じじらぎ

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世界はマルなのだ!

∇…DSC00653


午前2時半ごろ目が覚めた。未明の小宝島はもう秋だった。もの思ふ秋である。以下、気がついたこと、思いだしたことなど……。

※秋がきた
……風が爽やかなのをとおり越して、冷たい。夜が明けてしばらくは鳥の声だけだった。日が昇ってしばらくしすると朝寝坊の蝉たちが鳴きだした。気がつけば、やっぱり強烈な夏。

※ほしいものは手元にある
……言葉では表現しにくいが妙な感覚である。もちろん、悟りをひらいたわけではない。もっと現実的、即物的なこと。

たとえばサン太郎もそうである。起きぬけに目を合わせたら、ものほしそうな顔をして落ち着かない。ためしに庭に連れ出してみると、水のあるところに駆け寄ってガブガブ飲む。サンにとって私が思いを多少とも叶えてくれる世話人。目で訴えるだけでことが済む。とすれば、私を助けてくれている存在はいったい何なのか。念のため…、神仏は敬意をはらっても、頼りにしてはいけないと思っている。

渇きを癒したサンは自分で定めた場所に放尿した。それにつき合う。「関東の連れ〇〇〇」ならぬ「小宝の連れ〇〇〇」。見上げると星空があった。

※ものの本質は〇である
……自分には似合わない哲学的な大発見! 〇は丸、円のつもりだが、ゼロと読んでも差支えなかろう(ゼニと読んではいけない)。 この種の予感については前にも2度ほど触れたが、あらためてそう思う。なぜそう思うか説明はむずかしい。

〇は証明になじまない。間違っているか正しいかの判別も意味がない領域。〇を実生活の用に供する場合は、いわゆるアナログ方式ということになるんだろう。これよりも実用のさいの機能性に優れ、速いのが、いわゆるデジタル方式。デジタルは〇でなく四角、どんなに複雑になっても理屈で説明できる。

古い時代の日本人はアナログ思考だったらしい。デジタル方式は知っていながら道具としてもあまり関心をはらわなかった気配。西サモアの酋長にして「パパラギ」の語り手だったツイアビもそうだった。オグララ・スー族の戦士にして呪術師、ブラック・エルクもそう。ブラック・エルクは言葉にして「世界は円だ」と喝破している。

※うっかり忘れていて思い出したこと
……出てくるわ、出てくるわ。面倒だからしばらく忘れたままにしておく。

【写真は〇のイメージ。関東在住の友人の連れ合いは黒いレトリバーである。名前を「マル」という】

【お詫びと訂正】⇒⇒前の回で「産軍複合体」と書いた。ほかのことで気になったことがあって回線を巡察したらアイゼンハワーの辞任あいさつの全文があった。デジタルはやはりすごい。それを見ると military-industrial complex とある。「軍産複合体」と訳すのが正しい。「軍」を「さん」のあたまに置き換えると敬称のようで嫌だけど、訂正します。

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COMMENT
数学者にとって災難だったのは、2世紀くらいだったかしら、ローマから数学という学問が追い出されたこと。でも、そのおかげで数学はインドに渡り、「0」という概念が生まれました。
 これは「○」という考え方のなせる技だと思います。0と○はずいぶん似たところが多い。非常に興味深い話です。

そして次のネタを獲得しました(笑
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