じじらぎ

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宿屋の三助

島に戻って4日目になる。以前のとおり、空と海の景色をながめて、刻々と時が刻まれるのを見届ける。読まなければならない資料もあるが、この方は一向にはかどらない。

強いて言えば、日々の業務はつれ合いのサン(柴犬の雑種の老犬) との散歩と、近くの露天温泉で腰をあたためること。あと宿の手伝い。

手伝いと言っても、気が向いたときしか動かない。運転はあまり腰に響かないので、女将が忙しいときは港まで客を送迎する。主目的は港の見物。

宿の補修にも手を出すようになった。倉庫を探検すると十数年放ってある大工道具の類がいろいろ出てくる。見ているうちに使ってみたくなる。建物は存分傷んでいるから、道具を振リ回しはじめたら際限がない。

ほかの客は変な爺ぃをどのような立場の人間かはかりかねている。自分でも分からないのだから、知らない人が混乱しても当然であろう。

初めのころは「客兼三助見習い」 と自称していた。しかし、気まぐれな三助である。身を粉にして働くという心がけなぞない。見習いとしてもよほど出来が悪い。

客の荷物は持ちたくても持てない。逆に客が三助の荷物を運んでくれることもある。見どころのある若い客には、お説教を垂れたりする。三助にしては、どこか威張ったところがあるのかもしれない。

しばらくして女将から「三助と言うのはやめなさい」 と注意された。自分では気づかなかったが、客のなかには自分より身分、立場が下とみると見下す習性を、旅に出ても捨てきれない類の人間がいるらしい。

その手の人間が、トカラ列島のなかでもいちばん辺鄙で不自由な小宝島まで、なにを好き好んで旅をするんだろうか…。 しかし、思いなおせば、そんなことで頭を悩ますのは、年相応の苦労をしてこなかった爺ぃの限界。人間にもいろいろあるという当たり前のことを時々忘れる。

女将にも限界がある。身近な知人、および知人の知人の類から何度も煮え湯を飲まされた。それでも懲りない気配。それでいて、客の人品骨柄を見極める目だけは厳しく確かである。一視同仁。社会的な地位や名声などには惑わされない。

自然と身に着いた職業的な知恵かと思うと、それだけでは説明できないところがある。そこまで考えて、民宿は旅館・ホテルとは本質的に違うのではないか…という疑問に突き当たった。

この先は、またも理屈っぽいおしゃべりをくどくどと語ることになる。続きは次回以降。 
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