じじらぎ

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国母君、雪遊びはもうやめろ!

宿の女将がテレビに向かって声を発した。 …いいじゃない! 寄ってたかって国母を袋叩きにしなくてもいいじゃない!
ホウ!? と思った。 女将の前歴はバリバリの体育会系。加えて学校の先生をしていた前科もある。けしからん…とする側につくのが順当ではないのか?

顔を見かえしたが、ふざけている風ではない。まじめもまじめ、大まじめで怒っている。


よくよく聞いてみると、国母選手に肩入れしている風ではない。けしからん…と怒る人たちにたいして、けしからんと怒っている。



なるほど、それなら爺ぃにも思うことがあった。 

オリンピック選手って、いったい何だろう? 

とにかく、激しい競争を勝ち抜いて選ばれるのは稀有のことで、みんなから注目される。世の期待を一身に集めて本人も構えざるを得ない。判で押したように、頑張ります…と殊勝な挨拶をする。

結構なことだが、若者がどれもこれも一律に殊勝げなのはウソくさい。



爺はウソがきらいな体質だったために小さいころから問題児だった。小学のころからウソに過剰反応する厄介な子だったが、中学になると症状が進んで、体育の教師と互いに嫌悪していることを隠さないザックバランの仲になった。

とにかく言動が下品なのが気に障った。その教師が「健全なる精神は健全なる肉体にやどる!」 とのたまう。これを聞いて、逆上寸前になった。


不快感がモロに顔に出るおかげで、いろいろと不当な扱いを受けた。私個人がいじめられるのはまだいい。クラスの男子生徒全員が巻き添えを食うこともあった。

しかし、貧弱な肉体に不健全な精神を宿した問題児は、かろうじて非行や登校拒否からまぬかれた。級友たちのなかで、デキの悪い仲間が励ましてくれた。今にして思うと有り難い。


脱線ついでの蛇足…。 昔の中学校では同じ学級でも女子とは話をしなかった。その教師からわいせつ行為をされた生徒が複数いたということを聞かされたのは、卒業してずいぶん時がたってからのことだった。その教師の消息については聞いていない。



うっかり、不愉快な話をしてしまった。 …とにかく、女将もウソにたいしては拒否反応を示す体質だった。


教師の経験と身についた手口から問題児も分け隔てしない。それどころか、品行方正なお利口さんよりも、不健全な精神をやどした問題児の肩をもつ気配がみえないこともない。


それと、宿に来るいろんな客をみて学んだこともある。人の値打ちは、貧富や社会的な地位の上下とはかかわりがないことを身をもって知る機会が何度もあった。 だから一視同仁。宿で威張ると待遇が悪くなる。


統制、画一化も嫌う。「お利口さんがズラリ同じ格好で並ぶのは気色が悪い」 という。 「悪さをする子は心の底に叱られるのを覚悟し、期待しているところがある」 とも言う。


先生の子どもたぶらかしの手口については不案内ながら、言いたいことは何となくわかる。



だいたい、オリンピックを国威発揚の場とするのには以前から疑義がだされていた。日本の選手はみんな模範的愛国的青年でなければならないという取り決めもなかった。


選手選びの基準に「健全なる精神」 はなかったはずだ。上位に食い込めるか、良い色のメダルをとれるか…ということで、やっきになってきたのが実態。選手には厳しいことを言いながら、おのれらがやっていることは浅ましい。


だから、選手団のなかに“不健全” を売りにして格好をつけ、突っ張る問題児がまぎりこんでいても不思議はない。それが当たり前。

アタフタする方がおかしい。そのくらいの覚悟がなくて、なんで指導者ヅラをする?


