じじらぎ

  

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1月の名残

002 (640x480) (2)   またも日記をサボる。 忙しくも暇でもなかった。 言い訳にならない言い訳をすれば、内地体験のショックのせい。 

とりわけメディアの環境は変わっていた。 9億円ものお金をかけて鳴り物入りでやった十島村版・自称ブロードバンド“結ネット” って、いったい何だったんだろう?


1月は写真もサボった。 ツワブキの花がさかんだったころのリュウキュウアサギマダラの写真でお茶を濁す。
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帰還

小宝島へ    29日1221時,小宝島が迫る。 時化で減速運航になりそうとのことだったが,船足は落ちないまま一路ひたすら南下した。 

上陸した島は人影がなく,ひっそり。 ただし,きょうのひっそりはいつもと違う。 ヒチゲー(日違い) という外出を忌み謹慎する特別な日。 




冠雪     28日1115時,きのう出港の日午前の撮影。 桜島は冠雪している。

村営船「フェリーとしま」 は赤い国際信号旗を掲げていた。 この旗は「危険物を荷役中」 のしるし。 何の危険物だろうか?

人間の「危険物」 は,したたかに酔って千鳥足で午後11時前には自力積み込みを完了した。


桜島の日の出    日付はさらにさかのぼって26日0728時。 海辺で日の出を待つ習性は鹿児島に来ても変わらない。 

「桜島のズタンバラかぁ(中腹から)月がハッ出た」 という歌が昔あった。 日の出はズタンバラからではなく裾野に近いところから顔をのぞかせた。

出港延期

27日金曜深夜だしの名瀬港行き下り便は天候不良のため出港延期になった。 


まる1日宙に浮いた。 JR鹿児島中央駅を見物に行き、はずみでオレンジ鉄道川内行きに飛び乗る。


構造的な不況と言いながらも、世の中は刻々変わる。 

車窓から眺める沿道の民家やビルのたたずまいは見慣れないものが進出していた。 無人ながら昔なかった駅もあった。

地形だけは昔の名残を残す。 切りとおしや丘の起伏は、ところどころ懐かしい形を認めることができた。

 

いま鹿児島です

22日朝、島を出る船に乗り、しけの海をたっぷり時間をかけて2200時に鹿児島の土を踏んだ。 帰りは27日深夜の便になる。



ふだん使っているパソコンも旅に同行した。 が、いざホテルの回線とつないでみると全く反応しない。 難儀して海を渡ってきた機械がただの箱になった。

宿の人が貸してくれたコンピューターは、USBのコードでつながないと、そのままでは写真データを読み込んでくれない。 

なにより厄介なのは、少しでも手元が狂うと書きかけのデータが行方不明になってしまう。 嫌気がさして、これもただの箱の扱いにする。


それにしても内地は寒い。 

盲導棒

022 (640x466)    盲導棒?  必要は発明の母である。 いずれ改善の必要に気づくことになるはずなので特許の申請はしない。

009 (1024x768)     0723時、黒瀬海岸。 

日本人は選民だぁ!

阪神淡路大震災から17年という。 17年前の朝、胸を焼くようないかりにさいなまされたことを思いだす。

以来、いかりの業火は胸の底で燻ったまま。 

三十代の青年だった宮沢賢治は「決シテ瞋(いか) ラズ」 と戒めた。 なのに、古希をむかえてなお、意識の奥から炎を上げようとする瞋恚(しんい) の火種を消し去ることはできない。


このままでは身がもたぬ。 寿命が縮まりそうなので、思いを建設的な方向に向けようと努めてみた。 



その結果、とんでもないところに行き着いた。

電撃的にひらめいたのは、日本人ほど優れた民族はいない…との想念。 

超国家主義とは、教師たちの嘘に気づく年頃、つまり小学高学年のころ“卒業”したのに、年をくってから揺り戻しがきた。 死ぬ前になってたどり着いたのは「チョー民族主義」 であった。 

婆の近況

050 (640x557)    しばらく籠った。 部屋を出ないとブログの書き込みをするのかと思うと逆で、むしろサボる。 籠れば籠ったで、それなりにすることがあって、時は逃げるように過ぎる。

成人式

041 (536x408)  十島村の成人式があった。 参列した新成人は女3、男3。 トカラ七島の中学校を卒業した若者が鹿児島市泉町にある村役場に集まった。 うち2人は元山海留学生。

進路も居住地もそれぞれ。 大学で畜産を勉強中で、卒業したら島に戻るという女性がひとりいた。 

村長挨拶の前に原口英典教育長が登壇し、はなむけの言葉をおくった。 図らずも新任教育長の顔みせ。


村ご自慢のネット生中継は有り難い。 リアルタイムで式が見られる。 それと、画像に強烈なボカシがかけられている。 おかげさまで、そのまま出して肖像権への気づかいをしないですむ。


出初め式

033 (640x422)   島にながいこといて出初め式には縁がなかった。 野次馬ながらも、ことし初参加。  

島の行事予定はよく変わる。 村営船が出港延期になったり、最悪の場合は抜港になったりするあおりを受ける。 ことしの出初め式は、消防団員の1人が急きょあすの上り便に乗ることになったために、日程を早めたという。 …融通無碍、臨機応変。 

お暇な方は「全文表示」をクリックしていただければ追記が出ます。

機器更新

6日、村営船「フェリー としま」 が入港した。 ゲカしていた女将が帰還。 初荷のなかに新しいプリンター(コピー機・印刷機) があった。

出港

0910時、村営フェリー「としま」 が出港するとの放送があった。 1日遅れの初便。 これにより次の便もずれ込み、月曜日に鹿児島に入港した船がその日のうちに折り返し出港することで第3便から予定ダイヤに戻る。

出港延期

001 (800x593)     0938時、きょう出しの船は荒天のためあすに出港延期という放送があった。 初荷の船が最低1日は送れる。 

写真は1643時、湯泊。 冷たい北東の風が吹きつのる。 

新年宴会

002 (800x534)    日の出は0716時ごろのはずだが、きょうも確認できない。 0738時、雲の奥を昇った日が、すき間をやぶって水平線を斜めに照射しているのを見た。

終日、はっきりしない天気。 部屋にこもり、機嫌の悪い機械類とつきあってるいるうちに時が過ぎる。  

m(_ _)m!

010 (1024x690)    明けましておめでとうございます。 新しい年の1月の暦です。 間違いや不適切な記述はご指摘があれば即時訂正します。 



年が明けた。 2012年、平成24年、昭和87年、大正101年、明治145年。 9.11同時多発テロから12年目、3.11大震災・福島原発事故から2年目。 

   
016 (640x508)    ブーゲンビリアが赤い花を咲かせた。 植物に詳しい島の人は、ブーゲンビリアは何度も挑戦してもダメだったと言っていた。 となれば、潮風が強い珊瑚礁の島で初の開花。

花屋さんに身内がいて鹿児島市から鉢や苗15株ほど送ってもらったのは、確かおとどしのことだった。 生き残っているのは4株、ほかに生死不明1株。 

花を咲かせたのは車庫の南側の藪に鉢から移植したひと株。 車庫の壁、アダンなどの自然植生、サネンバナの群落などが潮風をふさいだ陽だまりのところ。 この先も生き延びることが出来るかどうか分からないけれども、ことしの新しい励みがひとつできた。   
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