じじらぎ

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時計はケ死まん

時計    どのくらい古いのか分からない古時計。それが生きている。
……というのが、きょうの大発見。

未明の午前3時前に目が覚めた。目が覚めたときの風景が違う。寝ているのは畳の上。下手な造作の寝台と違ってグラグラしない。客がいないのを幸いに、食堂のテレビをつけたまま、酔って寝込んだらしい。

薄い夏用の掛け布団は、女将の仕業。ふだん、やたらに口うるさいから、このくらいの埋め合わせはあっていい。

北に開けた窓から星がたくさん見える。 そして、いつもの場所に見慣れた古時計があった。

古時計の出自、出生の顛末は分からない。宿の者の目にとまったのは古道具屋の片隅であった。埃をかぶって打ち捨てられたような格好なので、安いのかと思ったら高い。

値段が気に入って言い値のまま買った。なるほど、見かけに惑わされてはいけないので、断じて安物ではない。

ちゃんとした時計である。思えば2年前、腰の養生に島にやってきて、うかうかと居続け、止まった古時計のねじが巻かれないままなのを見かねて、うっかり手を出した。それがウンのツキはじめ。

それを機に身分が“格上げ”になった。いちおうの宿代は払っているつもりだったのが、ただの客から下足番、兼三助見習いを任ぜられた。 今は名ばかり管理職の就任を要請されているが、それだけはお断りしている。


さて、話は古時計だった。  「31days」とある。31日巻き、ちょうど1カ月。しかし、前に巻いたのはいつだったのか忘れているから、突如止まる。

そのかわり、生きている間は絶対に正確である。ネジがゆるみ切って、止まる寸前になっても狂わない。

今どきは国を動かすトップの人たちはネジがゆるみっぱなし、狂いっぱなし。それを許す国民も狂っている。 

…これを思えば稀有のことである。 老残の身で、いつマダラから完全ボケに移行するのか、日々おびえて暮らす。爺ぃのような者にとっては聖者のような存在。


きょうの発見は、時刻を打つ音が、ネジがゆるむと遅くなるということ。もう一つ。それでも時計は狂わないということ。

なぜか? ネジを巻く鍵穴は2つある。一つは、時計の針を動かかすゼンマイ・バネにつながったネジ。もう一つが時刻を知らせる鐘のためのバネにつながっているらしい。

そのうち、時鐘用のゼンマイは、ゆるんだらゆるんだなりで打つ回数さえ正確であればいい…という設計。そのかわり、針を動かす仕掛けについては、当時の技術、知恵のすべてを注ぎ込んだということらしい。


まぁ、それで納得。 しかし、それにしても、この時計をつくった人たちの志、意気には感服する。裏返して、どこでいつごろ、誰がつくったのか調べてみたいのだが、ご神体に汚い手をふれるような気がして、そのままにしてある。


ところで、時計を擬人化する感覚の由来はなんだろう? 鹿児島式の言葉づかいでは、狂ったというだけではなく、時計が止まることを「ケ死んだ」という。

ケは忌み嫌うことを強調する接頭語。もっと強調したいときは、さらにイという音をかぶせる。「イッケ死んだ!」。こうなると、完全にお陀仏。絶対に生き返らない。

ちなみに、怖いと言いたいときは「災か(ワザイカ)」 と発する。強調したいときは「ケ災か」。もっと強調したいときは「イケ災か」。


また、脱線した。ついでに、もうひとつ脱線。

時計にたいして、生きている、死んでいる…という言い方をする言語は、フィリッピンのタガログ語が同じだという。ひょっとしたら何分の一かは同じ血が流れているのかもしれない。
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COMMENT
inazumaさんへ
おいでになったのが何年前か存じませんが,おそらく何も変わっていないでしょう。今でも七島のなかでいちばん港の条件が厳しいのは小宝。空と海の景色は変わりようがない。

三島とは不思議と縁が薄かった。行く準備をしたのが2回。いずれも直前でキャンセルになりました。1度は自分の都合。もう1度は,港までリュックをかついで港に着いたところで欠航を知らされました。

まぁ,縁がなかったということは,これから縁があるということですね。
十島村の星空
ネット検索で、三島村情報を探していましたら。
いつのまにか、たどり着き、ちょくちょく拝見させてもらってます。
母が、三島村出身で子供の頃遊びに行った思い出で、去年、一昨年と、訪問しています。

十島村にも、平成4年頃、小宝島に仕事で行った事を思い出し書き込みいたしました。

かなり前の事ですが、あの美しい星空は、一生涯忘れられない思い出です。
年をとってからの4歳のわが子にも、見せてやりたいものです。

最後になりますが、島に着いてすぐに民宿の女将さんに言われた言葉が印象的で忘れられません。

(あなた達は、一航海で帰る予定で着てるでしょうが、次に船がここの島に寄って鹿児島に帰る保障は無いのですよ。)

その言葉どうりタラップが前後に走っている中を、飛び降りて島に上陸したのを思い出しました。

いまでも、ランプウエー制限入港の文字をみて、思い出します。

三島村の港が、立派になって安心して船が接岸できるようになって良いのですが。
反面、自然が失われていくようで寂しいです。

現在のそちらに状況は、わかりませんが、なつかしいです。
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