じじらぎ

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加久藤トンネル

∇…016      朝「フェリーとしま」 上り便を見送った。ゆうべ遅くまで語り合った人が乗り込んで、2階甲板から顔をみせると間もなくタラップが外された。

少し波がある。船は定刻、手順どおりに動いている。天気天候がどうあろうと、多くの人がそれぞれの持ち場で努めているからそのように動く。

しかし、乗る人、送る者の縁にはどんな意志がはたらいているんだろうか?
今朝帰った人は業務で小宝島に1泊した。不思議な縁である。遠い昔、家族ぐるみのつき合いがあった。

55年ぶり。今は爺ぃと初老の紳士。私を大きい人と思い込んでいたという彼の背丈の方がずっと高い。

5つ違いで、私が背負って病院に連れて行ったことがあったらしい。中学2年のころの私はチビで、身長は139㌢しかなかった。その背中が大きく見えたという。

とにかく、互いの親族の消息を確かめ合う。もはやこの世にない人があまりにも多いのに驚かされる。夜は短かった。


加久藤(かくとう) トンネル…。ここでは、とくに思い出の深い人が事故死していた。私と同年だった人が15年前に亡くなった場所がここだったことは、ゆうべ知らされた。

九州自動車道のえびの-人吉間に6㌔あまりもつづく長いトンネルがあった。センターポールで往復車線を仕切った1本道。

一瞬でもハンドルがぶれると、中央線に立てられたポールをはじき飛ばして対向車に衝突する。運よく対向車がいなくて反対側の壁に当たって止まっても、前後から来る車でたちまち玉突き状態。

ここを生きて抜けられなかった人が身近にいた。ひょっとしたら、不思議な妄念にとらわれるようになったのには理由があったのかもしれない?

いつのころからか分からない。加久藤トンネルを走っているうちに、出口が閉ざされて、未来永劫にわたって暗闇を周回しつづけなければならないような錯覚に陥るようになった。

最後にこのトンネルを抜けたのはいつだったのか…。今は小宝島の2㌔走れば元の位置に戻る一周道路を周回している。

吹きさらしの明るい道。この道なら、いつまで回りつづけてもいい。螺旋状に周回して天に昇っていくような暢気な気分。

往復1車線で、対向車あればどちらかが停止してやり過ごす。15年前の加久藤トンネルとつながる道があれば面白いのだが、そんな交差点が目に見えるほどの修業は、まだまだ出来ていない。



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COMMENT
m( _ _ )m! すみません!
すみません! 16㌔じゃなく6㌔でした。ウィキペディアによると正確には下り6,260㍍、上り6,255㍍という。上下で5㍍の差が出るのはカタツムリ状に彎曲しているせいでしょうか? 

最後に通ったのは何年前だったか覚えていませんが、並行して新しいトンネルが掘られているところでした。
確かに
昔、対面の加久藤トンネルを車で通行するのは、非常にこわかったのを思い出しました。今でも非常に長く感じられるのに当時は、16キロもあったんですね。勉強になりました。
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