じじらぎ

  

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船が来た!

★s-DSC02459 船が来た!  修理経過の当初のアナウンスより早く、2100時きっかりに接岸した。   

港に行ったとき、村営船「フェリーとしま」 はすでに湾口に姿を見せていた。  止まっているように見えたのは間違いで、ゆっくり時間をかけて岸壁に寄せる。   

暗くて遠くからはよく見えない。  たぶん7本(6本だったかもしれない) のロープすべてを岸につなぎ、タラップをかけて汽笛を鳴らしたのが2100時。



まぁ、しかし、細かいことはどうでもいい。   とにかく、船が来てくれた。


こと細かに説明はしなかったけれども、エンジントラブルの原因、修理の経過などは防災無線を通じて報告があった。  ありがたかった。   これでヤケクソになる気分が、よほど鎮められた。




しかし、まぁ、なんだかんだといっても、船はやって来た。 

事故というものは注意を怠ったために起きることが多い。  しかし、注意を怠らなくても起きる事故もある。  事故が起きるのは仕方がない。

問題なのは事故から立ち直る力。  わが村営船「フェリーとしま」 は、この点で復元力があった。 



暗いなか、クレーンで下ろされた荷物は普段の3倍、4倍あった。

船が離岸するとき、暗い岸壁で手を振る人たちがいた。  それが艦橋から見えたのかどうか?

★s-DSC02467 ★s-DSC02484







   
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ボゼツアー中止

0912時、十島村防災無線の放送があった。 31日鹿児島出港のボゼ特別便は欠航という。

エンジン不調で、悪石港から動けないままだから当然。 村営船「フェリーとしま」 は日本にも世界にも1隻しか存在しない。


0918時、またあった。 ボゼツアーは中止という。 これも当然。



1231時、待ちに待った船の修理開始についての放送。

1220時に修理班が悪石に着いたとか。



1550時、運航再開のメドがついたらしい。 万歳!!…と叫びたいところだが、試運転を経て船が小宝島に向かうのは「21時30分ごろ」 という。   先が長い。




としま受難

★s-ライブ      欠航につづいて2度出港延期して昨日の深夜、鹿児島港を出港した村営船「フェリーとしま」 が消息不明になった。

平島を出たところまでは村の防災無線で報告があったが、その後なんの連絡もない。 諏訪之瀬島で何事かあったらしい。

村のホームページで各港のライブ映像を見ると、肝心の諏訪之瀬は「メンテナンス中」。 いつもなら小宝島に船がついてもおかしくない刻限になって、ようやくアナウンスがあった。

なんと諏訪之瀬島で座礁したという。 「運航再開については、15時から18時をめどとしております」 とか。 



航海を続ける気はあるらしい。 ジタバタせずに待つしかない。

なにゆえに座礁したかということについて発表はなかったが、うわさによると台風の荒波で港内の海底地形が変わっていたらしい。 荷卸しも無事終えて出港しようとするときに堆積した砂に船底がひっかかった。 船体の損傷はなく、潮が満ちるのを待って離脱をはかる作戦…。 とにかく待つしかない。
 

離礁は予測より早かった。 14時45分、悪石島に向かったという放送があった。

その後、しばらく運航状況についての報告はなかった。 ここまで遅れたら、細かいことは言うまい…と観念していたところに16時44分、とんでもない放送があった。

「悪石島にてエンジントラブルが起きました。このため悪石碇泊とし、以降の運航を中止します」。


ガーン! きょうは船は来ない。 いつ来るかもわからない。

前の便は20日鹿児島を出港し、21日入港した。 孤立状態はすでに10日。 

  

 
接岸港削られる    これは台風で削られた小宝島の堤防兼接岸岸壁。 海底の地形が妙な具合になっていなければいいのだが…。

メロン岩

★s-DSC02428   湯泊に行って仰天した。 湾口にあった“嘆きの岩” が消えている。

その代りに、平行四辺形の岩が見える。  なぜだ?  だれか訳を説明してほしい。

よく見ると、3月末から7月の半ばまで滞在したダックスフントの顔に似ている。 名前は“メロン” といった。 丸くはないけれども、ひとまずは“メロン岩”。



      
★s-032     嘘みたいな話だが、これが2012年15号台風より前の風景。 

昔湯泊から出したハシケは村営船から降ろされた荷物を積んで 人の顔のような岩を目指して漕ぎ帰ってきた。 



1145分、小宝島独自の防災無線放送があった。  「今回の台風で接岸港の一部が破損し、大きな段差が出来ています」 とか。 「用のない人は行かないようにしてください」 ともいう。 

爺には見に行く用事が出来た。 しかし、台風の狼藉の始末に気を奪われて果たしていない。 

28-0610.jpg     夜が明けた。 庭の菜園は壊滅、グンバイ昼顔とニガウリのツルが這っていた客質前の網のタナも無残な姿になった。 キュウリ、ニガウリ、パパイヤ、ピーマンの苗は再起不能、オクラは生死不明。 ハイビスカスは根こそぎの格好で倒されたのが1本、枝を折られたのが1本で被害は軽い方か?

