じじらぎ

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未来をひらく小宝島

027 (1024x768)   0537時、湯泊。 いつもの日の出。 水平線のあたりには雲の層があって、お日さまが顔をのぞかせるのは少し遅くなる。 

この空模様もつかのま。 このあと天気は下り坂に向かった。


村営船「フェリー としま」の帰りの便は定時に出るかどうかはっきりしないという。 おかげで、きょうくる予定だった5人の団体客はキャンセルになった。 


この予約があったために、オカミは鹿児島市での診療日程を中途で切り上げてもどってきた。 5人分の食材もとりよせた。 

この予約で満室になったために、あとから舞い込んだ予約2件は宿の方から丁重にお断わりした。 1日だけでも満室になると、あとからの連泊の予約もお断りせざるを得ない。 

ドタキャンの被害は甚大である。

下世話な話ながら、キャンセル料はいただいたことがない。 小宝島でまともな商売をしようとすれば、看板を掲げるだけで赤字になる。 
 

誰が悪いというわけではない。 悪いのは天気。 なんといっても、こんな不自由な島で宿なんぞやるのが悪い。






小宝島は足の便の不自由さではおそらく日本の有人島で一番だろう。 おれたちの島の方がもっとひどいぞ!…というところがあれば名乗っていただきたい。 

もしあれば、共感と深甚の敬意をもって教えを乞いたい。 厳しい自然と崩壊したコミュニティのなかで、人としての品位と尊厳を失わないで生きる知恵をご教示願いたい。



愚痴をこぼせばきりがない。 

ただし、愚痴ばかり言っているわけではない。 


たまに来るお客さんには「日本の未来をひらく可能性に満ちた島」 という話をする。 語る本人は、身びいきの独断…とは思っていない。  

大真面目、本気である。 

相手が熱心に耳をかたむけるポーズができる人だと、焼酎を無理強いしながら延々としゃべりまくる。 

 


残念ながら、棺桶に片足突っ込んだ耄碌爺ぃの「大風呂敷」 は無為に広げられたまま。 いつ果てるともしれない爺のおしゃべりに進んでつき合ってくれる人はいない。 

たまたまつかまった不運な人に、もう寝たいという本心を隠すのに大変な苦労をさせながら、夜は更ける。

 


以下、焼酎抜き、シラフの白昼堂々の「大風呂敷」。 御用とお急ぎのない方、絶望して何ものにも価値をみとめなくなった方はどうぞ。
去年、村が発行したカレンダーの拍子に「なにもない豊かさ」 とあった。 

半分は当たっている。 あとの半分は大ウソ。 



縄文時代なら分からないことはない。 今の時代に、何もないのが豊か…だというのは詭弁、たちの悪い言葉遊びにすぎない。

たとえば地方自治。 自治体の役場は島になく鹿児島市からの遠隔操作。 そのために島にどれだけ豊かさがもたらされているというのか!? 


生活基盤のととのった県都で暮らす村役場の職員は財政の安定した町に匹敵する給与を得て豊かな暮らしかもしれない。 

「離島振興族」 の国会議員、県会議員らは港湾土木関係の企業から政治献金を受けているという。 談合で公取委から課徴金を課せられたうえに損害賠償の出費で困っているという企業からの施し。 それで、いくらか懐は豊かになるのかもしれないが、島が豊かになることと必ずしも連動しない。 

人をうらやんではいけない。 が、離島行政の抱えた矛盾、不公正が当たり前のこととみなされている現状があるなかで、島に何もないから豊か…などとは言ってもらいたくない。



また、愚痴になった。

言いたいのは、島に何もないと決めつけずに島に何があるのか真剣に考えてほしいということ。 


虚心に見直せば、ある。 

自然景観がある。 風と波がある。 光もある。 熱もある。


小宝島ではこのところすさまじい景観の破壊がなされたが、風と波は、古事記風の言い回しをすれば、ありてありてありあまるほどにある。 

これによるエネルギー自給の可能性については前にも述べた。


太陽光、太陽熱、地熱、風力、バイオ…電源はいろいろある。 水不足に悩んできた小さな島で小水力発電も立地できる可能性がある。

なかでも特筆されるのは潮力発電。 湯泊の磯から対岸の無人島・小島までの間1㌔ほどには黒潮の本流が流れている。

時速3㌔という。 


ならば、他の電源と組み合わせれば小宝島の電力は完全自給できると考えた。

それが大変な間違いだった。 うれしい誤算。


ものの本で調べたら、水のエネルギー密度は空気のそれのざっと千倍だった。 となれば、時速3㌔の水流は時速3000㌔の風力に相当するエネルギーをもつ。 

小宝島-小島の地形、距離はほかにない条件。 近いところに安定したエネルギー減がある。 これほど条件に恵まれたところは全国的、ひょっとしたら世界的にも稀かもしれない。



わずか1㌔の狭いところに安定した水の流れがある。 小宝島1島だけでなく、隣の宝島の電力までまかなって、さらに電力依存の産業を受け入れる余地がありそう。


小宝島の地形、気象条件に適した潮力発電の方式については改めて述べたい。

潮力発電の実現性についても後ほどおしゃべりしたいが、これはひとえに“やる気” の問題。
 


小宝島-小島間の黒潮の奔流を泳いで横断した人は、島の歴史はじまっていらい一人しか知らない。 20年前のこと、当時小学6年の男の子だった。


バックアップは漁船1隻だけ。 80歳でエベレストに登った人の場合は8人が山頂まで同行したらしいけれども、このとき一緒に泳いだ人はいない。 漁船の船主と少年の父親の2人が、サメの監視と激励のため船の上から見守っていただけ。 

平泳ぎでは黒潮を乗り切ることはできないので、クロールだけで泳ぎ切り、直線距離1㌔のところを大きく流されて2㌔以上泳いだという。


エベレストといっしょで、一銭の得にもならないこと。 はたで見ていて腹がふくれるわけでもない。 その後に小島水道の横断に挑戦した人がいるとは聞いたことがない。



やる気さえあれば子どもでもできた黒潮を横切る冒険。 黒潮で電気をつくることの意義は大きいが、泳ぐより大きな勇気が要るとは思わない。 

やろうと思えばできる。 命をとられる恐れはまずない。 

自然エネルギーの開発は島おこしのレベルの問題ではない。 原子力村のウソが次々にばれ、原発が人殺しを伴う犯罪的システムだということが明白になった今、十島村小宝島の実験は人類の存亡にもかかわる使命をおびる。 



















 
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