じじらぎ

  

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7月

気がついたら7月も最後の日。 7月は暦の掲載を忘れてしまったので、2カ月分一挙に掲載する。 間違い、不適切なところにお気づきの方はお知らせいただければ有り難いことです。 

7月暦(1024x679)

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P1020044.jpg    夜明け前に雨が降った。 干天の慈雨…。 3週間か4週間ぶりのことである。 庭の花が息を吹き返した。


P1020046.jpg    上は日日草、下の写真はテンニンギク。 よそでは雑草扱いしているかもしれないが、わざわざ植えている。 

下の写真で萱(かや) のように見えるのはレモングラス、左端にみえる白いスチロールの箱に植えられているのはバジル。 写真には写っていないが周辺にはアップルミント、ブラックミント、ローズマリー、ブーゲンビリア、ハイビスカスなどが根付いている。



ここらは珊瑚礁の岩と礫で、表土はほとんどなかった。 自分が来る前、海辺の天梅(てんばい、テンノウメ) を移植してあって、それなりの景色があったという。 その後にだんだんと表土のようなものがふやされて、磯から庭になっていくという経過をとった。

夏場は努めて水をやらないと芝も花も萎れて庭が土色になる。 有り難いことに昨年、山の上の用水溜めの水を使えるようにしてもらったので、夕方一回だけ水を撒いている。

この水は平成2年に海水淡水化施設ができるまで、飲み水にも使っていた。 朝もやりたいところだが、山の上のプールの水がどの程度たまっているのか分からないので遠慮している。 勢いは良いので、当分は余裕がありそう。



裏の畑は敷地内の貯水槽の雨水をやる。 この貯水槽からの水は勢いがなく心細いようなところがあるが、今まで涸れたことは一度もないという。



村政座談会

P1020047 (640x480)    鹿児島市にある村役場から村長以下、主だった人たちが来て村政座談会があった。 年に一度の“直接民主制”。

去年と違って、ことしは泊りがけの日程にもどされ、夜は懇親会が開かれた。

日の出、2日分

IMG_0042 (800x531)    21日0540時、パパラギのベランダから。


IMG_0600 (1024x654)   22日0538時、同。 2日続けて歩くのをサボった。

燦々

IMG_0086 (1024x683)   0536時、湯泊。  サン婆さまがいなくなっても日は昇る。







20日の出 (1024x819) - コピー    2009年10月の湯泊の朝。 

サンは日の出遥拝と朝ぶろにはいつも同行した。 というより実態は私の方が連れて行ってもらった。  日課をサボりたい気分のときもサンは強引で有無を言わさない。 声は出さないが全身で誘う。 嫌も応もない。

海が見えるところまで来ると、サンは安堵した様子で東の方を遙拝する。 視力が失われても海を仰いでじっとしている。


   

∇…025    日が昇ると、低い角度から照射される光でサンの全身が金色に輝く。 サンという名前の由来は珊瑚礁の珊だが、燦々と降り注ぐ光の燦の方がよりふさわしいかも知れない。



∇…044  ∇…159    サン婆は水もお湯も嫌いである。 人間の爺が湯舟に浸かっている間は、露天風呂と海が視界に入るところに端座する。 目が見えなくなっても同じ方角に顔を向けたままジッとしている。 鼻と耳の先だけがピクピク動いている気配。




∇…020 (3)   珊瑚礁の道なき道を往くのも好きだった。 ヨタヨタといつまでも歩く。 それが、突如立ち止まって小休止を求めるようになった。 2日後には立ち上がれなくなり、それから10日ほどして昇天した。 



∇…032  410 (683x800) DSC02253 (1)避難 (800x692)   サンは生まれつきの品があった。 強者弱者を分け隔てせず、いつも毅然としていた。 誰にでも優しく、ヨチヨチ歩きの乳幼児から小突き回されても、されるがままになっていた。 

際立っていたのは旺盛な好奇心。 濡れた鼻は高性能のアンテナで、人の知り得ない情報をかぎとっているようにみえた。 

三枚目は2011年3月11日、三陸方面に大地震がおき津波警報が出て避難したときの写真。 神妙な面持ちで控えていた。 何を考えていたのだろうか? 





盲犬と棒(800x600)   この年の夏には全聾、全盲、嗅覚障害に加えて身体感覚もおかしくなってきた。 足に絡まるリード(紐) を自力ではほどけない。 棒の先に短いリードを付けて誘導することになった。 




 

★s-フラッシュ・メモリーからの写真 076 - コピー (2)   リードを離すと島の珊瑚礁原を思うさまに駆け回っていた頃の若いサン。 左手はかつての相方、陣(じん)。 陣は先に逝ったが、これからは両者揃ってあの世の入り口で迎えてくれるのだろうか?

