じじらぎ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

聖俗の境

DSC02533 (1024x631)      例によって小宝島の暦。 実は、第2版。 

迷惑メールを拒否しない心やすい人たちには第1版、というより原案のようなものを1日に送った。  いつものことながら修正、加筆がある。

まず、写真説明に間違いがあった。 ガジュマルの幹にしつらえられた竹組の祭壇は2年前の9月に撮影したものだが、お盆行事が新暦9月にまたがることをすっかり忘れて、彼岸の祭礼と勘違いした。  



台風で閉じ込められている間、島の古い家ではお盆の祭礼が静かに守られていた。 台風が去って、月が変わって1日は、旧暦7月15日でお盆も最後の日、お備えを下げる“棚おろし” の日だった。

この日、墓に参って島を去っていくご先祖の霊に別れの祈りをささげる。 夜になるとご先祖さまの霊は隊列を組んで浜に降り、海に向かう。
 

心の正しい人はそれが見えるといわれる。 私には見えない。 万が一見えたらただ事ではない。 家にこもって独りで祭る(焼酎をのむ) のに専念する。



翌日は“浜降れ”  ご先祖が海に戻ったあとに浜辺に出て月を見ながらささやかな宴を張る。


台風で延び延びになった子供会の主催の夏休みのこども大会もこの日にずれ込んだ。 2日までは学校の休みが続いている。 “精進落とし” を兼ねて間の良いことではないか…。

……と思っていたら、よそ者ながら20歳代から島で暮らしてきた女将に叱られた。 “浜降れ” は仏教儀礼の精進落としとは違うのだという。 

“晴れ” の時が終わり、普段の“褻(け) ” の時に移る。 時の流れの聖俗の境目。 刃物絶ちをしていて、肉魚の類をひかえたささやかな宴だったらしい。 昔なら、浜降れの日に肉をあぶる煙があがるなどという事態は考えられない…とか。


肉はあぶらないと食えないから、やかましことを言われても困るのだが、控えるという心持ちも分かる。 昔の島びとはこんなとき、どんなふうにして折り合いをつけてきたのだろうか?

聖と俗がせめぎ合うとき、聖の部分をあいまいにして俗の領分を増やしていく、それが時代に適合していく知恵なのかもしれない。 しかし、古来の心持ちが忘れられていく一方なのも落ち着かない気分である。




私自身は島暮らしが長いせいか、だんだんと神がかりになってきている。 さいきんは聖俗のけじめだけでなく“穢れ” の態様が気になっている。 

このへんのところはかなり保守的である。 風景の変造はもちろん、時への人為的な介入も“穢れ” の一種ではないかと考えたりする。 

夏は暑い。 クーラーも扇風機もないころの人は、どうしてしのいできたんだろうかと考える。  

しかし、頑迷固陋(ころう) なのは頭のなか、想念・妄想の領域のところだけのこと。 古来の暮しぶりを守るには体力と気力が要る。 実際にはクーラーも使う、扇風機も回す。

ただ、小宝島東北部の夏は都市熱のある鹿児島市街よりもしのぎやすいことに気づくことが出来たのは固陋さのおかげかもしれない。


足の遅い台風に耐える日々が続き、待つことの意味を何度も考えさせられた。 答えは見つからない。

穢れを祓う方法はもちろん、穢れと折り合いをつける知恵も見つからない。 


徘徊にくたびれて道端に座り込み、傍らのサン婆に聞いてみる。 もとより声はない。 ただ、波の音が渡り、浜風が通るにおいがするだけ。











 

 
関連記事
COMMENT
COMMENT FORM
NAME
TITLE
MAIL
URL
COMMENT
PASS 管理者にだけ表示
TRACKBACK
TB URL : http://jijiragi.blog105.fc2.com/tb.php/1009-df9d22d9
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。