じじらぎ

  

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島おこし族

041 (1024x773)   自民党離島振興特別委員会の議員一行が島にやってきた。 村の観光兼行政連絡船「ななしま」 で昼過ぎ、城之前漁港から上陸したところまでは見届けたが、何人やってきて、どこをどう見て回ったのかよく分からない。

「ななしま」より先に接岸した村営船「フェリー としま」には村役場の課長級以上の主だった職員が乗っていた。 案内役のつもりなのか、宝島に先回りして待つ段取りらしい。


「先生方」の付き添いもいいけれども、やたらに人数が多いのが気になった。 これでは鹿児島市にある十島村役場はもぬけのカラではないか。 それでも大事ない…というのが村役場の普段の仕事ぶりなんだろうか?

島おこしは確かに必要だろう。 しかし、どんな風に興したいのか将来像をみすえた議論はあまりきかない。 このところは島おこしが島つぶしの様相をおびる状況が目についてしかたがない。

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P1010043 (1024x761)     27日0553時、湯泊♨

P1010045 (1024x752)    同0555時、同。 西の空。  

お日さま

DSC04597 (1024x768)     16日0611時、パパラギのベランダから。  下は前日の15日0608時、湯泊湾。 

日の出が撮影可能なのは低い位置にある間の3、4分だけ。 このタイミングを外すとすぐに雲に隠れ、雲がない日はみるみる強烈な太陽になってレンズを向けられない。


DSC04558 (1024x768)

授業参観

DSC04600 (1024x768)   15日1403時、宝島小中学校小宝島分校。 久しぶりに分校に行った。 新年度初めての授業参観。 教師と生徒が1対1の昔ながらの授業風景は珍しくないので、写真は複式学級の教室。 

夏休みの絵日記

生来の怠け者。 夏休みの絵日記は8月末にまとめて書いた。 おかげで図画を早く描くのが特技になった。 

年をとってもズボラは変わらない。 

ブログには締め切りがない、新学期のようなおそろしい節目もない。 おかげで、写真日記はズルズと空白のままになった。


このままでは、出来心で始めた「トカラ列島 小宝島日記」 が自然消滅する。 始めるのにさしたる理由はなかったが、ここで終わらなければならない理由根拠も薄弱である。 気分が躁になったときに書き足していくことにする。


DSC04500 (1024x726)   4月初め鹿児島市に行ってきた。 これは4日0622時、はっきりしない空模様で日の出の代わりに飛行機雲を見た。


DSC04502 (1024x723)    4日0808時、甲突川河畔の桜は盛りを過ぎていた。 スピード違反ではないか?


DSC04474 (800x560)   さかのぼって1日1915時。 被写体は娘が生んだ男の子。 生まれて2カ月余、名は太郎という。  


DSC04497 (1024x768)   4日1339時、鹿児島市鴨池新町の鹿児島県労働者福祉会館、植村雄太朗さんを偲ぶ会に出た。  この人については長い長い物語をつづりたいと思いながら果たせぬまま。

ごくかいつまんだ紹介は、南日本新聞「ひろば」欄に「別れの時…」 と題する文を投稿し、3月23日付
に掲載されている。 もともとは高校の国語教師。 言語学者、詩人、銃後の遺児立場で戦争を語る生き証人でもあった。



この会に出るために病院通いの日程を調整したが、体の具合の調整はうまくいかない。 せっかく県都に赴きながらし残すしたことがいろいろあった。 m(_ _)m!









     

新学期へ

IMG_20130331_074<br />237.jpg   3月31日朝、小宝島埠頭。 転出する分校の先生のうち最後の一人が上りの船に乗った。 

先生の転出は5人、うち補填されるのは2人だけ
で先生の人数は9人から6人に減る。 学級減に伴う措置。 子どもの構成は卒業転出、新たな山海留学生の受け入れがあり、小学生9人、中学生2人。 これまでと変わらない。

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