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帰還……サンのいない島

P1010945 (1024x768)  予定を切り上げて17日水曜日の船に乗る。 法事を営むわけではないけれども、この便なら19歳で命を終えた雑犬・サン(珊) の初七日に間に合う。

0548時口之島を出て振り返ると、島影からお日さまが顔をのぞかせた。 柔らかい光で海と空を包んだのはつかの間のこと。 数秒後には灼熱の夏の太陽になった。  


P1020007 (1024x749)   1055時、小宝島の寝姿が見えるところまで着く。 足元にうっすらと見える島影は悪石、その先が諏訪之瀬。 



P1020018.jpg   居間の日めくりはサンがなくなった12日のままになっていた。 日めくりをそのままにおいてもキッチリと時は刻まれ、1週間が過ぎていた。


P1020036 (1024x768)   サンの墓所。 亡骸(なきがら) は裏の菜園の一角に葬られていた。 ここらは島の人から借りている地所である。 埋葬を許してもらっただけでなく穴まで掘ってもらったという。 珊瑚礁を掘り砕いて穴をうがつ作業はなまなかの仕事ではない。 珊は珊瑚と石灰岩を掘り分けたところに納まった。


石で囲んだなかに、真ん中に抑えの石が一つ。 この形は、30余年前に平島の子供が事故でなくなったときに偶然立ち会った土葬の形と同じである。


女将に、誰に教わったのか聞くと妙な顔をする。 島の人が石をたくさん拾ってきてっくれたので、並べて置いたら自然にこんな形になったという。


忘れられていたトカラの土葬の葬制が小宝島の一角で図らずも再現されることになった。 真ん中の石はここでは「抑え」 の役割よりも、女将が掘り起こすのを禁じる「封」 のような不思議な存在感があった。

婆さまが死んだ

昨夜、12日午後11時45分ごろサン婆が息をひきとった。 


今朝方、島にいる女将から電話があって昨夜のメールを見たか……と問う。 女将がメールを打つのは珍しいが、見たかどうか確認の電話をしてくるのも、あまりないことである。

どういうことか聞くと、しばらく声がない。



サン婆の四肢のひきつりは午後9時ごろから激しくなり、それを抱きしめて抑えようとする女将の腕のなかで絶命した。 視力は片方の眼だけ一時的に回復したかのように輝きが戻り、女将の顔をじっと見たまま息をひきとったという。

享年19歳4カ月。 小宝島でもっとも長く生きた犬だった。

ルリタテハ

P1010337 (800x600)   7月の暦に使った蝶の名を問う人がいた。 自分も島に来るまでは知らなかった。

図鑑で調べたら、どうやらルリタテハ。 7月にはいってわが物顔に飛び回っていたアサギマダラ、リュウキュウアサギマダラが避暑にでかけたあと、急に増えた。



IMG_0560_20130706104958.jpg    この蝶は交通安全の心得がない。 信号機を守り、横断歩道を渡る…などという面倒はことは、もともと信号機も横断歩道もない島では考える必要がないけれども、道路の真ん中で休憩するのは困る。 

島の道路を通る車はあまりいない。 ただ、全く通らないわけでもない。 誰かが、道路は車を通すためにつくられたものだ……ということを蝶に教えてあげないといけない。 


道路占拠中のルリタテハをあらためて観察すると、羽根の裏は褐色をしている。 木にとまって羽根をたたんで樹液を吸うのだという。 羽根の裏側の色が違うのは樹皮の色に合わせた保護色らしい。




IMG_0555_20130706104957.jpg     羽根をたたんだまま道に横になっていることもある。 道に木くずが落ちてるのかと思って気にもとめずに近づくと、とつじょ蝶の姿になって飛び立つ。

IMG_0529_20130706104955.jpg     動作は必ずしも敏捷でない。 横歩きの蟹と同様、車にひかれるものもいる。 ひいたあとに木くずと見たのが蝶であったと分かる。 あとのまつり。

計画断水?

なにゆえの断水であったのか……海水淡水化装置に故障はなかったという妙な話を聞いた。

島では分校の屋内体育館建設のために多数の工事関係者が入り込んでいた時期があった。 それが一段落して、島の実人口はむしろ少ない時期。 機械は正常に動き、人は少なく需要は減ったはずなのに断水?


まさか、3.11後の東京の計画停電と同じことではないだろう。 電気はまだあるのに通勤の足を止めて首都機能をマヒさせた。 昔の日本人ならあり得ない本末転倒。 



夕方に突如断水し、一夜明けて朝になってまた断水になったことについては、節水を呼び掛けたために水の使用量が増えた……という人がいた。 これも信じがたい。

この話がウソ出鱈目であることを祈るのみ。 敢えて確かめてみて、万が一本当だったら情けないので忘れることにする。


昼前には蛇口の水は結構な勢いで出るようになった。 

それでもとの静穏に戻ったのかと言えば、ちょっと違う。 島の空気はどこかあわただしい。 あすは体育館の落成式で来賓がたくさん来るのだという。

水罰がきた!

