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ムラサキカタバミ

∇…061  庭の草の項で、カタバミの花は黄色も紫もあると書いた。別件で杉本正流著『鹿児島の植物図鑑』(朝日印刷書籍、1989年) を調べていたら紫色の花のカタバミは別種と書いてあった。姿は似ているが出自が違う。

和名はムラサキカタバミ。中南米、西インド諸島の原産で、18世紀に渡来した帰化植物という。薩摩半島北部・出水地方の方言ではバクダングサ、甑島ではヨコハマソウとか。

著者は「除草がもっとも困難な雑草」とし、この草のために畑を耕作放棄した事例をつたえている。小さな球根がはじけて爆発的に繁殖するらしい。庭のクラスター爆弾。

ヨコハマソウという方言名は「毛唐瘡」(けとうがさ) という言い方があったのを思い出させる。これは西インド諸島の風土病だった。コロンブスのいわゆる「新大陸発見」からそれほどの間をおかず日本にも渡来した。

植物と性感染症とでは、伝播の速さに3世紀ざっと300年のタイムラグ(時間差) があった。感染媒体としての人間は植物の爆弾よりもずっと強力らしい。


「これ」、つまり毛唐瘡というのは梅毒のこと。正確なことは忘れたが、コロンブスの「アメリカ大陸発見」の1492年から30年たたないくらいの間に梅毒が鎖国の日本に上陸している。

梅毒は時代によって毒性が強い時期とそれほど症状が激しくない時期があったらしい。戦前までの日本人には身近な病気という通念があって「うぬぼれと瘡っ気のない男はいない」と言い習わした。杉田玄白が江戸の町民の8,9割は梅毒もちだ…と断じたという話も伝わっている。

江戸の下町の寺の跡を1990年代に考古学の手法で発掘調査がなされたことがある。墓地から掘り出された遺骨の梅毒による変形の出現率から江戸町民の梅毒感染率を推定し、55%ほどの数字がはじき出されたと記憶している。この報告は朝日新聞の文化面に掲載されたが、筆者、掲載日は分からなくなった。


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