じじらぎ

  

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小宝暦

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IMG_0013 (1024x691)   小宝島の日昇日没の時間、時々のお祭りなどを書き込んだ暦を毎月作って長いことになる。 いい加減な話ながら、最初に始めたのがいつなのか調べないと分からない。

写真は前年以前にその月に撮ったものを使っている。 整理が悪いので、いちど使われたものが混じっていることがあるかもしれない。


メディア音痴で、PDF文書をブログに掲載する方法が分からない。 やむなく、プリントしたものを写真に撮って添付写真として紹介している。



今月11月分は、台風の連続パンチで村のネットが何度も切れた。 このせいかどうか、室内ネットワークも作動しなくなった。 ついでにプリンターまでサボタージュに参加した。 

1カ月以上のプリンター不稼働のあと、どうにか動きだしたのが昨日のこと。 かくて2カ月分一挙掲載という始末になった。



探していたプリンターと無線LANルーターの使用説明書は今日になって出てきた。 

ことが終わってからノコノコ出てくる隠居爺のごとき間の悪さ。 いまいましいけれども、捨てるわけにもいかない。 元あった場所に大事に安置した。




12月分は訂正補筆した。 村営船「フェリーとしま」 の運航日程にこれまでにない変更があった。


島にとって命の綱、今風に言えばライフラインなんだから、年末年始も運航して…という島々からの声をくんで、ことしは御用納めなどお構いなしに「月曜だし」 を出すことになった。 

今年最後の「月曜だし」 は大晦日、すでに除夜の鐘が鳴り始めてから鹿児島港で錨をあげ、元日に各島を順繰りに下り、翌2日に宝島折り返しで上る。 

元日に初荷が着く。 年賀状も来年から元日に届くかもしれない。 


実は、この話は前から聞いていて最初の暦でも織り込み済みだった。 それに、衆議院議員選挙が飛び込んできたのを忘れていた。

7つの島で投票箱を積み込む臨時便を出す。 12日水曜日 鹿児島を発ち、14日に宝島から折り返して各島で投票箱を回収していく選挙特別便。 島々では13日に繰り上げ投票をすませておく段取り。

この便が加わると、12月は休む間もないフル稼働になった。
 


十島村の村営船「フェリーとしま」 は、生活路線の定期航路ではべらぼうに運航距離が長い。 接岸する港の数も多い。

この点では日本一。 ひょっとしたら世界でもこんな例はないかもしれない。 どなたか、ギネスブックに申請したらどうだろうか? 

世界一にならなくても、それはそれでいい。 「としま」 よりも頑張っている船が、もし世界のどこかで動いているのなら、深い共感を持って連帯のあいさつを送りたい。 


「としま」 の場合は距離が長い、寄港数が多い…というにとどまらない。 波が高く風の荒いことで名高い七島灘を往く。 

1便々々が冒険。 幸運を祈るのみ。  
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つかの間の日の出

IMG_0135 (1024x705)   0659時、パパラギから。 雲の層と水平線の隙間から日の出の瞬間を覗く。 風が冷たくなった。   

冬の海

IMG_0120<strong><strong> (1024x683)     1245時、小宝港の防波堤県岸壁から。 海は荒れ模様。 村営船「フェリーとしま」 は12時20分入港が定刻だが、覚悟していた通り遅れた。
 

IMG_0127 (1024x683)   1250時、港の入口に達する。 今、本港の切石港が浚渫工事中で裏港の元浦港しか使えない諏訪瀬島は「接岸条件」 つまり、接岸できないことも考えてご乗船ください…ということだったが、接岸を敢行したらしい。 少々遅れても、有り難いことである。

宝島の植物探訪

24日の午後、小宝島から宝島にわたり、車を借りて日が暮れるまで回った。 この島には前にも泊まったことがあるが、その時は学校と集落一帯を見て回っただけ。 

どんな植物が、どんな風に生えているのか興味があった。 植物群落の多彩さ、森の深さに圧倒された。


ツワ(1024x683)