朝、顔を洗おうと思ったら水が出ない! 

きのうは日没を過ぎる刻限までそこそこ立ち働いてシャワーを浴びようとしたら、出ない!  汚れたまま寝て、日づけが変わって朝になって汚れたままの体で起きたら、またも断水。


きのうのアナウンスでは、海水淡水化装置の不具合はひとまずなおって、空になっていた湛水槽に水をためている……ということだった。 一晩たって十分に貯水できたのかと思っていた。 


なぜ、こんなことになるのか?
 

しばらくしてアナウンスがあった。 深刻な状態だから節水をお願いする……とか。 

深刻なのは言われなくても分かっている。 なぜこうなるのか、復旧のメドはたっているのか、肝心のことについては、何もわからない。 

定員2

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P1010858 (1)    庭の婆さまは花にかこまれてご機嫌な様子である。 夢うつつの体。 起きているのか寝ているのかわからない。 この点は爺もいっしょか? 

爺と違うのは、時々死んだふりをする。 自然体なのか、意図的なのか分からない。 



DSCN2892.jpg   座敷の婆さまは、ついにおしめを付けるようになった。 嫌がるのかと思うと、それほど気にする風ではない。 









P1010834.jpg   朝方、道路向かいにある電柱にカラスが3羽、庭を見おろすような位置に控えていた。 女将は、サンが死ぬのを待っている…と神経をとがらせるが、そういうことでもなさそう。 




小宝島のカラスは2羽と決まっている。 1平方キロしかない小さな、大海を漂流している筏のような島。 もしカラスになわばりをつくる習性があるとすれば、2羽が定員ということか…。

3羽いるのは、おそらく今年孵った幼鳥がまじっている。 年によって4羽になったりする。 この場合はたぶんつがいと幼鳥2羽。


3羽ないし4羽が元の2羽に戻るのは、渡りのカラスの群れが島に寄ったとき。 実際にはみんな黒くて見分けがつかないが、幼鳥も群れと一緒に島を出るらしい。 だとすれば、親離れを旅の者たちが手伝っているということか?

 


カラスの定員は2。 犬の定員はきまっていないが、いまは現員2。 遠くない将来にそれが1になる。
 


水罰

雨雲らしきものが島に近寄りそうな気配もあったが、雨にはならない。

夕立も来そうで来ない。 きのう勝手に出した小宝島の梅雨明け宣言は、撤回しないですんだ。


午前10時過ぎ、村営フェリーの入港までは間があったので、湯泊の露天に行った。 強い日差しを避けるため麦わら帽子をかぶって湯に浸かる。  ハタから見れば随分と滑稽な格好に違いない。


カンカン照りだとお湯も熱い。 「海水」 という表示のあるコックをひねってうめる。

それが普段と様子が違った。 いつもはホースが生き物のように浴槽をのたうち回り、油断すると浴槽を飛び出す勢いの水が、よほど穏やかになっていた。 

あらためてみると、水量はいつもの3分の1くらいだろうか。 ホースの先端から水は静かに間断なく流れ出ていて、頃合いの勢い。 

水不足に苦しんだ小宝ではなく昔の東京の話だが、「みずばち」 という言葉があったらしい。 

漢字で書けば水罰。 水を粗末にすると、いつか報いを受けて水の大事さを思い知らされる日が来る……というのである。 

水の勢いも強すぎないのがいい。 海水といえども動力を使って海からわざわざ汲み上げている。 湯水の如く蕩尽してはいけない。



心なしか、水の色も普段より澄んでいるようにも見えた。

ひょっとしたら「海水」 をやめて真水が使われるようになったのかも知れない……。  そんな期待を込めて嘗めてみた。

やっぱり辛い。 海水相応の海水の辛さであった。

梅雨明け

奄美地方に梅雨明け宣言が出された。 例年より2日遅れという。

ならば小宝島も梅雨明け。 

気象台での正式の扱いはどうなっているのか知らないが、宝、小宝の天気は奄美地方と一緒である。 そう思ってきて、これまで不都合はなかった。


一方、十島村に大雨洪水警報……などという情報は無視している。 

小宝は珊瑚礁の島で雨が降っても水浸しになりにくい。 川はないから洪水も氾濫もない。



トカラ深南部は、気象に関しては十島村でなく、奄美。  心の深層にも奄美的なものが潜んでいるのかもしれない。








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