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少年Yのこと

06-0611 (1024x768)    6日06:16湯泊から。 以下場所は同じ。  

3052sep7_20120912030551.jpg    7日05:57。

3082sep8.jpg     8日06:32。

3092sep9 (1024x767)     9日06:08。 以上、日の出、あるいは日の出を拝めなかった日の東の空の定点撮影、9日まで。 




DSCF3034 (800x600)   ついでに、4日ごろパパラギの前の道路沿いで蕾がはじけ9日まで咲いていたアマリリス。 

アマリリスは沿道に10数株植えられている。 連日の暴風で季節の感覚がおかしくなったのか1株が狂い咲きした。 本来は5月の花。




この道は山海留学の児童生徒5人が通っていた。 今は3人。 

中学1年と中学3年の男の子は2学期からいなくなった。


私ごとを申せば、若いころ教師になることを考えていて土壇場で踏みとどまった。 

ひょっとしたら自分は子どもを好きではないのでないか…という思いにとらわれてしまったためである。 子どもが嫌いな先生なぞ、あってはならない。

自身を振り返ると、素直でない子どもだった。 小学3,4年ぐらいになると大人のアラ、嘘や卑劣さが目につくようになった。 

素直でない、というよりいやらしいガキである。 中学生になると周りには自分のようなタチの悪いガキがゴロゴロいることに気づいた。 

教師になるということは、かつての自分のような可愛いげのない悪ガキどもと毎日顔を突き合わせることにほかならない。 悪ガキのなれの果てに務まるはずがない。



長い間そう思ってきたが、島に来て大発見をした。 意外や意外、自分は決して子ども嫌いではなかった! 

子どもというものは、どんな子どもでもそれなりに可愛い。 他人の子は、他人の子だからこそなおさら可愛い。 


なぜ、そうなるのか…、これが良いことか、悪いことか…という詮索は今はしない。 


とにかく、島に山海留学でやって来た2人の中学生と付き合うようになった。 

というより偏屈な爺ぃが相手にしてもらえるようになった。 有り難いことである。



今は2人ともいない。

中学3年の方は1学期だけの滞在だったが、思いつくことがあったらしく親元に帰った。 何やかんや言っても親と一緒に暮らすのがいちばん。 他人の分際で、徒然なか…とは言うまい。


この少年は縁あって同じ屋根の下に暮らした。 爺の小言を良く聴いてくれた。 たばこを吸わないのにやたら煙たい爺ぃにたいして、あからさまに嫌煙権を行使することはなかった。 

孫ほどの歳の差があった。 育った時代と環境も違ったが、卑怯と嘘を排する…という志において同士であった。



もうひとりの中学1年の子は隣の村営住宅に住んでいた。 知識欲が旺盛で人の話を目を輝かせて聴いた。 

この子は2学期から宝島の本校に転校した。

 
分校から本校への簡単な平行移動…。 それで済むのかと思っていたら話が難しくなった。 この子を小宝島の分校にひきとめようとする動きが出てきて、署名運動まで行われた。  


署名しなかったのは里親とその連れ合い、隣に住むパパラギの女将、それに私の4人だけという。  

実は、この少年と向き合ってきた里親が宝島にあたらしい里親を見つけ、実母と何度も話し合いを重ねてきた経過を隣人の立場で見聞きしている。 実母と小宝の里親以上に、少年の将来について真剣に考えた者が他にいるとは考えられなかった。 

その結果が偏屈頑迷(!?)な少数派。

 


少年が島を出ると分校教員の定員減と、教員構成の再編成が必要になり、現場には多少のあおりが予想される。 それを最小限に抑えるのは教育行政の仕事。 現場の管理者だけでなく村教委、県教委のしかるべき立場の人のウデの見せどころで、いささかでも手抜きする風が見えたら黙っていてはいけない。

…などと暢気に構えていたら、話は妙にこじれてしまった。  
 

あろうことか、赤子の手を両方から引っ張り合うような、まがまがしい状況が島で現実になった。 

「大岡裁き」 なら、泣き叫ぶ子の声に耐えきれず先に手を離した方を子のためを思う本物の親と認めて、万々歳ということになる。  

しかし、なぜか今回は、教育関係者も含めて誰ひとり、越前守の役を引き受ける者はいなかった。 

それはいいとしても、常識では考えられない展開になった。 村の教育公務員のトップである教育長、管理職をはじめ、現場の教師までが、片方の手を力任せに引っ張る側に荷担した。

教室がなくなり、教員数が減る事態は避けたい。 しかし、それは、実の親と里親の意思を捻じ曲げる大義名分にはなり得ない。 こんな自明のことが無視されたまま、個人の願いにかかわる高度の私的情報が乱暴に要約され、分校の子どもまで巻き込んで署名捺印させる始末になった。 


私の人権感覚では尋常を欠く、いみじき振る舞いである。 

結果的にはなるようになった。 Yは実母、里親の希望通り、宝島に移った。 少年本人は、問いかける大人によっては小宝に残りたい…と言ったらしい。 

これを無定見と責めるわけにいかない。 大人たちの意に添って子どもの気持ちが一時的にブレただけのことで、定見も見識もないのはむしろ大人の方だろう。 


とにかく、済んでしまったこと。 伏せておくべきかどうか迷った。  

島の恥は内部に閉じ込めて忘却を待つのが穏当穏便である。 しかし、解決の手立てを時間に任せていいほどの基本的な“自然浄化力” が今の島にあるんだろうか、とも考える。 万が一失われているとすれば、この先はどうなるんだろうか? 

その後に、反省の声がどこからも聞かれないのも奇異である。 

教育界の体質に問題があることは以前から聞いていた。 しかし、不自然な傾き方をした際の復元力さえなくなってしまったのではないか?  この喪失の自覚がなくなったとするならば、同じようなことがまた起きる。 1件を揉み消して何もなかったことにして忘れ去ることこそ不穏当、かつ無責任なことではないのか?

猛省を促すなどというつもりはない。 自身が現場に居合わせながら非力であった。 このことへの自戒を含めて、最小限の記録は残しておいた方がいいと考えて、余計なおしゃべりをした。



少年はいったん福岡県の実家に戻ったあと、4日の下り船で宝島に向かった。 小宝島からは今までの里親が付き添った。

少年がこの日の船に乗っていることを分校の子どもたちが知らされていたかどうかは、確認していない。 
  
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