芙蓉(1024x669)    上はツワブキ、下は芙蓉(ふよう)。 島の沿道はどこも、どちらかの花に彩られていた。

ここらの道は螺旋状に周回して上昇し、島の最高峰・イマキラ岳(292メートル) に達する。

天に至る道。 その両側をみずみずしいツワブキと芙蓉が飾る。 

てっぺん近くでは小宝を北限とするテンニンギクの群落が迎えている…と期待したいところだが、これはあえない幻想。 なぜか宝島ではテンニンギクを一株も見なかった。



IMG_0137 (800x523)    松の林。 二次林なのかもしれないが、太古からの年輪を経たように見える松の森があちこちにみられる。 霧島の自然林にみるような見事な巨木の林もあった。
この写真は稜線を形づくる、割に若い林。 木々に見とれて気づかなかったが、放牧中の牛がいた。 

宝島は肉牛の特産地で小宝よりはるかに多い牛がいるはず。 それが、なかなか姿を見せない。 牛の糞が路上に鎮座している光景にも遭遇しなかった。


タイモ(800x494)   タイモ。 タロイモ、サトイモと同類の芋類で、トカラでは身近な栽培植物として知られている。 


IMG_0152 (800x536)   これも特産の一つサンセベリア。 トラノオの名前の方が通りがいいかもしれない。

IMG_0150 (800x504)   ドラゴンフルーツの畑。 アボカドなどの熱帯果樹の栽培も軌道に乗りつつある。


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IMG_0142 (800x533)   この二つは野草なのか牧草なのか不明。 いずれも小宝島では目につかない。




IMG_0160 (1024x736)   ありふれた荒れ地の植生。 クサギ、ツワブキ、ススキ、背後の背が高いのがダンチク。

手前のキツネノボタンに似た雑草は、小宝では圧倒的な勢いではびこっている。 

この状態を放っておくと、クサギだけでなく、カラムシまで樹木のように根を張って、地表ではヨモギ、カタバミがせめぎ合う。

そのうえに小宝ではたちの悪いつる草が跋扈している。 ビンボウカズラ(ヤブガラシ)、サツマキンキライ、ヘクソカズラ、ツルグミ。 



上はツル、土のなかは雑草と竹の根…。 

宝島ではそこまで行ってない。 というより放りっぱなしの休耕地はあまり目につかない。


IMG_0125 (800x584)   シダ類の群落。 勢いがいい。 この島のものは雑草まで大きい。

IMG_0176 (800x533)   宿の庭のブーゲンビリア。 ブーゲンビリアは小宝ではなかなか根付かない。 パパラギの庭に植えたものが、ようやく赤い花をつけ始めたのが、おそらく初めてのもの。 

隣の宝島から

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★宝のP光(1024x675)
村営船で宝島にわたった。 宝島イマキラ岳頂上からの展望。

   


IMG_0159 (1024x711)   上から3番目、きのうも掲載した写真から視線を右手、西から北にずらすと小宝島が見える。 ここから望む小宝は命をはらんだ妊婦ではなく、くたびれ果てて身も世もなく眠りこけているように見える。


ご苦労さま! 


せっかく眠っているものをたたき起こしてはいけない。 

軽々に興こしてもいけない。 

欲得ずくの浅知恵でこづき回すと、はらかいて(激怒して) 火を噴く。 

(★7時16分800x533)   0716時、湯泊♨。 このところ、水平線とほとんど同じ高さから海と空を見ている。 漂流する筏(いかだ) の視角。


★宝のP光(1024x675)    これはきょう午後の視角。 南隣の宝島でいちばん高いイマキラ岳、標高282メートルから。

出来心で、下り便の村営船「フェリーとしま」 に飛び乗った。 宝島にどんな植物が生息していているのかを見たくなった。


行方不明

村営フェリー「としま」は日を違えずに出港し、凪の海を定刻より半時間早く入港した。 久々の快調、いや絶好調!