籠城

27-0402.jpg   午前4時2分、MBCテレビの画面。

27-0505.jpg   同5時5分、同。

★s-27-0949    同9時49分、雨戸を少し開けて北の方角をうかがう。

★s-27-0954    同、9時54分、西の方角。 ……東と南の方角は雨戸に隙間をつくるのを控える。

木造モルタル一部2階建ての家が風と格闘している。  ズ ン、ズ ン、ズ ン…ドーン。    


ミシミシ、ギシギシ…というのは骨組みが揺すられる音。 ビュービュー、ビョービョー…という風が電線や木々の枝葉をこする音にまじって、絶え間なくピー…と鳴る音は、雨戸や窓の建て付けに隙間があって、虎落笛(もがりぶえ) のような音を出しているらしい。

不意にザーッという音が混じるときは、大粒の雨が横殴りに叩きつけている。

中心気圧は930hPaまで上がったが、それでも超弩級。 25㍍を超す風が長時間続く…という警報が出ていた。 長時間というのはどのくらないのか?



午後3時ごろまで 暴風、高波が続き、午前3時ごろまでがきつい…という。  

話が違う。 午前3時を過ぎても夜明けを迎えても、風は吹きつのるばかり。 暴風警報が強風警報に切り替わるはずだった午後3時を迎えても様子は変わらない。 

寝ている畳が揺すられる方向で風向きが読めるようになった。 午前6時半、風は東から南東に変わった。 勢いはかえって強くなる。



★s-27-1733    午後5時33分の西の方角。 風の勢いは朝方からあまり衰えていない。 家を一歩も出ずに日を暮らし、そのまま再び長い夜にはいった。


910 hPa

26-1647.jpg
26-1802.jpg
★s-26-1857
……おーぃ、やめてくれ!! 910 hPaなんてウソだろう! 直撃されたら小宝島の家はみんな吹っ飛ぶ。

上は1647時、湯泊湾。 真ん中は1802時、MBC(南日本放送) のテレビ画面、下は1857時、雨戸を少し開けて北の方角をのぞいてみた。

台風15号

DSC02331 (800x600) DSC02333.jpg   …1814時、マショの湯の入り口から

きのう出港予定の村営船「フェリーとしま」 が欠航になった。 来るはずだった船がこない。


島は孤立し、台風はだんだん大きくなる。 

接岸港だけでなく島の入り江や泊は騒ぐ波を騒ぐままにして、なすすべがない。 入り江や泊の海岸線の美しい変化は、台風になると益体もない欠損地形。


島じゅうが霧状になった海水を浴び、塩漬けになる。  海岸沿いの自然林はカンカンと日が照っているのにぞっぷり濡れた。 

この5月いらい庭を開墾して植えた作物群は壊滅した。  また種をまくべし。  そのためにも台風は早く来て早く去ってほしい。 




あいまいな天気のなかサン婆と散歩、その後 明るいうちから雨戸を閉めきってテレビを見る。 大曲の花火大会の中継はバックグラウンド・ミュージックがせからしい。 

そういえば鹿児島市でも花火をやっているはず? 

2年前の鹿児島の花火大会の日、三鷹の伯父がみまかった。 通夜にも葬儀にも行かなかった。 電気関係の技術者だったが、音楽、美術、哲学にもくわしかった。

花火の後、チャンネルを変えて今村昌平の『うなぎ』 をみる。 「殺生戒」 と「大悲」 という仏教の教えを思い出す。


その前に憲法改正についての政治討論の録画をみてゲンナリしていた。  

欧米の憲法はキリスト教を倫理的なバックボーンにしているが、日本にはキリスト教がないので天皇を象徴として担ぎ出さないといけないのだという。 


なんのこっちゃ!

中学生でも知っている世界史の常識では、西欧の近代化は教会の支配から離脱し、貴族・王族の専横から解放されてゆく過程だったはずだ。 紀元前の昔から今なお続く終わりのない紛争・殺し合いは一神教の絶対善の相剋によるものではなかったか…。 

人類は神の名のもとに殺し合いを重ねてきた。 この愚かさにそろそろ気づくべきだろう。  

もし日本の憲法に倫理的な支えが必要ならば恵比寿さま、権現さま、阿弥陀さま等々…八百万の神仏の加護のもと、殺生戒と「悲」 の心がけがあればいい。 それ以上何が必要だろうか?  法制に建前やお説教の飾りをゴテゴテつける必要はない。



 




    

マショの湯

盲聾のサン婆にせかされて朝の老々散歩。  こちらは二度寝のあとの二度目の起き抜けで朦朧としたまま。

行方さだめぬ老々もうろう散歩。


サン婆の足は北に向いた。 権現さまの入り口を過ぎて、湯泊の露天もパスして、塩湯地獄の取っつきの立神をグルリ半周すると別の世界が開ける。

道がない2317 (2)   足もとは、水の流れにたとえれば瀞(とろ) のような空間。 トコロの神々の意に従って静かに歩をすすめてきた者どもは、犬も人も一様に立ち止まる。


