からの無線連絡で村出張所の補助員が腕を交差させて×印をつくる。 人も荷物も総員引き揚げ。 写真は抜港決定3分後の零時8分。  

日の出3日分

ズボラして日の出時刻の空をまとめて3日分。25,26日はパパラギのベランダ、27日は湯泊から。

★s-IMG_0490   25日6時2分。台風11号、12号が南の海にあって空模様がおかしくなった。海も騒がしい。

★s-IMG_0496   26日6時4分。日昇の位置だけしか分からない。

★s-IMG_0541   27日6時10分。小島のガレ場の上にも雲がこびりついていてお日さまが顔をのぞかせるのは日の出時間よりも遅れる。

磯のなかにある湯泊♨は荒波がうちこみにくい絶妙の位置にある。と、いつも感心するのだが、今日は少し勝手が違う。波しぶきが浴槽まで飛んで来はじめた。しばらくして退散。


島の日暮らし

★s-_MG_0429     日の出がしっかり見えた。 午前5時50分、湯泊の温泉場から7、80㍍南に下って黒瀬海岸から。

★s-_MG_0449     湯泊にもどって♨へ。 爺は温浴、サン婆は日光浴。 婆の長生きは金色の朝日を一杯浴びているためかもしれない。

★s-_MG_0466     温泉場の周辺ではイソヒヨドリも朝日を浴びている。 普段はそこいらの岩のてっぺんに陣取って、余念なくさえずるのだけれども、きょうは2羽が追っかけあって遊んでいる。 メス同士に見える。 何のための行動だろうか?

★s-IMG_0487     サン婆と接岸港まで赴き、夕日の日光浴。午後6時52分。 水平線のところには雲の層があった。


Nさん帰還

脳血管障害で倒れた出張所員のNさんが帰還した。2カ月半に及ぶ不在。あさってから仕事に復帰するという。

用件3つ

鹿児島での用件12件…と書いた。それにアカヒゲさんから励ましとも同情ともつかぬコメントをいただいて、弁解めいた返事をした。

この件、話せば長くなる。長い話は「いずれ」 ということにして棚上げする決まり。今日もそれにしたがう。



ただし、島に戻って、多忙から完全に逃れたということでもない。島での用件はファイルフォルダにまとめるとすれば3つ。鹿児島での4つより少ない。

なるほど、のんびりした暮らしになった。相手の営業日、受付時間に合わせて調整する必要はなくなった。

しかし、神さま方のご機嫌、つまり空と海の時々の模様をうかがいながらの暮らしも、それなりに気をつかう。フォルダ3つの内訳を数えると12では済まないことになるのかもしれない。


フォルダ3つのタイトルは、見る、食う、互助。

うち、以下の写真で紹介しているのは見る=ウオッチング=の用事の一部の報告、まとめて3日分。

★s-IMG_0358    21日黎明、5時47分。

★s-IMG_0327    22日黎明、5時47分。

★s-IMG_0378    23日黎明、5時43分。撮影位置は湯泊温泉から7,80㍍南に移動。


★s-IMG_日の出   南に動いた地点からの日の出。5時57分。

鹿児島詣で

だんだんと横着になって今回も事後報告になった。16日火曜日に鹿児島に戻るボゼ特別便に乗って鹿児島に詣でた。 帰りは19日金曜日の深夜鹿児島を出港する便で、20日正午過ぎに小宝島に戻った。

行きも帰りもなぎだった。 用件はいろいろ。なかで最優先は歯の治療だった。


★s-_MG_カツオドリとイルカ    鹿児島にのぼる村営船「フェリーとしま」が諏訪瀬島を出て平島に向かうところでカツオドリとイルカに遭遇した。写真機の液晶画面ではイルカと鳥の区別が判然としない。

コンピューターの画面でみたら、海と空の境目を行き来する生き物に2つのグループがあった。水から空に出て水に戻るものと、空から水に入って空に戻るもの。

言うまでもないけれども、前の組がイルカ。後がカツオドリ。 それにしても、どことなく似ている。


★s-IMG_0222    海に近いホテルに投宿。17日午前6時8分、桜島のヅタンバラ(中腹) から出るお日さまを拝もうと思ったら、火山灰が噴き上げていて、こんな塩梅の写真になった。


★s-IMG_0234     用件を数えてみたら12件あった。老骨に鞭打って炎天下を往く。

熱中症になる前に休息することにして天文館公園のベンチに座った。隣のベンチでは小宝島では一匹も見ない珍しい鳥がまとまって3匹もいた。

スズメは一見地味だが、手の込んだシブい衣装をまとっている。若いころ雀の絵をソラで描こうと思った。それがなかなか厄介で、まだ出来ないまま。


★s-IMG_0285     20日土曜日午前11時47分、船は渡瀬ラインを越えて小島と小宝島が並んで見えるところまで来た。2つ並んだ寝姿を見ると、まるで親子のお昼寝。


