じじらぎ

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「いずれ」 の話

またも書き込みをサボった。 ブログをひらいてくださる人たちには申し訳のないことだけれども、ブログをサボるということは健康にいいことだと確信している。

…きょうの発見! ブログのブログたるゆえんは、サボることを許容し、それを美質にさえしてしまういい加減さにある。 鹿児島訛りでいえばテゲテゲ(大概々々) なところ、それがいい。 m(_ _)m! 

しかし、まぁ、年がかわったのを節目としてそれなりのケジメがあってしかるべきだろう、と反省はしている。 話の続きを書くのを途中で放り出したことどもを、いつまでも「いずれ」のまま棚上げしておくのはやはり穏当を欠く。

年頭にあたってまだ片づいていない「いずれ」案件を思いだしてみる。

まず、旧年夏のトカラ列島における「地理上の大発見」。 大風呂敷を広げたような格好のままになったが、これには繰り返し踏査し、再確認の必要があった。

しかし、連続歩行が出来ない身の上。現場は、ただでさえ足場が良くない珊瑚礁原にある。腰の不具合が手術で解消されたことが確認され次第、折りあるごとに現地に行ってみようと思う。話はそれから。

勿体をつけることもないので、発見というのは新しい海中温泉である。

健康な人なら歩いて行けるところ。しかし、今のところは泉源がいくつ、どこにあるのか分からない。発見当日は興奮したが、「海中温泉」として公表していいほどの安定性があるのかどうかも、まだ分からない。人さまに期待をもたせるような言い方は控えた方がいいような気もしている。


もう一つの宿題は、自分の生れ在所の男の気質について。

なぜか優しいのだ。この点では今どき信じがたいほどに並外れた人もいる。

一歩誤ると聞き苦しいふるさと自慢に陥りそう。そんな雲行きになるのは気乗りのしないことで「いずれ」扱いにし、放り出したまま。


郷里は昔、倭寇の基地であったという。いわば海賊の巣窟。

島津義弘が朝鮮出兵の際に陶工を連れ帰り、最初に住まわせたところでもある。土地の人が陶工をいじめたために“薩摩焼発祥の地”は今の日置市美山に移されたという話もある。


そんな土地の人間がなぜに優しいのか、語り出せば長くなる。話が長くなると支離は滅裂、分解して再組み立て不能になる。それで構わなければ、いつでも語れるのだが、やっぱり気がひける。

……というわけで、宿題2件。 忘れたわけでも、忘れたふりをしているわけでもありません。 
m(_ _)m!

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