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盆と正月

∇…041   良いことが重なったとき、盆と正月が一度に来た…というものだったが、2月14日は正月とバレンタインデーが一度に来た。
あとのカタカナ書きの、何とかデーは、島暮らしの爺ぃとはかかわりのないことと思っていたのが間違いで、生チョコが届けられた。それ自体が思いもかけぬことだったが、カカオの実をすりつぶすところから始められた本物の手づくり! m(_ _)mカタジケナイ!

甘みを控えた上品な味で、これなら焼酎のつまみにもなる。あすもあさっても焼酎を飲まなければならないので、1個だけ賞味して、冷蔵庫のしかるべき場所に安置した。


正月は言うまでもない。旧暦の元日。島ではきのう大晦日(旧12月30日) に餅をついて、ご先祖さまに供えた。新暦、七島正月につづいて3度目の餅つき。

松の内の最後の日は、ご先祖さまに持ち帰ってもらうための餅をもう一度つくのだという。田んぼはもうつくらなくなったが、正月の餅つきは4度やる。



前に「ビターチョコレート」 と題しておしゃべりした話のつづきは、「いずれ」 ということにしてあった。気が乗らない、というよりも他のことを考えだして頭がふさがってしまった。来年2月以降の「いずれ」 ということにしたい。



他のことというのは聖バレンタインではなく、聖フランチェスコ。

アッシジというイタリアの小さな町に生まれながら、“山川草木悉皆成仏” ということに気づいた人。あらゆるものを分けへだてせず、鳥にも説教したという。

そんな変わり者の坊さんをバカにしないで、昔から絵の題材にしたり、繰り返し映画にしたりするところは文化文明を超えた人間の面白いところ。



若いころ、アラスカ経由の飛行機で初めてヨーロッパにいったときに、同年輩の白人の男が隣の座席だった。物静かで控えめな人で、本業はカトリックの司祭。

聖フランチェスコの事跡をしのぶためにアッシジまでいくのが旅の目的という。

行く先の意外性だけでなく、この人には新鮮な驚きがあった。 妙に器用でお調子のいい“変なガイジン” はたくさん見てきたが、それと全く違う。異文化にそだった異人種ながら物腰や語りに含羞のけしきがある。心ばえに違和感を感じさせない。

文明の勢いや文化の臭みを感じさせない、まっさら真っ正直の人がら…。そのまんまの真実一路の人は、どんな世界にもいるものなんだろう。そんな人が妥協を排して生きていくには、出家するよりないのだろうか…。


チョコレートの味だけではなく、外から来たもの外にあったものは、文物ばかりではなく人もまた感動的な場合があった。 

考えてみれば、当たり前のこと。その当たり前を肌で実感したのは北極圏の上を飛ぶ深夜の飛行機の中だった。 飛行機がもっと飛び続けていたら、私も悔い改めてバテレンに転び、アッシジに詣でていたかもしれぬ。


その後、若い神父さんがどうなったか知らないが、先年なくなったマザー・テレサは、聖フランチェスコの生き方にうたれて修道女になったという。

そのマザー・テレサが日本にきたとき、深々と嘆息したという。「こんなに豊かで、こんなに美しい国なのに、どうして日本人は、こんなに暗い顔をしているんでしょうか」。


……あらためて、鏡を見てみる。子どもの頃から暗い顔をしていたのが、今は年の功のかけらも感じさせないバカ面になった。 まぁ、暗いよりはいい。




ついでに、聖バレンタインについて、また聞きのおしゃべり…。みんなご存知のことだろうけど。


この人は12世紀の人だったフランチェスコよりも古い、3世紀のローマ領内に生きた坊さん。

ローマの兵制はべらぼうにきびしく市民には45歳まで25年間の兵役を課した。この間、結婚は禁止された。

実際には家を構え、子をもうけるケースも少なくなかった。戦争にはシーズンがあって、秋から冬にかけてはオフシーズン、家に戻ることもできた。決まり通りにいかないのが人間というもの。

お上としては、おおっぴらにやられては示しがつかぬ。縁結びの段取りをした人はほかにもいたのだろうが、見せしめに処刑されたのがバレンチノという神父さんだったらしい。

この神父さんは特段の修業をしたとか、奇跡をおこしたとかいうわけではない。聖者というよりも当たり前のことをした勇気のある人。


それにしても、勇気のある人がいる社会、いない社会、人の本性をあるがままに認める社会、無理に覆い隠そうとする社会…。世の中はさまざまである。 

基本的な安全にかかわる軍隊の在り方も色々ある。軍隊のなりたちや構成、装備、運用の仕方なども国や時代によって多彩で、こんなことに興味を持ちだしたらキリがない。


ただ、今の日本のように、占領軍への従属と奉仕を国家の存立と分かち難い使命のように思いなし、半世紀以上も自発的な隷従をつづけている“軍事大国” は歴史上ないだろう。

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今どきの年寄りは不人情で義理を欠く。そんな世のなかで、若いのに義理がたい人がいる。有り難いことです。
いくつになっても嬉しいものですね。
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