……と思っていたら、想定外のことが起きていた。

午後3時ごろ村の出張所員が宿にやってきた。 いつになく気色ばんだ様子で「予約なしで、飛びこんできた泊り客はいませんか」 と問う。 「いません」 と答えると、ガックリ肩を落とした。

悪石港を出るときまでは確かに船の上にいた乗客が下船するはずだった宝島でも降りなかったという。


小宝港でも降りるのを見た人はいない。 姿を消した行く先は陸上ではない。  広い海を探すよりない。


「としま」 はそのまま北に引き返した。 よく見ると、悪石の方角で白い点になった船影が、遠くからでは止まったままに見える。 

頭上では海上保安部の飛行機が旋回する音が聞こえる。 悪石では漁船も捜索に加わったらしい。


行方不明者は40歳、男性。 残されていた荷物に身元を示すものは何もなかったという。 発見の報はないまま暗くなった。




!

DSC03046 (1024x768)   0650時、湯泊。 日の出時刻を2分過ぎた。 


P1000112-2.jpg   0710時、湯泊。 お日さまはついに顔を見せない。 小島の水道では北にのぼる黒潮と北から吹き下ろす風がぶつかって白波がたつ。

下りの村営フェリーは定刻より早く、11時55分に入港。 風が冷たくなった。

……写真は上がソニーのインスタント防水カメラDSC-TX5、下はドコモの防水携帯電話P-04Dのカメラ機能。 

遅延と孤立

P1000092-3.jpg   0702時、湯泊。 水平線近くに厚い雲の層があって、きょうもお日さまが顔を見せない。

天気は一見穏やかだが、妙に粘りのある風が方向を定めないまま動いている気配。 時化(しけ)モード、つまり遅延と孤立の時からまだ抜け出していないらしい。

きょうの鹿児島を発つ村営フェリーは出港を延期するという。

冬へ

DSC03007.jpg    0701時、湯泊♨。 日の出が遅くなった。 季節は冬に近づいていく。 

村営船「フェリーとしま」 は復路を1日延期した。 宝島に停泊しているのかと思ったら、諏訪瀬の元浦港の近くまで戻って夜を明かしたという。 

船尾から風にあおられて船が無暗な揺れ方をすると、荒波に慣れた乗組員も眠れないので、錨をおろす場所を求めて諏訪瀬まで北上した、と説明してくれる人がいた。 ならば、小宝島の港が整備されていたら、余程便利になるのでは? 

船は暗いうちに宝島に直航し、小宝港への入港は10分以内の遅れで済んだ。 


DSC02946.jpg   アマサギ
が1週間ほど前から来ている。 1羽だけなのか、ほかにもいるのか確認できない。

DSC02997.jpg   カモメの類? 飛び方がぎこちない。




【お知らせ】 ブログ画面の右側にあった部分、カラム(柱) というらしいが、アーカイブ(過去の記事への窓口) やリンク、接触数などを示した部分がなぜか出なくなった。 底にある「コメント」 か「トラックバック」 ををクリックすると出てくる。 なぜそれで出てくるのかも不明。 

三行半

1123--.jpg   3日夕に鹿児島に着き、たまっていた用事を片づけて7日深夜発の村営船「フェリーとしま」 に乗って、8日昼前に小宝島に戻った。  
……… (写真は8日1123時、としま船上。 小宝には定刻より約一時間早く接岸した)


この間、ブログをサボる始末になった。 鹿児島市の寄留先のネット環境が島よりも整ったことについては前に述べた。 ネット環境はいいのにブログをサボる始末になったのを弁解をさせてもらえば“気鬱” のせいである。



鬱状態に陥る要因としては、思い当ることが3つほどある。 

一つは加齢に伴うもの。 周りの人も同時に年取っていくので、体も心も当然劣化する。 病気や不具合の話が耳に入ってくると自分の気持ちまで萎えてしまう。 


もう一つは“島酔い症候群”。 島には巡回診療のおかげで志をもった優秀な医師たちが立ち寄るけれども、この人たちも知らないビョウキ。 

奄美琉球の「島酔い」 に似た症状が実はトカラにもある。 トカラの風土病は潜伏期間が長い。 私の場合は30代に感染して60歳を過ぎてから発症した。 


奄美琉球の“島酔い” は基本的に陽性である。 腫瘍としては良性で、気にならなければ放っておいても差支えないデモノ、ハレモノの類。

トカラの「島酔い」 も私が感染したころは良性であった。 そう思いなして呑気に構えていたが、30年ほどの間に異常進化がすすみ悪性新生物に化けた気配。

悪性島酔いによる欝が発症すると、ここ5,6年の間の植物生態の遷移を思っただけでも狂おしい気分になる。 島の環境の些細な変化に気がつくと独り夜中に目覚めて悶々とする。

