じじらぎ

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日本人の顔

テレビはわりと見ている。体に悪いということは分かっているけれども、中毒が治りきっていない。ニュースの時間になると誘惑に負けて電源を入れてしまう。

やっぱり恐れていた通りにしかならない。麻薬と違ってテレビは心を解き放つ幻想も幻覚も与えてくれない。 結末はいつも幻滅。見たあとで後悔する。腹が立つ、血圧が上がる。 

…血圧が上がるのは血圧計で測らなくても分かる。まず顔が紅潮する。これは誰が見ても分かる外見上の変化だが、本人の実感はより深い。心臓や脳の硬くなった血管の悲鳴が聞こえてくるような気になる。

念のため、悲惨で理不尽な紛争や戦争、陰惨な事件を繰り返し見せることに怒るのではない。逆に見せないこと、中途半端な見せ方をすることに腹が立つ。

いよいよキチンとした話が始まるであろう…と期待を持たせたところで話は終わる。ニュース報道が見世物(ショー ) の様相を帯びる趨勢は抗しがたいところもあるのだろうが、これでは子供騙しの昔の紙芝居と変わるところがない。

それにしても、画面に出る人の顔が下品になった。妙に上品そうなのも気色が悪いから、下品で構うことはないが、なんとも面白味がなくなった。

昔は悪党は悪党らしい顔つきをしていた。かつての三木武吉や大野伴睦の悪党ヅラは鑑賞に耐えるものだった。いずれも戦時中の翼賛選挙に非推薦で立候補した生粋の党人。

三木は「誠心誠意嘘をつく自民党を生んだ男」と言われた。大野は岐阜羽島駅をつくらせて駅前の銅像になった。田中角栄よりも筋目正しい利益誘導政治の本元。

私に言わせてもらえれば、彼らに比べ吉田茂や鳩山一郎、さらに小泉某、小沢某、佐藤某などは一回りも二周りも小さい、ただのハッタリ屋。小物の孫の世代が今の政治家である。

親がかりならぬ“爺がかり”。「親の七光り」の二乗倍のボンボンだから、人並みの苦労をしていない。そのぶんだけおっとりした、平和そうな顔なのかと思うと大違い。小悪党が二代を経てもっとケチになり、貧弱な小ずるい人相になった。

失礼ながら御曹司たちの顔は、タスマニアあたりの肉食有袋類や禿鷹、爬虫類を思わせる。ここで失礼と言ったのは、引き合いに出した動物たちにたいして申し上げている。彼らの方がまだ誠心誠意、必死に生きている者特有の引き締まった悪党ヅラをしてる。

いつの頃からか、日本人の顔は畜生以下のペラリとした薄っぺらなものになった。 …そんな主観的な断定、決めつけを言うものではない-との声もありそうだが、全くの手がかりなしにものを言っているわけでもない。

幕末維新期の志士たちの写真は、いま見ても衝撃的である。頬骨が突き出て不細工。体格も、貧弱な痩身。それなのに妙な存在感、迫力のようなものがある。なんとしても目の輝きが違う。

もう一つ、印象的な日本人の顔の写真は知覧の特攻記念館に展示してある。改築前の記念館では遺書や写真の数々が不造作にガラスケースに収めてあるだけで、その方がずっと良かったと思っているが、初めて見る人にとっては妙な演出や勿体も邪魔にならないらしい。それだけの説得力を写真そのものがもっている。

米国の知人を案内したことがある。叔父は太平洋戦争の前線で戦ったという退役軍人。姉は現役の海軍大佐という。私の伯父・叔父は帝国海軍の軍人や軍属で3人が死んでいる。単純な色わけでは敵方、「鬼畜米英」の片割れである。

その男が、特攻隊員の写真の数々を前に立ち尽くした。長い長い沈黙の後、ひと言。「みんな良い顔をしている。日本人がこんな美しい顔をしていたとは知らなかった」。

特攻を美化する気持ちは毛頭ない。当の米国人にも妙な思い入れはない。実はニューヨークにスタジオを構える職業写真家で、肖像や静物写真の技術を大学でも教えている。職業人の客観的な見解とみていいだろう。

先日、黒澤明の「用心棒」を作り直したという映画の紹介をテレビで見た。予告編を見ただけの、またも主観的な評価ながら、感覚、技術、熱意ともに先人に劣る者が名作を作り直す意味が分からなかった。

どうにもならないのは役者の顔である。藩の行く末を憂う若侍たちが、どれをとっても今風の薄っぺらな「イケメン」ばかり。その頭にちょんまげを乗せたところで、中学高校の文化祭のにわか芝居と変わらない。

……どうにもこうにも、無いものねだりばかりする雲行きになった。が、これが私の鬱の引き金の一つだった。日本人はとうに滅びてしまったのだ。

今はせめて、出来そこないの唐芋(からいも) を温泉の噴気で蒸し、丁寧に皮を剥いて食らってみる。往時をしのぶに十分な水っぽい、まずい芋。それを、時間をかけて丁寧に食らう。

そのあとに、あらためて鏡を覗きこむ。が、貧窮追体験の効果を確認することはできない。加齢と懶惰(らんだ) でふやけきった顔に、いささかの変化もない。

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