じじらぎ

  

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皆殺し記念日、あるいは売国の日

IMG_2628.jpg IMG_2620 (1024x683)    12月の日の出。 左は7日07時36分、右は6日07時06分、いずれもパパラギ食堂から。




あっという間に師走になって、きょうは7日。 

真珠湾攻撃の日…。 ここまでは誰でも思いつくだろうが、現代の日本を考えるうえで、もう一つ忘れてはならない日である。

ナントカの日とか、××記念日とかいう言い方はされない、屈辱の日、売国の日。 今に続く政治の虚妄、戦後の日本人の卑屈さ、情けなさを象徴する出来事が、この日あった。


1964(昭和39) 年12月7日、航空自衛隊の入間基地で勲一等旭日大綬章がある人物に授与された。

勲一等を受けたのはカーチス・エマーソン・ルメイというアメリカの軍人。 米国空軍の大将である。 功績は“航空自衛隊の育成に協力があった” ということらしい。 


航空戦力は破壊の効率性に優れ、防衛よりも奇襲や報復に向いている。 

それを平和憲法下の日本、専守防衛を至上課題とする日本で“育成” する。
 
一筋縄ではいかない難題である。  独創的な思想と戦略、それを紡ぎだすことのできる天才的な頭脳が求められる。

 

はたして、ルメイなる人物には「専守防衛」 という難題に取り組める能力があったのだろうか。 戦中の日本の状況をいささかでも知っている者は、暗澹たる思いにならざるを得ない。

実は、太平洋戦争中からルメイ少将(当時) は日本でも知られていた。 マッカーサーほどではないが、知名度は抜群。 

「鬼畜ルメイ」「皆殺しルメイ」 と呼ばれていた敵国の軍人と同一人物である。 

一夜にして十万人以上の命が奪われた3.10東京空襲を指揮し、終戦間際の原爆投下を断行し、数十万の非戦闘員を虐殺した。 


ルメイは猛訓練と果敢かつ常識はずれの戦術で爆撃精度をあげた。 これが評価され、米空軍内では破格の出世をする。 

空襲、米側からいえば日本列島の都市爆撃、でも持ち前の爆撃精度の高さで「戦果」 をあげた。 8,500~9,500㍍の高度でB29の乗員の安全を確保しながら軍事目標を爆撃する従来の戦術をルメイは変更した。 1,500~3,000㍍まで高度を下げて精度の高い爆撃に挑む。

目標は軍事施設ではなく無差別。 

爆撃精度の高さは無辜の市民の虐殺に最大限の効果をもたらすことになった。 東京大空襲では一通りの爆撃がなされたあと避難する市民の退路を断つために風下に油がまかれた…という証言がある。

まさに「皆殺しルメイ」。


この人物を戦後19年、航空自衛隊創設10周年にあたり、日本政府は顕彰した。 当時の佐藤栄作首相は、大国の民たるものはいつまでも過去にとらわれず「今後の関係、功績を考えて処置していくべき」 と語ったとか。

嗜虐もここに極まれり、すさまじい倒錯である。 


沖縄をいけにえにしてアメリカへの隷属状態を固定化し、ウソ瞞着を糊塗して騙し取ったノーベル平和賞を返還しない元首相の甥っ子がいま日本の首相をしている。 

羞恥心、知性、とりわけ歴史観は乳幼児以下、大伯父も真っ青になりそうな蛮勇をふるって売国に余念がない。


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