選手にはみんなと同じように下知どおり動いてもらわないと困るという人たちがいたら、何がどう困るのか分かるように説明してほしい。その前に、オリンピックをどうしたいのか、国民の体力づくりについてどう考えているのかも聞いてみたい。




かつて問題児・いま問題爺ぃとしては、いささか不穏なことも考えている。

国民の体位体力の向上を偉い人たちが本気で考えているのなら、冬季オリンピックにあまりお金を使うことはない。オリンピックに向けた選手強化、さらには参加そのものも事業仕分けすべきである。


まず、体力向上や健全な精神の育成には金がかかるという考えが間違い。体力づくりは徒手空拳でもできる。金のかかる道具や仕掛けがないとできないスポーツは、先の見えない不況の時代には不向きである。

たとえば、カーリング。 あれは氷をキチンと張った広い空間が必要で、氷の上をすべらせる大きな石ひと揃いが150万円もするらしい。それを女の子数人が独占している。


あんなお遊びはトカラ列島ではできない。

それは諦めるとして、人口100万以上の都市にはカーリングで遊ぶことを希望する若者全員のための施設、道具を公平に用意せよ…とする民主主義的、社会主義的、全体主義的要求がだされたら、どう対処するんだろう。

しかし、これは、していけない要求。

そもそも、カーリングをオリンピックの種目に入れること自体が間違いだ。ならば、ゲートボール、ボーリング、玉突き、カードゲーム、さらにはコンピューターゲームの類も、ずっと競技人口が多く大衆的なんだから優先して種目にすべきだろう。

カーリングのような、どこか遠い国のご隠居たちの暇つぶしを種目に入れるのなら、薩摩のナンコ、土佐の箸拳をなぜ入れない! 費用はべらぼうに安くて済む。地場産品の焼酎や酒の販路拡大にもなる。



こんなことを言いだせばキリがない。特に冬季オリンピックは、スポーツとしての要素に問題があっても、ショーとして受ける要素があればいいという判断が先行した競技がいくらでもある。


冬季オリンピックの種目の多くは、暇と金にあかせて遊ぶ者や、公平さを欠く稀有の公的支援に恵まれた一部の若者だけが参加する差別的な競技の観。


ほんらいは人間の肉体の限界への挑戦とはかかわりのない、きわめて個人的なお遊び、それに曲技曲芸が加わる。昔ならサーカスや大道芸の見世物になりそうな競技・演目も多い。


となれば、冬季五輪をスポーツ大会とみること自体が間違い。 国威発揚ともなじまない。 お遊び、見世物と割り切るべきで、「健全なる精神」 を求めるのはやめた方がいい。



国民の体力を向上させたいのなら、方法はいくらでもある。小宝島も訓練の場を提供できる。生産活動と直結した実のある、愛国的な体力づくりができる。


少々波が荒く、外海に出過ぎて黒潮の奔流につかまると、そのまま悪石、諏訪之瀬まで運ばれてしまうスリルがあるが、魚はいっぱいいる。メダルを取りにいく気迫で、暗い海に素潜りすればいい。宿の食卓もにぎやかになる。

珊瑚礁の岩盤を砕いて耕地をつくるのもいい。取材陣はもちろん、だれも見に来てくれないけれども、体力づくりになるゾ!


国母君も雪で遊ぶのはそろそろ卒業して島に来たらいい。 半ケツでもいい。カッコいいと思ってくれたり、珍しがったりする者は一人もいないのが淋しいかもしれないけど…。
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COMMENT
こんにちは。
お立ち寄り有難うございます。
お久しぶりです。
で、吠えていますね!いやぁ~読み疲れるほど吠えていますよ!(失礼)
でも、私賛成!いい大人たち(連盟やマスコミ、大学までも)がよってたかって国母選手をバッシングするのを見て、つくづく情けなく恥ずかしくなりました。
オリンピックのお話で言わせていたでけば、前回の北京オリンピック!TV放映の都合で夜中の競技が多く在りましたね。選手の体をなんだと思っているんでしょう。悲痛な思いでした。
またお立ち寄りください!御礼まで
長征さん、お久しぶり!
先日は失礼な間違いをしたままお詫びもしないままでした。ご寛恕を! それにしても、日本人の了見は狭くなりました。昔の人はもっとおおらかだったような気がします。
私も国母問題には、大人げない大人を見てるようで。
何もあれほどヒステリー的に騒ぐような事では無いと感じます。若者が調子こきたいのはいつも世の常かと。軽く戒めれば済むのに寄ってたかって国会まで
反応しているのには驚きました。
某漫画家のコメンテーターなどは朝青龍問題と同列にまでとらえてるような評論。
こんな不寛容な窮屈な国にはドッチらけです。
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