じじらぎ

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1泊2日

∇…035  
∇…053  1泊2日で、甑列島に行ってきた。なんという手軽さ。 日付は違うが、上は出発前の小宝島湯泊湾、下は高速船「シーホーク」の水滴でくもった窓越しに撮った甑列島。 つながった海でも日によって、所によって、違う。

∇…091  港では定置網の水揚げをしていた。大敷き網という大がかり、かつ効率的な仕掛け。通る魚を種類大小を問わず罠に誘い込み、囚われた魚を小舟でごっそりすくいに行く。

海が相手だから厳しい仕事だろうが、素人目には呑気で牧歌的な漁に見える。 といっても、ただの海でなく、豊かな海でないと網の仕掛け甲斐がない。

海が荒れすぎてもいけない。トカラ列島でもこの漁法を試みたことがあった。海の穏やかな時期を選んだつもりだった。網を仕掛けて間もなく、時化が一度来た。たった一度の時化で縄が絡み、網もずたずたになった。

甑島で罠から帰った船は、新鮮な魚で船腹を満たしていた。 小さな魚はほとんどが鯵。ほんものの味の乗った鯵。宿では煮物として膳に出された。鯵ほんらいの甘味、旨味があった。

∇…094 水揚げ場に先に揚げられていた中・大型の魚はシイラなどなど。 シイラはハワイあたりではトローリングの対象魚で、新鮮な肉はステーキにして賞味すると聞いた。甑島は郷里の浜といっしょ。あまり珍重しないらしい。

シイラの方言名は、マンビキという。郷里の浜でもマンビキ。1匹でもマンビキ。 塩漬けにしてかまどのある土間の高い梁にぶら下げ、炊事の煙で燻して保存した。それで保存がきいた。(…あるいは、保存がきいたつもりにするという不文律があった?)

古くなるとカラカラに干上がり、カビ臭い。その切り身のあぶったものが飯の真ん中に張り付いている。それが昔の弁当だった。

…きのうも弁当のおかずはマンビキだけだった。きょうもマンビキ。そして、あしたもマンビキ、あさってもマンビキ。 

飯の真ん中のマンビキに立ち退いてもらうと、マンビキの安置されていた形がくっきり黄色くのこった。それだけ。それが弁当のすべて。マンビキがあるうちは梅干しも節約された。

ほかに食うものがなかった。ひもじさだけでなく、貧窮・欠乏もまた最高の調味料。 水揚げされたばかりのマンビキをみると、いつかハワイ式にバター焼きし、ナイフとフォークで食ってみたいと思う。

∇…217  下甑の西海岸。山が海に落ち込み、奇岩が多い。それと、なんとしても圧倒的、濃密な照葉樹林。この季節のもくもくと雲のように沸き、視野いっぱいに広がる山腹の緑の色相の輝きには息を飲む。

∇…157  照葉樹林に最接近した。実は投宿した民宿の庭兼畑と、それにつづく裏山。人が植えたり、生えるがままにした樹木が、目前に迫る深く広大な自然林との緩衝をなす。




さて、なぜ甑島なのか…という話。

下から2番目の奇岩の写真の端に写る人影は「おじさん」 と「おばさん」 である。 「おばさん」 については前におしゃべりしたことがある。立派な年をそれなりに食った、おばさん、おじさん。

実は高校時代の級友たち。気の合った同士おしゃべりしているうちに、同級生が甑島でやっている民宿に泊まりに行こうや…と言う者がいた。はずみで、「半世紀ぶりのことだから、気の合わない奴にもたまには声をかけようや」と言いだす者がいて、急きょ偏屈爺ぃも末席に加わることになった。

級友がやっている民宿は老舗だった。規模も大きい。ヤンチャ坊の面影をどこかに残したご亭主に入門を懇請し、しぶしぶながらも認めてもらった。
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