この話は語りだすと長くなる。 長い話はよくない。



もう一つは、世にいうテクノストレス。 機械音痴がどこで間違ったのか電子機器を相手にするようになった。
 
機械を作った人は別の人で、たいていの機械は機械音痴の年寄りがいじるのは想定外であった。 爺の望まぬ動きをし、理由もなくサボタージュする。 信用ならない。



鹿児島市滞在中、あわただしい気持ちながらも日本経済の将来を占う大論文をブログに書き込んだ。 今の不景気の原因を究明し、日本沈没、つまり経済大国から経済四等国への転落に警鐘を鳴らした大論文!?

それが消滅した。 「下書き」 を公表にしようとクリックしたら、出て来たのは冒頭の三行半だけ。 爺の言語感覚では三行半は「みくだりはん」 と読んでしまう。



とたんに鬱になった。 

いらいネット環境良好の鹿児島市でもキーボードに触らない。




下書きが消えた理由は、小宝島に向かう村営船「フェリーとしま」 の寝台の上で電撃的に思いついた。 原因が分かれば抑鬱症状が一気に飛んでいった。


小宝島に降り立ったら島の風景がまた変わっていた。 それにたじろがない精神状態を一時的にたもっている。



★s-DSC02911     写真は島の風景の変化の一つ。 島の極北にある村営住宅の近く、ということはパパラギの近くにあったビロウ樹の自然林が焼けていた。 8日午前、野焼の日が燃え移ったのだという。

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鹿児島へ

…………0640時、パパラギのベランダから撮った日の出の写真を掲載してみたが、すぐに削除。 携帯のカメラ機能は太陽をまともに撮るのには、どうしても不足がある。 一眼レフはフィルムカメラなら膜面に相当するところが塩分で劣化し、内部から壊れてしまった。 修理は諦めた方がよさそう。

P1000112.jpg   1740時、鹿児島湾口。 船は宝島を定刻より8分早く出港した。 途中、積荷も乗降客も少なく、早いペースで北上を続ける。

P1000115.jpg   1935時、鹿児島港着、接舷へ。 入港は定刻より1時間ほど早くなった。 降りたら「おはら祭り」 の前夜祭で繁華街は交通規制になっていた。 

天文館通りの飲み屋に顔を出すと、最高齢80歳のいつもの顔ぶれ。 ほどなく60歳代以上の常連が勢ぞろいした。 みんな若者に負けない好奇心の持ち主たち。 そんな人たちが「おはら祭り」 は見飽きた…と言う。

霜月

ブログ書き込みの成績は不良のまま、また、月が変わった。   

慌てて島の月暦を作ったが、プリンターが動かない。 

やむなく、メールアドレスが登録してある人にだけPDF文書にして送る。


私のネット技術ではPDF文書をブログには載せられない。 印刷した暦を写真に写し、サイズを縮小する作業をしてしている。 この方式だと、プリンターが働いてくれないと困る。


館内無線ランは不具合のまま、プリンターはコードで繋いで使っている。 接点が錆びた有線の信号より、今まで馴染んできた無線の信号の方が機械には心地良いのだろうか?



寄留先の鹿児島市でネット環境を整えるのは意外に手間がかかった。 機械音痴の爺が独り手探りでやる作業。 無用の回り道もした。

気がついたら、島のネット環境はいつの間にか劣化して後発の鹿児島市が追い抜いた気配。 納得しがたいけれども、これが現実。



5日ごろ鹿児島市に上がるつもりでいた。 

ところが、また海が荒れるという噂を、どこからか聞き込んできた女将が急かす。 


島の噂は風の如く変幻し行方が定まらないが、本物の風や波に関する噂に限ってブレが少ない。 女将の言いなりに、2日の船に乗ることにする。

鹿児島での暮らしはせわしないけれども、ネット環境はしばし改善する。 ……と思いなしつつ急いで荷づくりする。











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