じじらぎ

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“おいどん” に関する偏屈爺ぃ的考察

去年,薩摩語に翻訳して文化祭で発表した『吾輩は猫である』の冒頭部分がしっくりこない,という話は前に書いた。

それで,翻訳をやりなおしたわけだが,しっくりこない理由については,後になって思いついた。出だしの「おいどん」 がいけなかった。


訳として間違っているわけではない。直訳としては正しいけれども,心持ちを伝えていない。 実は,西郷隆盛でも人斬り半次郎(桐野利秋) でも,実際の会話では「おいどん」 とは言わなかった。

その場に居合わせて確認したわけではないが,言うはずがない。 薩摩人の気質を調べると納得できるはずだ。 

もともとの薩摩人は偉ぶったり,矢鱈に武張ったふるまいをするのを恥じた。 人前で「おいどん」 などというような尊大な言葉づかいをするはずがない。

この場合,アタイという。これを女性的とするのは薩摩語を知らない他所の人たちが勝手に思うことで,優しくはあってもナヨナヨした甘ったれた響きはない。


ただ,漱石の猫は無理して突っ張っている。ネコどんは,口先だけではらわたがない五月の空の吹き流しの江戸っ子のはしくれに違いない。吹き流し系の猫どんの精一杯の突っ張りには,やはり敬意を表さねばならぬ。

となれば,吾輩を「アタイ」 と訳すわけにいかない。やはり「オイドン」。

オイドンのもつ尊大さは,述語部分にやや丁寧な言い回しを付加することで中和することにした。オイドンを主語にした行(くだり) は原文のニュアンスと少しちがっている。その代わり薩摩語としては自然な言い回しになったような気がしている。



ついでに弁解,もう一つ。金子みすゞ の「大漁」 の詩,「浜は祭りのようだけど」 の「祭り」 は「ウッタイモタイ」 と訳した。これでいいのだが,この語彙を理解できるのは余程古い人だけかもしれない…と思いなおした。

それで「テコシャンセン」 に改めた。テコは太鼓,シャンセンは三味線…。つまりお祭り騒ぎのこと。

祭りは「祭イ」 と訛って,テコシャンセンよりも普通に用いられる語彙。だから,「祭イ」でもいいのだが,マツイと言えば,焼酎を飲む…という意味に限定して使われることも多い。

きょうあたり一杯やろうか…と言いたいときは「きゅどま,まつろカイ」 と発して,ささやかな身内の酒盛りがもたれたりする。


ウッタイモタイは長いこと語源が分からないまま使ってきた。 大隅地方に遊びに行ったとき「ウッタイモタイ」 と言ったあと「ヒエヒタイ」 という言葉をそえる年寄りがいた。それで氷解。

ヒエヒタイは笛を吹いたり…の訛りに違いない。ということは,ウッタイは鼓や太鼓を「打ったり」 ということ。モタイは「舞ったり」ということ。なるほど,どんちゃん騒ぎのお祭りはウッタイモタイと言うほかない。


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COMMENT
Re: こんにちは
ほんとうに何にもない島の住民です。よろしくお願いします。
こんにちは
西郷隆盛が「おいどん」と言わなかったということは聞いたことがあります。
熊本の知り合いも、「熊本までおいどんって言うイメージを持たれているけど、言わない!」と言ってました(笑)
根強いイメージがありますね。

勝手ながら、こちらのリンクを貼らせていただきました。
これからよろしくお願いします。
こんにちわぁ^^
我輩は。。。猫である。。。ってそんな名前の由来があったんですね。。。私もおばあちゃんの時代は色んな言い方をしてたんだよ~って聞いててその中に「あたい」もありました^^南下懐かしく思えました^^「大漁祭り」ってちびっ子の演歌歌手が歌ってましたね^^
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