じじらぎ

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帰農

帰農というのは、自分のことではない。宿の女将のこと。

農家に生まれたという。両親は小作から出発して田畑をひらき、売りに出された農地があると聞けば無理をして買った。田畑はだんだんと広がり、高校まで農作業を手伝っていた娘に「進学しなさい」…と言えるまでになった。ほどなく、そろって若死にした。

女将は民宿を再開しても、親から継いだ血が騒ぎだすらしい。藪をみるとドキドキする。島の人に頼んでビッシリ生えていた竹を機械で掘り起こしてもらい、2坪しかなかった菜園を広げていった。まだまだ狭い。狭いところに思いつくままに色々な苗や種子を取り寄せ、野菜、果樹、ハーブ、花などを植えまくっている。

民宿は農業や漁業をやっている人が副業で始めるということは聞いていた。ここでは様子が違う。民宿を始めながら、手探りの農業の方に身を入れている。話が逆である。

帰農は、民宿再開と同じ時期。まだ1年たたない。農作業を手伝ったといっても、手伝いは手伝いだけのこと、作物のことを知っているわけではない。それなのに、なぜか青々とした野菜が競うようにして育つ。

ピーマンはまだ、実をつけている。客が来ても食べ切れない。ミズナ、春菊、ブロッコリーの勢いも尋常ではない。収穫が追いつかず小松菜は芯が伸びて「大松菜」になってしまった。ナスやオクラは盛りこそ過ぎたが、放っておけば木になりそうな勢い。

化学肥料は一切使わない。有機農業に挑戦…などという殊勝な心掛けはない。化学肥料は使い方が分からない。その前に、お金がかかるのが嫌である。それで、何故に作物がよくできるのか? 毎日、目をかけているせいであろうか…と、考えていたが、それだけでは説明できない。
 
きょう、これに一つの答えを示す情報が本土にいる親族からもたらされた。開墾して1年目は作物の出来がいいのだという。女将はとたんにむずかしい顔になって、来年のための堆肥の思案にふけっている。

私の方は、別のことを考え始めた。トカラ一帯は古くは焼き畑地帯といわれ、イモ類を主とした貧しい食事をしていたという印象があった。しかし、昔の人の食生活は結構豊かだったのではないか? 今がいちばんと思いこむことはないのかもしれない。



∇…233 女将(写真左上端) が民宿を紹介するつもりで始めたブログは、裏の菜園の作物についての記述が多い。親族は民宿ブログではなく「百姓ブログ」と言っている。いつの間にか野菜づくりの方が本業になった観がある。以下は菜園の2月2日現在の作物、およびハーブ・雑草。

∇…コネギ コネギ  ∇…210 深ネギ  ∇…209 キャベツ  ∇…208ブロッコリー 

∇…223 ホウレン草  ∇…219 大根  ∇…204 ミズナ  ∇…205 ピーマン 
 
∇…222 唐辛子 ∇…213 パプリカ  ∇…217 ナス  ∇…218 時計草  

∇…212 パパイヤ  ∇…226 ユズ  ∇…236 聖護院  ∇…243 ローズマリー

  
∇…225 バジル  ∇…ジャーマン・カモミール ジャーマン・カモミール  ∇…241 イタリアン・パセリとニラ

∇…244 レモン・グラス


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