じじらぎ

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一斉清掃

∇…004     「皆既日蝕にそなえて」 と称する島内一斉清掃が始まった。午前9時に住民センター前に集合せよ…との放送が昨日あった。要領をえないまま鎌一丁かかえて行ってみた。

やはり人が集まっていて、作業が始まっていた。出がけによんどころのないことがあって、10分ほど遅刻したが、みんな気にしている風はない。

来ても来なくてもいいのが来て、「やぁ、お久しぶり」。そんな自然体がいい。 ……と思っていたのが、あとで「出席」の扱いにされ、ひとり前に遇されているらしいことが分かった。これは気になる。

まともに歩けない病気もちの爺ぃが、邪魔をしない、ケガをしないことを戒めとしてノコノコ出てきた。みんながやっていることを自分も真似してみたかっただけのこと。

それを「出席」 扱いは身に余る。というよりも、公序良俗に反する不当な扱いではないか? 

どだい、出席、欠席にこだわるのがおかしい。島の清掃というのは、自分の家の周りの掃除と一緒。出席も欠席もない。

しかも、1週間続けるのだという。掃除なんてものは毎日のようにするのが当たり前。そして、気が向かないときはサボっても差し支えはないといった塩梅のものだ。

七島めぐりマラソンが島に来るときは1日だけ一斉清掃があった。皆既日蝕だと、1週間! ……この調子だと天皇行幸ともなれば、炎天下に毎日1カ月ということになるんだろうか?
 





∇…005   行幸といえば昭和2年8月の奄美行幸の際、トカラに小学校令が施行されていないことが天皇の耳に達したという。

まさに驚天動地。「早く実現するように」 との鶴の一声があって、昭和5年に十島村立宝島尋常小学校小宝島分校も開校した。

校庭の片隅に「初代 水間先生記念碑」 が残されている。近くの木陰で作業をサボっていたら、道路向かいの教員住宅の方から女将の声がした。

行ってみると、記念碑と同じような作りのサンゴ礁をコンクリートで固めた石板が藪の陰にあった。苔が生えて、文字は「小宝…」 というところまでしか読めない。

上の方に島と波の絵が描いてある。思い切りのいい伸び伸びとした線。素朴ながらも絵心のある人の手に違いない。

昔、分校の養護教諭をしていた女将によると、昔は「初代 水間先生」 の碑と並んで立てられていた対のものという。

初代・水間竹六先生について、奄美出身だったらしいというほかは女将も消息を知らない。とにかく小宝島に正式の学校が出来、先生が赴任した。

それまでトカラでは、島で読み書きのできる有志が教え、報酬はその時その時に獲れた魚、および何かにつけて労力を提供することで済ませたという。

分校を建て先生を迎えることになっても、初年度の先生の給与は島の人たちがお金を出し合ったという話も聞いた。うろ覚え未確認につき、続きはいずれ。


∇…007   分校の校庭にある記念碑。対なのか、裏なのか表なのか、今は分からなくなったもう一つの碑は、道路向かいの教員住宅の隅の藪影にある。


日蝕がらみで人の出入り、荷物の積み下ろしが輻輳してきた。いきおい「フェリーとしま」 の接岸時間も長くなる。12日鹿児島港への「フェリーとしま」の接岸は1時間ほど遅れた。

11日は近畿日本ツーリスト の小宝島担当、W氏が下船した。12日は奄美からの上り船で、さらに2人が上陸。いちばん多いときはツーリスト40人に調理人、医師などの支援要員20人が島にやってくる。



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COMMENT
清掃御礼
 日食観測ツアー参加者の一人です。島民の皆さん総出で、しかも御病気のお年寄りの方にまで清掃をして頂いたとは、誠に有難いことです。間もなく伺いますので、よろしくお願いします。
こんにちわぁ~^^
先日は本当に嬉しいコメントを有難うございました。。。島総出で大掃除。。。すごく大規模な行事なんですね。。。私たちなんて家の中も2日に1回のペースでしかしてないのに。。。見習わなきゃって思いました^^;
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