じじらぎ

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看護婦さんやーい!

いつの頃からか、看護婦という呼称が使われなくなった。

看護婦と呼ばれていた職業がなくなったわけではない。女性の社会進出の先駆をつとめた職種は、もちろん今も健在。 健在であってもらわないと困る。


病気になってみると看護婦さんの有り難さが身にしみる。政治家や役人を半分に減らしても痛痒を感じることはあるまい。しかし、看護婦4人の夜間当直が、もしも3人になれば、自分のような死にそこないは、今日あすにでも寿命を終えるかもしれない。

だから、ということではない。健康だけが取り柄と思い込んでいた若いころから看護婦さんに敬意と感謝、共感と親しみの念を抱く機会は幾度もあった。



それにしても,7年前、入院の梯子をした時すでに「看護婦さん」がどこの病院にもいなくなっていた。詐欺師、ぺてん師の輩が看護婦さんを仲間に引き込んだのだ。

なりや姿は一緒なのに「看護師」。仕事の大変さも待遇も前と変わっていそうにないのに「看護師」。


漏れ聞くところでは「婦」がよくないのだという。女が箒を持っている形を表した字で、女性差別である、と大真面目で語ったアホがいた。こんな時はアホに控えてもらうのが古来にほんの作法だった。


いつの頃からか、日本人は自分の頭でものを考えることをしなくなった。判断放棄の分業体制。自分の損得と直接かかわりがなさそうなことは,肩書きだけの半可通に任せ、言いなり。

しかし,ちょっと難しく見えることでも,自分で考え、知らないことは辞書で調べたら、その方が手っ取り早い。その前にペテン師の難癖にねじ伏せられたままでは、男が立たぬではないか。

だいたい掃除をしてもらうのが、なんで差別なのだ。ご婦人方にはもっと難儀な仕事を色々してもらって背中から手を合わせて拝むこともあるのが世過ぎ,もったいぶって言えば男の悲愴というものではないか?

箒なんぞのことは小事中の小事である。だいたい「婦」に差し障りがあるというなら「民」はどうする?

反抗、逃亡を防ぐために杭を突き刺し目をつぶしたさまの象形…という。ならば民主主義はもちろん、民主党、自民党、社民党も使えない。差別用語だらけで,政治向きのことはいっさい口に出来ない。まぁ,いずれは本当にそうなるかもしれないけれど…。


話の勢いで言えば,民宿もダメということになる。ならば、平仮名にして「たみの宿」に改めればいいのかといえば、やはりまずい。パパラギの場合は、また別の専制、強圧の恐ろしい意味あいを帯びる。

なぜに、そうなるのか? これについて語る勇気は今ない。


ともかく「師」になって看護業務に従事する人たちの待遇が良くなった気配はない。名は必ずしも体を表さない。だいたい,山師だってペテン師だって詐欺師だって「師」がつくではないか…。師の蔑称を喜ぶわけにいかない。


今どきは政治家が底をついて政治屋ばかり。看護師をやめるかわりに,議員・閣僚を政治師と呼ぶのなら反対はしない。
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