じじらぎ

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沖縄慰霊の日

6.23について
沖縄慰霊の日は妙な記念日である。 米軍占領下、軍政時代の沖縄で定められた記念日で、日本国は今も記念日として認定していない。 いわば沖縄だけのローカルな記念日。

6.23への沖縄県民の思いは屈折した複雑なものがあるはずだが、本土にすむ日本国民のほとんどはそれが分かっていないと想像している。


いちんばん分かっていないのは式典に参列した安倍晋三内閣総理大臣。 いささかでも共感するところがもしあれば、沖縄県民をだましノーベル平和賞を掠めとった大伯父(佐藤栄作元首相) の詐欺行為を土下座して詫びるべきだろう。

そのような気配は微塵もなく、仮面のような厚いツラの皮の下に本音を隠してウソの上塗りをする。 この一族のすさまじい業の深さ、それを政治をうまみのある商売として世襲相続させることを許した現代日本の頽廃は支持する。 

ほどなく孫たちは軍靴を履いて分列行進し、本来は日本、および日本国民にたいして害意のなかった“敵” に向け銃の照準を合わせることになろう。



長い間、自分に禁じていた昔語りを今日もする。

31年前、地方新聞(南日本新聞) の記者をしていて、方言の聞き取り調査をした。 ほとんど孤立隔絶した辺地を訪ね、忘れ去られる寸前の土地のなまりを収集する。

この作業を積み重ねていくうちに気づいたことが二つあった。 一つは日本の底辺に生きる人たちの人格の素晴らしさ。 それまで文化部の記者が長く、大学に在籍する学者たちとの接触が多かった。 

単純に比較するのは穏やかでないかもしれないが、傾向としてこの人たちよりも学歴のない田舎の老人たちの方が徳が高かった。 表面はやさしさ謙虚さでくるみ込まれているが、押してみるとシンのところには人格の迫力のようなものを感じることがあった。

なぜこんなことがあるのか? 思いつくのは一つだけ。 人として生きる知恵は教科書よりも自然そのものの方が実感と切実さをもって強く訴えかけてくれるせいではないか。 

背景に、人は誠実で正直でなければ互いに暮らしていけないという地域の精神風土、素朴な信仰が関わっていたのかもしれない。 以後、風土論はかつて歴史学徒であった自分への宿題として絶えず念頭にあったが、この方の勉強は進まないまま老いさらばえてしまった。

話が軌道からそれた。

とにかく、自然と直接接して、自らの手足を動かして働いてきた人たちには、いい加減な学者先生などはとても及ばぬ徳の高さがあった。 

田舎の爺婆は侮れぬ。 長い間そう思ってきた。 


最近は、違う。 なんとしても爺婆が自分とほぼ同じ年代になってしまった。 昔の年寄りから学ぶことを忘れ、目先の欲得に惑わされて馬齢を重ねただけ。 日本民族が代々受け継いできた美質をボロ雑巾のように捨て去った。 

日本が変わった。 アメリカに戦争で負けたせいではない。 負けただけでなく誇りと正直さを占領軍に引き渡してしまった。



もう一つ気づいたのは、より具体的なこと。 ただ、それを知っている者はあまりいないと考えている。

方言の話者は、目標70歳以上、そんな人がいないときはやむなく60歳代、それも70歳にできるだけ近い人に限った。

話が一段落したあと、戦争体験のある爺さんたちには戦争がどんなものだったか必ず聞いてみた。 意外だったのは、もし日本が国家的な危機に陥ったとき再び銃をとるかと聞いたときの答えだった。
 
驚いたことに答えはみんな同じだった。 「戦争だけは二度としてはいけない」…。

誘導するような聴き方は極力控えたつもりだった。 生い立ちや、戦場、兵としての立場は違うのに答えはみんな同じだった。 終戦記念日の特集企画で、真珠湾攻撃に参加した生き残り2人にも話を聞いた。 この人たちも国家存亡の危機に際して孫子に操縦かんを握らせることを是としなかった。

この年代の人たちの特徴はこと戦争の話になるととたんに口が重くなることだった。  が、いささか強引であること承知しながらも堅い口をこじ開けるようにして戦争の是非を問い詰めると、一様に戦争を否定した。

このことを今の日本人は知らない。 

戦場体験のある人たちがほとんど口を閉ざしたままみまかった。 そんななかで、戦後の安全保障をひきまわしているのは、かつては戦犯だった人びと、あるいはそれに繋がる一族ではないか? 

軍閥政府の残党の元官僚、一部の旧軍人、たとえば真珠湾攻撃の際に航空参謀をつとめ、戦場に臨む経験がないまま戦後の航空自衛隊を指導し、日本の都市爆撃、広島長崎の原爆投下を直接指揮した米軍のカーティス・ルメイ少将(当時) に勲一等旭日大綬章を授与するために画策したといわれる源田実参院議員ら。 それを思うと、国を守るとはいったいどういうことか考え込まざるを得ない。


沖縄決戦に話をもどすと、悲劇の幕引きにすっきりしないところが残る。 

なぜこんなことを言うのか、つぶさに語らないといけないが、話があまりにも長くなりすぎた。 続きは別の機会にしたい。




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