★s-異界2305 (2)   東には黒潮の流れる水道と小島を望む。 西寄りに目を転じるとたちがみに続く奇岩群がある。


道がない2317 (1)    道筋をはずれたところは一見、立ち入りを拒むようなたたずまい。  心を鎮めてトコロの神々と昔の島人が通っている情景を思う。


異界2305 (3)   珊瑚礁と石灰岩がゴロゴロ転がっているところを這うようにして進み、門とも隧道(トンネル) とも言い難い奇岩の隙間を抜けると磯に出る。 そこに三つ並んだ湯船がマショの湯。




極楽2308    一番上の湯船は熱すぎるので、真ん中に入る。 中庸の湯は今日はぬるかった。  頭と足だけ外に出して長湯をする。 

写真は湯船からはみ出た人体の端の部分の下部。 この頃のことは世の中一般、政治でも教育でも上にいくほど怪しい。 ひょっとしたらマショの湯からはみ出た末端部分も上部より下部の方がずっと知的なのかもしれない。






ポンコツと婆

DSC02290.jpg 島に戻って何があるというわけのものではないけれども、待っている者がいた。 

者といっても人ではない。 

人ではないけれども、人に対するような気持ちがこちらの方にある。 古いトカラのアニミズムにかぶれたのかもしれない。


異相のひと…ともいうべきものの第一は、何と言ってもサン婆。 柴犬にハスキーの血が混じった雑犬。 歳は19歳。 そろそろハタチになってもいい頃合いなのだが、誕生日が分かっていない。 とにかく20年ほどトカラで暮らしてきた。

血統書なんぞない。 その代わり、20年トカラで生きて、なおくたばらない犬の新品種として動物分類学上の大発見にならないのだろうか?


もう一つは、軽のボンゴ車。 ホンダのアクティという車種で、もともとの素性も悪くないと思っているが、老骨にムチ打ってまだ頑張っている。

走行距離は138082。 奄美の整備工場から安い値段で譲り受けて、車検切れを機に廃車にするつもりで送り返したら、細かい修理と塗装までしてもらって戻ってきていた。 

ただならぬエニシである。 ポンコツ扱いしてきたのを心から恥じた。 


鹿児島に行く前に奄美の工場に送り返したものが、島に帰る前に戻ってきていた。 なにやら、待っていてくれたような。


車に名前を付けたいような気持だが、そこまではやるまい。 とにかく、婆とポンコツは粗末にすまい…とポンコツ爺は思う。 


トカラの風

DSC01978 (800x600)
20日深夜、鹿児島港を出る「フェリーとしま」 に乗った。

14号に続いて15号が迫っているところに土壇場の見切り出港。 海に出たら夏らしい凪がまだ続いていた。 小宝島入港は正午過ぎ、予定より10分早い。

島を出たのは10日の朝だった。 10日ほど島をあけた。

久しぶりの島、夏真っ盛りの亜熱帯の風。 その柔らかさ、涼しさを満喫する。

(……写真の島影は右から宝島、小宝島、小島、中の門、沖の門)

また空……トカラ本土域の報告②

P1000010.jpg
鹿児島の空…、 桜島の噴煙は北に流れていた。

空……トカラ本土域の報告①

P1000012.jpg

桜島は荒れていた。 火口から吐き出されたマグマは大気に触れて一瞬のうちに灰になり、熱いまま鹿児島市街に降りかかる。

間を隔てる海はわずか4キロ。 ここ数ヵ月、街は灰まみれだった。



風向きが変わって噴煙が北や東の方向に流れることもある。 そんな日が続くと、鹿児島の空は本来の色を取り戻す。

……これが本当の夏の空。



長いことサボりました

サボりが常習化してしまった。 それでも少数ながら接触される人がいて恐縮なことです。

今、鹿児島にいて あと少し落ち着かないところがあるけれども、からだも こころも不如意なまま、おいおい元気を出していこうと思っている。

往復抜港

鹿児島に行く用事ができて5日の上り便に乗る準備をしていたら,下りは接岸するけれども,上りは宝島から折り返して小宝島は抜港することになったという。

やむなく日程を1日早めて下り便に乗り,宝島経由で鹿児島に上る準備をあらかたやっつけたところで,下り便も接岸しないとの報。 村営船は下りも上りも島の沖を通るだけ。

台風9号,10号に続いて11号も面白くない動きをしている。 1630時,十島村防災無線は波浪警報が出された旨を伝える。 放送塔は「今後の気象情報にご注意ください」というが,注意したところで事態は良くなりようがない。


1715時,また防災無線。 宝島を折り返した村営船「フェリーとしま」は口之島を17時12分に鹿児島向け出港したという。 鹿児島入港は午前零時20分とか。

小宝暦

8月暦   8月の暦をつくる。 例によって日の出の写真に,下右は横瀬海岸から望む日没。 日没の写真にはウスバキトンボが写しこまれているのだが,この大きさではゴミにしか見えない。 

下左の写真はカツオドリとイルカ。 小宝島よりも北の海域で昨年8月,村営船「フェリーとしま」から撮影した。
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