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2月の祭り

港から平坦な道を7,8分歩いて集落の入り口にかかるところに小宝神社がある。ここで5日午前9時から祭りがあるという。

何の祭りか聞いてみると「2月のまつり」。月例の儀礼ではなく、向こう1年の家内安全、家族の健康を祈るらしい。とすれば、位置づけは今では作らなくなった麦の祭りや稲の祭りよりもずっと重要である。とにかく、行ってみることにした。

島の人は仕事を休んでまでは列席しなくなっていた。分校の先生7人と児童生徒7人は授業中だから出てこない。島のしきたりを大事にすべき立場と本人も思っている4人の男手のほかは、お婆さんたちと女、幼児、それに島に長逗留しているよそ者が自分を含めて2人。合わせて14人。

祝詞(のりと) 奏上はなく、合祀されている10の神さまに決められた順番にしたがって2拍2礼。神前には精米された生米と白い米の粉をそのまま団子状にしたものを備えてあるだけ。

祭りに出られない人にも不都合がないような工夫があった。礼拝が終わったあとに、各自に健康を祈るべき一族の人数を申告する。ひとりで20人を超す人数になる人もいて、合わせると結構な数になる。3000を基数に合計を割る伝承の計算法にしたがい、ことしは10という数字がはじき出された。

10というのは社殿の前の小さな広場を列をつくって歩く数である。「人が少なくなったなぁ、10周で済むのか」という声も。「回れますか」と気遣ってくれる人もいたが、10周なら無理はない。最後尾についてヨタヨタと歩いた。

あとは、小さなグラスに焼酎を注いで形だけのなおらい。それだけのことだが、みんなひと仕事終えたような顔をして帰路についた。

島の宗教儀礼については、いずれキチンと聞いておきたいと思うことがある。が、今のところは腰の養生と海と空の景色を眺めるのに忙しくて手が回らない。気が乗らないということもある。

とにかく、丸い珊瑚礁の島の全方位、あちこちに神々が鎮座していて、島の人はそれに付かず離れず、いささか曖昧な気分のままつき合っている。心の内までは分からない。信仰があついわけでもないのに、特定の社殿や祠に近づくと足がすくむ…という人もいる。

神役にあたるお爺さんは鹿児島市に長期入院中である。当座は、息子さんが代役をしている。祝詞もあるのだが、まだキチンと教わっていないらしい。小宝島独自のもので他の島の祝詞は参考にならない。

別個に女祝詞もあるという。お婆さんの一人が知っているはずだが、語るのはもちろん、人につたえることもしないという。なぜなのかは本人に直接聞いてみないと分からない。

写真機は持っていったが、シャッターを切らなかった。撮影しても咎めだてされることはないだろうが、気が進まない。半分くらいは島の人間になってしまったらしい。
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