じじらぎ

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田畑

どこで暮らしても心が和むのは,子どもの遊ぶ声。それと大人たちが手足を動かして働き,折々にくつろぐ姿が身近にあること。

小宝島には,そんな古い日本のたたずまいがかろうじて残されている。 しかし,昔ながらの音と風景がいつまであるのか…。先のことを考えると心もとない。


1平方㌔しかない小さな島は麦わら帽子を海に伏せた形。真ん中に103㍍の竹ん山の台地が隆起し,耕地は切り立った崖の下,東側から西側にかけて点在する。帽子のツバは広いけれども,遠い波打ち際まで険しい珊瑚礁が延々と続く。

暮らしの視点から珊瑚礁を見ると,どうしようもない厄介者である。のこぎりの刃のような岩肌,それが剥き出しのまま一面に広がる。鍬はもちろんツルハシも受けつけない。人が気安く立ち入ることさえ拒否する風情。


珊瑚礁をひらいて土に変えた耕地も雑草だらけの区画の方が多い。畑を2,3年休ませた焼畑耕作の名残なのかどうか? とにかく人手が足りない。人はいても金にならない自給用野菜をつくる人は少なくなった。
 


水田   かつて小宝島でも田んぼで稲をつくっていた。今はこの状態。復原すれば二毛作,三毛作もできそうだが,田植えが始まる気配はまだない。

「行き分かれ」の三叉路にある石の細工は“田の神”ではない。昔の中学生が工作の時間かなんかで刻んだ作品。

宝島と小宝島の田の神は,海辺から拾ってきた丸い自然石で,人の形を刻まない…というのが民俗学の定説らしい。 ただし,いま島にいる生え抜きの人たちは自然石の田の神も見たことがないという。


牧草   肉牛のための牧草をつくっている畑。 なんとしても島が狭い。飼料の島内自給ができる見込みはない。


湯    長いこと雑草の生えるがままだったところが,1日のうちに畑に戻っていた。だれかが突如,頑張る気になった。


崖下   崖の真下にある畑。そそりたつ絶壁の下で落石をおそれて家を建てない区画が畑になっている。家は一周道路の向い。住まいに近いせいか割と手入れも行き届いている。

右上に見えるバナナの木は直径25㌢ほどの茎が折られていた。台風17号のせい。民宿パパラギのパパイヤも幼木5本が潮風で立ち枯れになった。南方系の木だから塩害に強いと思い込んだのが甘かった。


秀さんの畑   集落の入り口に近い一周道路沿いの畑。この畑にはポリタンクで水が運ばれ,毎日手入れされている。珊瑚礁の上の土でも,思いをかければこたえてくれる。

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COMMENT
こんばんは!
訪問&コメントありがとうございます。^^

よそ者の見方で美しい島だとか、風景だとか、軽々に口に出す事を、はばかられました。
読ませていただいているうちに、自分が置かれている状況とのあまりの違いに、愕然となりました。

そして、下の記事を読ませて頂いて、より厳しさを思いました。

自然の中で自然だけの明かりでは星の輝きも、また格別なものなんでしょうね。
たまに行く事は心身の癒しになる事は、はっきりといえます。

リンクありがとうございます。
私の方もリンクさせていただきます。

あまりご無理なさいませんように。。。
こんばんわぁ~^^
ご心配かけてすみません。。。謝 畑っていいですよね~^^子供たちのはしゃぐ声。。。大人たちの働いてる姿が見れてすごく幸せな時だと思います。。。このままずっと続くことを信じて生きたいですよね^^
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