★s-IMG_小宝島と雲    午後零時4分、小宝島が迫ってきた。島の上に雲が集まっている。

今日の空にそんな気配はないけれども、雲の密度が濃くなっても小宝島ではなかなか雨にならない。

上空を覆う黒雲にだまされて洗濯物を取り込むと、仕事が済んだのを見計らったように日が照りだす。小宝の雨は降りそうで降らない。


おとどし2009年7月22日にはこれと逆の現象があった。カンカン照りの真っ昼間、突如冷たい雨が天から落ちてきた。隣の悪石島では竜巻騒動まであった。このことに関して言っておきたいことがあるが、いずれ…。

★s-IMG_3891

★s-IMG_3900    5時52分、少し北に動いて城之前漁港よりから見ると、お日さまは水平線からあがるところだった。戦争に負けた日、戦争をしないで66年間経った日の日の出。

雨ゆり

★s-IMG_0086  ★s-IMG_0096      左は昨日の日の出、5時51分。右は今日の日の出前、5時40分。  日の出前の海と空の色も結構見ごたえがある。


IMG_0097 (800x553)

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IMG_0093 (800x630)      庭は塩害で無残な姿をさらしている。上は門口のパパイア。左手奥の大きい方は生垣に守られて、青い部分を残していて、日がたてば再生する。手前の方は分からない。

ことしの台風によるパパイヤの被害は7号の時が2本、今回9号で3本。

真ん中の写真は客室前の緑のカーテン。青々とした葉を茂らせ、朝顔に似た花を毎日咲かせていた軍配昼顔が茶色になってしおれた。タナにつるを伸ばそうとする矢先のニガウリ、ブーゲンビリアも枯死、または生死不明の立ち枯れ状態。


いちばん下の写真はアボカドの鉢をかこんで日々草、仏桑花(ぶっそうげ=ハイビスカス)、地這いのキュウリがひしめいていたところ。手前の折れた茎は、台風7号で枯れたパパイヤの残骸。


台風が過ぎるのを待ちかねたような間合いで枯草のなかで花を開いたのがゼフィランサス。 紅色の花を次々に開いた。

英語では雨百合(rain lily) と呼ぶらしい。

天人菊とおなじくアメリカ原産の多年草。小宝島では道端に群生して彩りを添える。

本来は園芸種。花壇や花鉢から逃げ出したものが野生化し、今では土着の花のような顔をして咲き誇る。


インターネットで調べたら、いちばん詳しい情報は英文だった。 following rain という言い方をどうとればよいのか迷う。

降雨につづいて咲く…というのが順当な受け取り方だろう。しかし、今年は梅雨時に花を見なかったような気がする。

台風9号は1週間の余も風ばかり吹きつのって、まともに雨を降らせなかった。雨百合はジッと地中にひそんで、潮風がやむのを待ちかねていた気配。

潮風への恨みと雨乞い願望をこめて“雨を招く” という意味ではないか…と考えてみる。おそらく違うだろうが、そう考えたい。


ヒガンバナ科タマスダレ属という。

なるほど、彼岸花と同じ。ほとんど前触れなしに土の中からつぼみを立ち上がらせ、一斉に花をひらく。




長いこと音信のなかった従兄から電話があった。

年齢を感じさせない明るい声。用件はとくにない。

抗癌剤が効いて、おかげで精いっぱい我儘しながらまだ生きている、と言う。おのれの死にざまをあっけらかんと受け入れるDNAが一族にあるのかもしれない、とも言う。

従兄が思い出させてくれた故郷の人びとと風景、心の中でそれに花を捧げまつることにした。…潮風に耐えた島の天人菊と仏桑花、それと今をさかりのみずみずしい雨百合。

きょうはお盆の入り。

台風一過

★s-_MG_0042    5時54分、いつものところから望む日の出。波はようやくしずまった。海の水面だけ見ると何事もなかったようだが、底はかなりかき回されているに違いない。 

