じじらぎ

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ウソ

2020年オリンピックの開催地が東京に決まった。 3兆円の経済効果とか。


NHKではオリンピックに出場した元選手らが感想を語りあっていた。 それぞれに期待するところがあるようで、喜ぶ声ばかり。

慶祝一色の繰り返し放送に飽きてテレビを消そうと立ち上がったところで、聞き捨てならない発言があり、我が耳を疑った。 

64年オリンピックを機に日本人は規律正しくなり、時間を守って懸命に働くようになった……という。
声の主は、どうやらスポーツ・ジャーナリストと称している男。 東京オリンピックの時はまだ生まれてもいない年格好である。


嘘をついてはいけない。



若い人がおのれの所信を臆さず披歴するのは良いことだ。 が、自分の目で見ていないことはキチンと確かめてから発言してほしい。 他人から聞いたことをウラをとらないまま、したり顔で声高に語ってはいけない。 

自称か他称か知らないが、「ジャーナリスト」という肩書きが、この手の思い上がりを免責すると思うのなら大変な間違いだ。 ジャーナリズムは事実に基づかないと成立しない。 ジャーナリストにはそれなりの、最低限の誠実さが求められる。 

64オリンピックのころ爺は22歳だった。 今では死語になったが、毎日勤めに出ながら時々学校に行く、いわゆる勤労学生だった。 

昭和30年代の朝晩のラッシュはよく知っている。 首都圏の通勤列車の乗車率は二百数十%で、栄養失調の貧弱な体は左右前後から押しあげられて列車の中で宙に浮くこともあった。

それでいて列車を待つ行列の割り込みも、暴動もなかった。


国民の大多数は正直で律儀だった。



「貧乏人は麦を食え」 と発した総理大臣も、その後は貧乏人やバカ正直な国民大多数をバカにする放言を控えて「所得倍増」 を打ち上げた。

そのころも政治家、官僚、財界人の不正は恒常化していたはずだが、うまく立ち回って自分だけ得をすることを隠さずテレビの画面で大きな顔をする光景は、あまりなかったような気がする。



確かにオリンピックのころから日本人は変わった。 良くなったのではない、その逆。 オリンピックのころまではまだまともで、律儀だった。 


念のため、オリンピックのおかげで変わった…というのではない、オリンピックのころから少しずつ変わってきた。


年寄りの懐古趣味かもしれない? しかし、言葉遣いさえも変わった。 無念の思いは抑えがたい。


主観を承知で申せば、チンピラ・ズベ公の仲間内でしか通用しなかった言い回しが、今様の言葉づかいとしてブラウン管に登場し、日本人の日常語として扱われるようになった。 

その代わり商家の手代、番頭あたりが普段に使っていた折り目正しい言葉づかいや、八つぁん・クマさんに代表される乱暴ながらも正直で力のあるベランメー調、行商人や香具師の歯切れのいい口上は聞かれなくなった。


オリンピックのころまではラジオで落語をよく流していて、日本語の豊かさを偲ぶことができた。 テレビが普及すると落語家が落語を語るのが珍しくなった。 

その代わり、バラエティ番組でバカ騒ぎなどして、道に外れた卑しい稼ぎで知名士になることを恥じない。 それが当たり前になって、幇間芸にも品格が求められることが忘れられた。 


オリンピックが悪いわけではない。 このころから古いもの、得にならないものはボロ雑巾のように捨てる方が利口でかっこいい時代になった。 


所得が倍増して貧しくなった。 正直者がバカにされる時代になった。






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