じじらぎ

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テレビ

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島にもテレビはある。そして島で見るテレビもやはりつまらない。のんびり日を暮らす隠居の身でも、自称他称の有名人同士のなれ合いや、下積みの苦労を知らぬ政治家のおしゃべりにつき合っている暇はない。

オリンピックぐらいは見てもいいと思って受像機の電源を入れてみる。日本放送協会(NHK)で実況放送の前宣伝をやっていた。女性アナウンサーが「期待しましょう」などと言う。

余計なお世話である。うかうか口車に乗せられて時間をつぶしたあげく期待を裏切られたら、だれが責任をとるんだ。そう思い始めると、不機嫌の虫が騒ぎだし、やたらに当たり散らしたくなった。

オリンピックは、本来の趣旨と違って大国小国の国家意識むき出しの場になった。北京五輪の正体は中華五輪。そのなかで、日本のようなスポーツ団体大国(念のため、スポーツ大国ではない)になりあがった国がメダル争いにムキになるのは見苦しい。

気持ちは分からないでもない。うかうか自分までそんな気持ちになってしまうから、なおのこと腹が立つ。

競技種目自体、首をかしげざるを得ないものが多い。競争にそぐわない本来は気楽なお遊びや見世物だったものに点数をつけて喜んだり、悔やしがったりする。女性が力技を競う図も見たくない。

水泳の平泳ぎ、それに平泳ぎの反則技を思わせるバタフライ、背泳ぎなどで速さを競うのも変だ。短距離を速く泳ぐなら断然クロールだろう。自由形で速さを競うなら分かるが、「不自由形」で速く泳いで何の得になる。

クロールは遠泳にも向いているが、波が穏やかな時は昔ながらの横泳ぎもいい。でも、遠泳を種目に取り入れたら見る方も途中で飽きそう。水練をナマかじりしている病人があまり勝手なことを言わない方がいいかもしれない。

珍妙なのはビーチバレー。海辺でもないところで水着の若い女が風船玉を突っつき合う。それに、シンクロナイズド・スイミング。決まった型があるらしく、2人そろった選手が機械仕掛けのように動く。あれを振り付けというなら、下品極まる。

それなのに審査項目には「芸術点」というのがある。もともと下品だということを棚に上げても、芸術と点数は本来そぐわない。思わず「なんでこれが芸術か」とうめき声が出た。

芸術点といえば女子体操も変だ。昔と同じつもりで見たら、いたいけな子供の軽業だった。「芸術」などというまがまがしいものを成長過程にある子供に仕込むのは虐待ではないか。21世紀の人類はこんな因果なものを見て喜ぶほどに異常進化したらしい。

野球が五輪種目にあるのも不思議だ。プロの興行が成功し、社会的に定着している種目をオリンピックが取り上げるとプロとアマの境目がますます分からなくなる。その前に、野球を取り上げるなら、なぜゴルフを外す。ゴルフは嫌いだけど、筋が通らない。女子ソフトが次回からなくなるというのも分からない。

愚痴のついでを言えば、わが国の国営放送(?)は画面の隅に「アナログ」という文字を入れるようになった。「お前んチのテレビは時代遅れのボロ。日本人ならみんなデジタルだぞ」という声が聞こえてくるのは気のせいか?

宿のテレビは確かに映りが良くない。しかし、それは電波状態が悪いせいで、受像機自体はどこも悪くない。まだまだ十分に使える。これを早々とゴミに出して新製品に買い換えても事情は変わるまい。島ではデジタル放送をまだやっていない。


【写真は妊婦の顔(うね神)を宿のベランダから望んだところ。裏側、つまり右の横顔はもっと美人だった。記事とは関係がない。最初の写真が削除された恐れがあり、念のため再掲しました】
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