島はぞっぷり塩漬け。野菜、果樹だけでなく自然植生もしおれて、以前と変わらぬ色艶をしているのはアダンなど一部の種だけ。


★s-_MG_0030   18歳になるサン婆は塩害もどこ吹く風。一時は死にかけていたのが、なぜか元気になった。

耳はまったく聞こえない。視力もない。吠える習性もとうの昔に忘れてしまって、事実上は盲聾唖の三重障害。ヘレン・ケラーのような婆さん。

ただし、犬のヘレンはまだまだ修行が足りない。

落ち着かない。いつでも駈けだしたくてたまらない様子。腰がまともに立たない半病人の爺が“盲導”“聾導” をつとめるが、リードの端を抑えるのに必死。


婆のやんちゃに付き合うと息が上がる。転ぶな…というお医者さんの戒めを守りきれそうにない。思い切ってリードを離して、自転車で追っかけて行くことにした。


幸い、小宝島は全島がバリアフリー。どこまで行っても平らで、坂も段差もない。婆はコンクリート舗装道のほぼ真ん中を踏み外さずに疾駆する。

転びそうで転ばない。

道を横断する側溝に鉄の格子で蓋をしたところにさしかかると、見えていないはずなのに絶妙の間合いでヒョイと飛び越す。


なぜこんな芸当ができるのか? 長い間不思議に思っていたが、鼻を舌でなめて湿している姿を見て思いあたった。どうやら鼻先で風を感じているらしい。

それにしても、いったん行方不明になると捜しようがない。呼んでも聞こえないし、仮に聞こえたとしても返事をする習慣がない。

ウンともスンとも言わない婆の迷子対策として首に鈴をつけるのを思いついた。ハブ除けになるのかどうかは分からない。 



★s-IMG_0055      ついでに朝の風景、もう一つ。人の気配がほとんどなくなった島に人がいた。

分校前の公園。分校の子らは夏休みでほとんど島を出ている。 ラジオ体操の参加者は生徒ひとり、先生ふたり。これで欠席ゼロのフルメンバー。
 

船が来る!

朝の9時を回ってすぐに、十島村防災無線の拡声器が鳴った。きょう月曜だしの村営船「フェリーとしま」(1,390㌧)=18人乗り組み=は定刻午後11時50分に鹿児島港を出るという。

長いこと交通が途絶していた。

きのうは滅多に電話しない人から電話があった。何事かと思うと、「葉書は届いたか」と聞く。 電話さえしない無精者が珍しく手紙を書く気になって、ポストに入れて、この何日か返事なり何なりの応答があるものと心待ちにしていたらしい。


葉書は船が動かないと運ばれてこない。交通が途絶すれば通信にも響く。

久しぶりの村営船は小宝島は条件付き。ランプウエー(車両用架道)制限という。制限というのはランプウエー降ろしたくとも降ろせないこともある、悪しからず…ということ。

★s-IMG_0006    5時27分、湯泊温泉から。小島の水道は朝から荒れている。台風9号の影響が出始めたのは先月末から。いらい雨がほとんどなく海の水を含んだ風ばかり。島じゅう室内までベトベトの塩漬けになった。

遅い!

★s-IMG_7193 ★s-IMG_7283 ★s-IMG_7303
台風9号の動きが遅い! というより動かない。 5日金曜だしの村営船村営船「フェリーとしま」も欠航。次の便は8日月曜だし、9日火曜に下り便がつくが、島内ではこの便もあきらめた方がいい…という人も。写真左は日の出どき、真ん中と右は日没時の接岸港。

潮風

カメラが壊れた話をしたら「千歳人」という人から親切なアドバイスをいただいた。テキは塩分ではないか…という。

然り。トカラの小宝は塩漬けの島。高濃度の塩分と厭分を含んだ風に適応しないとサバイバルできない。

001∇…     台風9号がはるか南で動いている。海は刻々と荒れてくる。それでも日はのぼる。湯泊♨からから5時51分。


011∇… 039∇… 041∇…      湯泊湾(ネブリ泊) は沸騰している。波はたえず形を変え、いろんな表情をみせる。それを面白いと思いだしたらキリがない。

これまで使っていた防水カメラはまたダメになった。やむなく、一眼レフを波の正面に向ける。海に浸けたのとあまり変わらないような状態。あとで何度も何度も拭いた。いまのところは異状なし。   

嵐の前

014∇…     5時55分、湯泊♨でなくパパラギのベランダから。太陽の位置が少し南にずれて見える。海の色は前日、前々日より濃くなった。

008∇…     接岸条件ということで出港した村営船「フェリーとしま」(1,390㌧)=中村学船長ら18人乗り組み=は南の海にある台風9号が起こすうねりの中で接岸した。手早く荷物を降ろし、午後零時9分には錨をあげて宝島(画面の上左端) に向かう。

宝島では停泊を断念、折り返しの上り便は小宝島を抜港した。島内の拡声器で伝えられる十島村防災無線によると、鹿児島入港は日付が変わって3日午前3時半になるという。


010∇…     湯泊湾(ネブリ泊) も荒れてきた。風が吹くと、温泉の温度はなぜか温めになっていく。

012∇…     波が音をたてて珊瑚礁を洗う。空気はしだいに湿気を含んできて、宿のガラス窓には塩分を含んだ水滴が貼りつき始めた。

8月の日の出

060∇…    午前5時48分。久しぶりに水平線からあがる真円の日の出を拝む。湯泊♨湾内にはうねりが出てきた。台風9号はまだはるか南の海域にいる。

きょう月曜日だしの「フェリーとしま」 は宝島おりかえし、小宝島と平島は下りも上りも「接岸制限」という。

「制限」 といえばストイック(禁欲的) な響きがあるが、自らの意志で何事かを律するということではない。接岸できないかもしれない、それでも構わなければ乗船してください…ということ。

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