じじらぎ

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郵便箱

∇…012 郵便物を局留めにする手続きサボって島に渡ったら、門口のポストが破裂寸前になっていた。なにしろ1カ月分。時期もよくない。外側の封書は一部が濡れていた。

書籍小包もあった。植村雄太朗著『種子島語のゆたかな世界』(2009年7月1日、南方新社)。 

ありがたいことに水濡れからは免れていた。 「著者 謹呈」のしおりに、ゆったりした筆跡の添え書きがあった。「届いてくれよ ト祈りつ ゝ」。

私の生存、消息にいささかでも関心をもつ因業な人たちは、再々おもしろくない思いをしている。 

年賀を出してもウンともスンとも言ってこない。電話は出ない。やがて「この電話は使われていません」という機械の声。

人づてに聞けば、まだ生きてはいるらしい。また引っ越したという話もあるらしいが、手元の控えの住所が転居前のものか転居後のものか分からない。  

とにかく著書や論文の抜き刷りなどを送ってみる。そうすれば、転居先に転送されて、ひとり前の礼儀をわきまえているなら現在位置から何ごとか言ってくるはず…。

そんな期待を何度も何度も裏切ってきた。手紙はめったに書かない。せめて本や品物を届けてくださる人にはお礼を言わないといけない。それが出来ない。

最近では本4冊、宅急便1件を受け取った。実は、たいていその日のうちにお礼状を書きはじめる。 途中で、電話があったり、何かほかのことを思いついたりしたら中断する。

いったん中断して、あとで仕上げるべく読み直すと、乱文乱筆が紙の上で踊っている。なんとも見苦しい。 いちど嫌になると続ける気がしない。

本の場合では、ひとまず電話でお礼をいうべきだと思う。それをしないで、決まり文句の賛辞ではなくキチンと読みとおしてから便りを出そうと思う。そんな殊勝な心がけを起こすと却ってダメな結果になる。

今度の植村さんには四国の自宅に電話した。出ない。翌日も電話したが、応答なし。そのうち斜め読みながら目を通しはじめた。

著者は学会では知られた方言学者である。研究室にも残らず、教職に就いてからは現場一筋。それと何より生活人。

キッチリ、真っ正直に生きている人の吐く言葉はそのまま詩になる。そういう意味でも、ほんものの詩人。田舎で生きたきたせいか、忘れられかけている日本人の諧謔味が身についている。

こんな人が書く本が面白くないはずがない。 困ったことである。ほかにすべきことがたくさんある。



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