じじらぎ

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嘘と勲章

DSC03361.jpg   1806時、NHK総合テレビの画面。 

19時20分に注意報、警報はすべて解除されました…というアナウンスがあるまで、ことさらに切迫した上ずった声で大仰な報道が報道が続けられた。
 

日本の國営テレビは3.11体験を忘れて、相変わらず白痴的報道をしつこく繰り返している。

思わず怒声を発した。 

かたわらで見ていた宿の女将はテレビの電源を切ってしまった。 血圧が上がって脳の血管が破裂するのを心配したのである。


12.7に3.11の後始末ができないまま、3.11の検証も反省もないことを暴露した“おおかみ少年” 報道。 真の抜けたニュースを延々と流して、その異常さに気づかかないほどNHKはたるみ切ってしまった。 

きょうの津波と3.11は規模が違う。 

3.11のすさまじさが身に染みていないからカラ騒ぎする。 そんな暇があるなら、被災地に行って復興の手伝いでもした方がましだ。





……津波報道で茶々がはいるまで、頭にあったのは12.7であった。

真珠湾攻撃と勲章。


12月7日…。 たいていの人は真珠湾攻撃を思い出すにちがいない。 

国民の多くは戦勝気分に酔った。 



内乱のほかに自国が戦場になった歴史のない米国民にとっては屈辱の日だった。 

リメンバー・パールハーバー!

真珠湾を忘れるな…。 四谷怪談のセリフなら「恨みはらさでおくべきか」 ということ。 いまでもアメリカ人は何事かあると、この句を繰り返す。



肉食人種の毛唐はしつこくて過去の恨みをいつまでも忘れない…という人がいる。 

もしそうならば、優れた資質でもある。 過去にあったこと、つまり歴史に関心がある民は未来を展望するときも現実的、建設的な考え方ができる。

恨みや悔いにも効用がある。

過去の間違いをなかったことにすることで愛国者をこしらえることができる…とまともに考えている人たちがいるらしい。 そんな手合いが「自虐史観を排する本物の歴史家」 を自称しても、真に受けない方がいい。 

人類の歴史は過失、しくじりの積み重ねだった。 過ちは歴史の、いわば主成分。 それを意図的に除去した歴史は真実とほど遠い。 カビの生えた脱脂粉乳ほどの値打もない。



脱線した。

話は「リメンバー」 のことだった。 

戦前戦中の日本は言論を統制したが、米国は世論を操作した。 


フランクリン・ルーズベルト大統領は、第一次大戦後の国民の厭戦気分を一掃するための画策を広告会社に依頼したといわれる。 なるほど、同じ句を繰り返すのは広告宣伝の手口である。 

リメンバー・パールハーバーのリメンバーは過去の歴史で繰り返されてきた。 リメンバー(恨みはらさでおくべきか) は米国民の意識の深層に埋め込まれた反復句だった。


前座に相当するのがアラモ、二つ目がザ・メイン、真打登場がパールハーバー。

「リメンバー・アラモ」 は1836年、アラモ砦の争奪戦で少数の志願兵がメキシコ共和国軍に全滅させられたときに叫ばれた。 これにより、テキサス奪取の野望が国民の悲願として正当化されることになった。

「リメンバー・ザ・メイン」 は1898年。 ハバナ港内にいた米国の軍艦メイン号が爆発沈没したとき、スペインの策謀が喧伝され、 仮想敵国が一挙に真正の敵国に昇格された。

米西戦争は、アメリカの圧倒的な勝利に終わり、キューバ、プエルトリコなどのカリブ海諸国、それにフィリピンまで米国の配下に組み入れられた。 メイン号の沈没が米国の謀略だったことは、現在では米西両国の歴史家の定説。 
盧溝橋のようなあくどいことを、モンロー主義を表看板にした米国もやっていた。


いまの米国民一般は、リメンバーの惹句としての歴史を知らない人がほとんどに違いない。 日本人も同じ。 

排外思想や、差別意識が意図的に作られたものだということを意識している国民は、どの国でも少数だろう。 

なかでもアメリカ人は厄介で、アメリカ以外に国はないくらいに思っている人が多い。 戦争に負けたことのない国の国民は、自分の国が間違いやしくじりをしたことを認めたがらない。



難物の米国民を勲章ひとつでたぶらかそうとする愚行が行われたことがある。 日付は東京オリンッピックがあった1964年の12月7日。 真珠湾攻撃の日である。


戦時中は人殺し、あるいは鬼畜と呼んでいた米空軍の将軍に勲章を贈ったのである。 これで真珠湾を忘れてもらって、恨みみっこなしにしよう…と考えたのかどうか?

人によって、いろんな考え方があるが、私は真珠湾攻撃と無辜の民の無差別殺人とを同列にしない。 人殺し将軍に勲章を贈るような手合いは「売国奴」 と呼ぶ。


勲一等旭日大綬章。 

勲一等は天皇が手ずから授ける神授のしきたりだが、昭和天皇は拒否され、授与式は航空自衛隊の入間基地で浦茂航空幕僚長の立会いの下で行われたという。 

推薦人は小泉純也防衛庁長官ら。 承認した首相は、沖縄密約を隠してノーベル平和賞を授与された佐藤栄作だった。 真珠湾攻撃の際の航空参謀・源田実上院議員が画策したともいわれる。

12.7は日本にとっても屈辱の日となった。 


米国民一般は勲章のことを知らない。 知っていても“恨みっこなし” を認めるはずはない。 相変わらず日本のことで何か気に障ることがあると「パールハーバー」 を繰り返す。


【勲一等】12月7日は屈辱の日だけでなく、叙勲をはじめとする名誉付与行為の多くが虚妄であることを世にさらした日としても明記したい。

勲一等といえば、大新聞の大社長を思い出す。 日本を征服した戦勝国におもむいて「日本を不沈空母にします」 と発してご機嫌とりをした元首相もしきりにほしがったという。

勲一等は真珠と同じ。 筋をとおさない愚かな国は、豚に投げ与える。  



【カーティス・ルメイ】この軍人については前にも書いたので繰り返さなかった。 ウィキペディア辞書に詳しい。 ベトナム空爆では、ベトナムを旧石器時代に戻してやる…と豪語したとか。 


【句の反復】同じ句を反復発展させる手法は、明治時代の日本人がすでに用いている。 川内市向田町出身の岩谷松平。

自称「東洋煙草大王」「護国大明神岩谷天狗」「国益の親玉」。 銀座3丁目で煙草の店を構えた薩摩屋は店頭に「勿驚(おどろくなかれ) 税金八万円」 という大看板を掲げた。

「税金八万円」 の看板はすぐに「勿驚 税金タッタ十万円」 に書き換えられた。 のち「勿驚 税金タッタ二十万円」「勿驚 税金タッタ五十万円」。 明治30年(1887年) ごろには「勿驚 税金二百万円 慈善職工十万人」にまで発展したという。


明治新政府は富国強兵、殖産興業の実をあげるために国民に「血税」 を課した。 凶作で税金を払えない貧農は娘を売りに出した時代。

そんな時代に民間企業が多額の納税をするのは珍しいことだった。 明治政府は官営で産業をおこし、目途がついたら民間に下げ渡した。 煙草では逆の措置をとり、利幅が大きいとなると国が召し上げて専売にした。 
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