じじらぎ

  

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行きはよいよい、帰りは酔い酔い

22-1012(1024x676).jpg     1012時、パパラギ食堂から。 きょうも波が高い。 風は北、いちだんと冷たい。

村営船「フェリーとしま」 は20日月曜日出航の予定が、2日遅れてきょう出港する。 

遅らせても凪になるわけではない。 下りは追い風、上りは向かい風。 


そろそろ薬が切れるので鹿児島詣でをしなければならない。  このところの天気では、時化で船足は遅くなり、船酔いに悩まされる時間も時間も長くなる。 弱り目に祟り目。

二重苦からのがれるために、いったん名瀬に下り、名瀬からは8,000㌧クラスの大型フェリーで上る手がある。 明日の天気予報をみてどうするか決める。 
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今月のあれこれ

日の出半分 (1) 日の出水面 (1)

光の幕 (1) 日の出半分 (2)      書き込みをサボるだけサボった。 ここで詫びるのは却って横着というものだろう。  

政治屋さんと違って人気などどうでもいい、ただのクソ爺ぃ。 土下座や倍返しなどというのは性に合わないから、偏屈の本性をむき出しにして居なおる。


とにかく生きている。 何が悪い!


年頭に宣言した一年の計は来年の元日まで生き延びることであった。 これには、いちおう努力している。 



どんな風の努力かと言えば、一日一回はパパラギの門を出て自力歩行する。 それだけ。

そのさい、転ばぬ先の杖をつく。 


原則として毎月一回、鹿児島の医院に詣で、2つの病院で効く薬・効かない薬をもらう。 たくさんの薬と一緒に医者ドンからいただく貴重なアドバイスは3つだけ。 


なまけずに運動をしなさい。 無理をしてはいけません。 そして、転ぶな!


頑張れと言っているのか、頑張るなと言っているのか分からない。 転ぶのがいけないことは複数の博士さま方に
くどくどと言われなくてもよくわかっている。 患者の立場では、貴重なアドバイス3つは安くもない診察料に引き合わない。



絶対に転ばない方法は一つ。 

立ち上がらないこと。 一日中横になっていれば転ぶこともない。 寝たきりになる時期をできるだけ先に延ばすために病院通いをするのに、これではなんにもならない。 

否も応もない。 大げさな言い方をすれば命がけで自力歩行を敢行する。


6年前に整形外科の医者ドンから頂戴した病名は、後縦靭帯骨化症。 筋肉と骨をつなぐ組織が石灰化していく病気で今のところ治療の決め手が見つからない。 転べば脊柱が壊れる心配がある。 珊瑚礁と石灰岩を削って開いた道を石灰化していく人間が歩く。 周りの成分と似た動物が必死に直立歩行する。

杖は離せない。 

が、杖がないと歩けないということではない。 気分のいい日は杖を振り回しながら歩く。 足腰がなえていくのはやむを得ないとして、せめて上腕だけでも鍛えたい。 事情を知らない人が見たら、不満を抱えた老人が風景を威嚇し、元気を誇示しながら踏ん張って歩いている図のように思うかもしれない。


先日、鹿児島市にある村役場から封書がとどいた。 年男、年女の今年の抱負を広報誌で紹介するから、顔写真を添えてすぐに送れ…という。 転ばないこと、生き延びること…そんな間の抜けた抱負を披歴しても皆さんの励みにはならないから返事は出さない。
 



写真説明の前置きが長くなった。 上2枚は1月の日の出、20秒ほどの時間差があるが、同じ日。 色は操作していない。 実際の空の色はこの2枚の写真の中間ぐらいというところか。

下2枚は別の日。 4枚ともパパラギの食堂から。 転ばぬ備えをしないまま室内からいい加減に撮る。
 





虹    1月は虹の月。 と思っているが、今年は天気が悪すぎるのと、あまり外を歩かなかったせいで虹を確認したのは1件だけ。


トカラノジギク (1)     旧暦11月17日、霜月祭りのころから沿道のあちこちでひっそり咲いているノジギク。 亜種でサツマノジギクであろうと思っていたが、それとも違うトカラノジギクと教えてくれた人がいた。 トカラ列島の固有種ということになる。 詳しい話はまだ聞いていない。




工事船     接岸港では建設会社の作業船が砂を降ろしていた。 砂は生コンクリート用のいわゆる骨材。

東側の堤防、通称「東防」 にも村営船「フェリーとしま」(1,390㌧) を接岸させたい…というので工事をしている。 いつごろから接岸できるようになるのか、本当にそのつもりで工事しているのか、特段の説明はないので分からない。  

元日

IMG_2701.jpg   2014年元日の日の出。 0732時、パパラギの食堂から。

水平線から出る日の出の時刻は0716時のはずだった。 水際には雲の層があって、お日さまが顔を出すのに手間がかかった。 それでも、待った甲斐のあるきれいな日の出だった。



きょうは元日、 年男の年の始まりの日。

とは言いながら特段の「計」 は思いつかない。  思いつかないまま、権現さまにお参りして湯泊の露天風呂に浸かる。  


あ! そうそう。 朝一番の雑煮、おいしうございました。  円谷選手の遺書みたいだけど、ほんとうにおいしうございました!



庭のパパイヤに水をやったあと、正月でない日もやっている昼酒、昼寝。  具合のいい時分に覚醒してニューイヤーコンサートの放映時間に間に合った。

ことしの指揮は敬愛してやまぬダニエル・バレンボイム。 付き合いがないから、もったいないながらも呼び捨てにする。


コンサートは存分に楽しんだ。 ラストのラデツキー行進曲では、指揮者が指揮台から離れて演奏者の肩をたたき、手を握って回る。 

客席からは絶妙の間合いでいつもの手拍子、それが割れるような喝采に変わる。 音楽を謹聴するのでなく欣聴して騒ぐウイーンの正月…。



考えてみるとニューイヤーコンサートはローカルの正月行事であった。 世界70カ国に中継されるようになってもローカルのお祭り騒ぎであることに変わりはない。


来年はズービン・メータが指揮するという。 50余年前から、バレンボイムとともに親しんできた人。 まだ学生で、唯一の財産であった手製の真空管ラジオにかじりついて聴いた。  

ズービン・メータは2011年の大震災からまもない4月10日に追悼演奏会を開き、G線上のアリア、ベートーベンの第九を指揮した。 テレビ録画を島で聴いて不覚にも泣いた。 年とって涙腺がゆるくなったせいではなかった、と思っている。  


……余計なおしゃべりをした。 話は「計」 のことであった。 

来年、ズービン・メータが振るのが生中継されるのなら、それまでは生きていて見届けなければならない。 

いざ、生きめやも……。

来年になれば、あと何年か頑張って3度目のウィーンのバレンボイムを見たいと言い出すかもしれない。 



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