じじらぎ

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生きていてよかった!

朝焼け089   月曜日の朝が明けた。朝から存分のお湿り。日がな一日,雨に振り込まれたうっとうしい日…と思っている人がいれば,それはフ(運) の悪い人。

7時前に外に出ると空の様子はよほど違っていた。 目の前に「朝焼け小焼けだ。大漁だ…」 とでも歌い出したくなるような見事な空があった。

虹100   露天風呂には旅の青年ふたりが来ていた。朝焼けに見とれていたが,温泉場の階段をのぼって湯船に近づくと,裸のままの青年が爺に気づくと同時に「おおっ!」 と声をあげた。

近づいてきた爺ぃに後光が射していた。 …のではない。 

西の空,竹ん山から虹がたっていた。完璧な半円形で広角レンズに入りきれない大きさ。 

青年は「来てよかった!」とつぶやく。そのあと,すぐに言葉を継いで「いいや,生きていてよかった!」

「夕焼け小焼けだ。大漁だ…」 には続きがある。勘のいい人はすでにお気づきだろうと思う。金子みすゞ の「大漁」 の冒頭である。


分校の文化祭の出しものについて未明まで考えた。思案の挙句「雨ニモマケズ…」 のかわりに,金子みすゞ の詩をつかわせてもらうことにした。分校の方にはまだ伝えていない。

翻訳の試作は以下の通り。…薩摩半島のなかでも私が育った西海岸・串木野の浜ことばを用いた。鹿児島市あたりの話し言葉とほとんど同じだが,形容語彙は浜ことばの方が多彩で,表現力が豊かだと思っている。

以下対訳。


大漁……………………!!(翻訳不能)

朝焼け小焼けだ……… 朝焼け小焼けじゃ
大漁だ。……………… ズ(漁) があったド
大羽鰯の……………… ふっとかイワヒの
大漁だ。……………… そがまし揚がった。

浜は祭りの…………… 浜はうったいもたいの
ようだけど………………ごたいどん
海のなかでは………… 海(うん) のなかじゃ
何万の………………… あばてんね
鰯のとむらい………… イワヒのおくゆ
するだろう。…………… すっとじゃろ。



のっけから翻訳不能で申し訳のないことになった。題名と,本文のなかに2度用いられている「大漁」 という概念は私の田舎にはなかった。

というより,あっても存在を認めなかった。大漁に恵まれても,それをみだりに口にしなかった。

漁師同士が通りで出会って交わす挨拶は決まっていた。「ズはあったか?」と問えば,問われた方は「さらい!」 と応じる。定番の「さらい」だけでなく,たまには「とやかっ」 と答えることもあった。

さらい…は全く獲れなかったというlこと。完全な文章にすれば「さらいズがなかった」となるが,浜では音を節約する。ひとこと,サライ!

「めひのせ!」と発することもあった。意味するところは同じ。飯の菜,つまり自家用のおかずにするだけの漁しかなかったというのである。

とやかっ…は,そこそこに獲れたということ。実質は大漁である。 さらい,というときもかなりとれているのが普通で,本当に「さらい」だったかどうかは顔つきをみれば自ずと分かる。


昔の漁師たちが漁獲量を過少申告したのはなぜだろう? 

いってみれば企業秘密で,翌日ライバルに先回りさせない知恵かとも思った。実はそんな底のしれたケチな話ではないことに最近になって気づいた。


ほんものの漁師は大漁をおそれる。 年をとってマグロ船を降りて沿岸で一本釣り漁をしている年配の漁師たちは特にそうだった。 おそれる,というより恥じるのに近い。


帆かけ舟のころ,近在の漁師たちの間では「串木野ん前で舟まぎいをすんな」 と言い習わした。船まぎい…というのはヨットならなんというんだろう? 風上に向かって帆走する上級者向けの超絶技巧。


串木野の港は地形の制約で,ただでさえ荒い東シナ海に向け西側に開いている。北には山影などの障壁はなく,防波堤を一歩出ると小舟は波と風に翻弄される。


条件がきびしいところで食っていくには腕を磨くよりない。漁民の平均的なレベルが操船の達人級で,そんな港の前で上手なつもりで舟まぎいなんぞしたら笑われる,と戒めたらしい。

とうぜん,漁の腕前も達人級がごろごろいた。漁具は木材を基本材料にして手作りしたが,浜の漁師の木工技術はいい加減な指物師にはひけをとらなかった。


そんな漁師は海の底を熟知している。魚の資源量についても承知しているので,船が傾くほどの魚を揚げて相場をくずすような馬鹿なことはしない。豊漁の時は早く漁を切りあげ,新鮮な魚を揚げ場におろす。


宗教的な背景もあったようだ。 亡くなる直前まで帆かけ舟で海に出ていた祖父は,晩酌をするときは必ず膳のふちに盃の焼酎をそそいで「えべっさあ(恵比寿様)!」 ととなえた。

一向宗(浄土真宗) の門徒でもあって,節目には漁を休み,羽織を着込んで寺に出かけた。毎晩のえべっさあへの祈りも,魚のとむらいを兼ねていた気配である。


語れば,また長くなるけれども,郷里では子どもが釣りの真似ごとをするのを嫌った。鹿児島県内では山川港でも,戯れや手すさびで釣りをするのを喜ばない気風があると聞いたことがある。

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COMMENT
Re: タイトルなし
運のいい人たちです。島に腰を据えていて虹もよくみますが、完璧な半円の形をなしたものは初めてでした。
件の青年に、こちらで会いました(^^)
話をしているうちに「小宝ですごいものを見ました」って話になりどっかで聞いた話だな?と思っているうちに「あぁ、あなたのことブログに出てますよ」と(思いいたって)お見せしたら・・・・ビンゴでした!
この空をみたら

そう思いますよね!

今日も好き日に…
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