じじらぎ

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バカさ♨

古い堤防      いちき温泉センターの隣に物産館がある。そこの駐車場からの見晴らしは知る人ぞ知る絶景。

薩摩半島の深南部からつづく長い長い吹上浜の砂丘が尽きたところが八房川(やふさがわ) の河口。ここに古い港がある。

かまぼこ型の堤防の石積み。昔ながらのたたずまいが保存されていて,不思議な存在感にうたれる。

めんどうなので,あとで機会があれば調べたいが,ひょっとしたら築堤は江戸期。 もうひとつ,ひょっとして,肥後の石工・岩永三五郎の仕事かもしれない。 そうであってもなくても驚くことではない。




脱衣場    いちき温泉センターは河口からつづく松林のきわにある。ときどき近くの国道を通るけれど温泉に入るのは初めて。

入浴券を求めると,番台のおばさん(…といっても爺ぃよりはずっと若い) が異なことを訊く。「おとなですか?」 。

ご覧のとおり,もう子どもじゃない…と答えたら,「70歳以上ですか?」 と問いなおした。 大人と区分けする物差しは未成年ではなく,高齢であるかどうかだった。


なぜ,そんなことを訊くのか尋ねてみると,70歳以上は割引があるのだという。湯銭は,古稀に達したら200円,“未古稀” の半端者は250円という。

なるほど,結構なはからい。


もう一つ,番台の眼力にも感心した。 鹿児島でも東京でも,トカラの島々でも海外でも,年相応にみられたことは一度もない。

軽薄な言動のせいか,実年齢より10歳ほど若く見られるのが普通。…念のため,自慢しているのではない。

人は年相応に見られるべきだ。その方が何かと好都合で,本人も周りも落ち着く。 バカは若く見られるというが,この年になって年齢を見誤れるのを喜ぶほどのバカであってはなるまい。

 
番台のおばさんが,200円か250円かの境目の年代と見たのはさすがである。 しかし,この場合,彼女の眼力がすぐれていただけのことなのか? 

ひょっとしたら,この地域に住まう高齢者がみんな若く見えるという現象があるのかもしれない。もし,そうだとすれば,そうさせる条件は地域独特のDNAのせいか,東シナ海からもろに吹きつける潮風のせいか?



広い浴槽は昼日中から結構なにぎわいだった。混浴ではないから老若男女というわけにはいかない。どこを向いても爺ばかり。それもほぼ同年代の「おとな」 と割り引き組の境目の年齢層がほとんど。

爺たちはみんな当たり前のような顔をして,体感で44度はゆうにありそうな熱いお湯にのんびりつかっている。昭和30年代の東京・下町の銭湯よりも熱い。 それがここいらの標準らしい。

海岸の松林が目前に迫る露天風呂も結構な湯加減だった。露天ぶろはどこも温めなのが普通だと思っていたが,ここは露天も存分に熱い。

…やせ我慢ではなく,これが自分の好みの湯加減,昼間から極楽気分である。 

子どものころの銭湯を思い出した。漁師の爺さんたちの発する,爆発と切迫をくりかえす古い浜言葉はただでさえよく通るが,銭湯のなかでは一段と響き渡る。


「あっか,どこん子か」。 「あっで,あっで,やっぱいスッのヒノマイか」。

翻訳すれば,おまえはどこの子か, そうかそうか,やっぱり筋の日の丸の子だったのか…ということ。

荒っぽく聞こえるが,方言の気分が分かるものには優しい響きがあった。浜の男たちはよその子も分け隔てせずに可愛がった。


筋(スッ)というのは細道のこと。我が家のことを浜の人たちはスッと呼んだ。日の丸というのは祖父のマグロ船のこと。

日本航空が羽ぶりのいいころは「ナショナル・フラッグ・キャリヤー」 と称して威張っていた。我が家の船も日の丸を背負っていた。

遠い昔の話である。父の代になって何ハイかあった日の丸を順次焼酎にかえて,今は一パイも残っていない。


【写真は温泉センターの脱衣場。露天の浴槽でも目の前に松林が迫る】
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