じじらぎ

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ハブとワシントン

漏れがあった。日付けが変わったあとで遅まきながら記録しておく。
4日朝、ことし初めてハブを見た。せいぜい50㌢ほどの未成年で、鳥刺し小路を横断して海沿いのアダンの林に逃げ込んだ。いつもながら身のこなしが軽い。

ことしはハブが少ないのかどうか、ハブとり名人に聴いてみたら「そんなことはない。2月から出ている」 という。

イヌ族のハブとり名人・サン婆は時々、普段は立ち止まることのない草むらで急に鼻をヒクつかせて落ち着かなくなることがある。ハブの痕跡があるらしいのだが、教えてくれない。


本来は海にすまうエラブウナギはいつものとおり、今の季節に珊瑚礁から抜け出して道路や庭で日光浴(?)をしている。例年より数が少ないかもしれない。

長いものにたいしては冷酷なサン婆に見つかるといけないので、見つけ次第藪の中に追い払っている。サン婆はシレッとした顔をしているが、目につかないところで退治したのも相当数いるはず。

これからの季節に湯泊の入り江にもぐると中くらいの水深のところを悠々と泳いでいる。ほんらいは猛毒をもつ海蛇だが毒牙は小さな口の奥にあって攻撃性はゼロ。人に悪さをされても全く反撃しない。

先日、温泉に茹ってのんびり入り江をながめていたら小さな奴が水面まで上って来てジカに空気を吸った。初めて見る行動。今の季節になると昔、陸にいたころの記憶がよみがえるのかもしれない。

上陸を敢行するのは、50㌢そこそこのことし孵化した子どもだけ。分別のあるおとなは人やサン婆がいる陸には上がってこない。


3日ほど前、宿の目の前の電柱でカラス2羽がわめきたてていた。島では、カラスが鳴くと死人がでる…と言ったそうだが、訃報は聞かない。おとどしは竹の山登山口付近、去年は鍛冶場跡の近くで騒いでいたが、繁殖行動と関係があるのだろうか?

梅雨は明けたつもりが明けない。雷雨と真夏の日照りと猛暑があわただしく入れ替わる。基本的には曇り。

梅雨入りは5月7日だったから、まもなく2カ月になる。



7月4日はアメリカの独立記念日だった。この日はアメリカの建国思想に敬意を表し、現実との乖離に思いをはせる。

思想によって国家をつくり、ジャーナリズムにも文学にも哲学があった国。かつて、良心によって国をつくろうと試みた国。この国にたいする敬意は深い。

ことしは独立記念日をすっかり忘れていた。アメリカ人よりも愛国的(?) だと思っていたが、どうやらあやしい。

弁解すれば、沈思黙考はしても、市民権のあるアメリカ人のように花火を打ち上げたりして騒ぐ習性がない。先天ボケに加齢ボケ、島ボケがまじり合い相乗してうっかり失念してしまった。


アメリカの良心で、まず思いだすのは独立宣言の起草者のひとりで、第3代の大統領をつとめたジェファーソン。

この人は奥さんに死別したあと、黒人の恋人と連れ添った。有能で魅力的な女性だったらしい。フランス大使をつとめたときは同行して秘書役をまかせ、公式行事に一緒に出ることもあったという。

この女性は実は従妹(いとこ) だった。なぜ名家の一族に黒人がいるのか学校の授業では教えてくれない。


むかし、煙草や綿を広大な農地で栽培していたころ、労働力はアフリカからさらってきた奴隷に頼った。農園主とそのせがれたちはおおむね男であった。奴隷小屋にしのびこんで不届きな振る舞いに及ぶ者が全くいなかったわけではない。


ジェファーソンのおじいさんも、そうだったらしい。身ごもった相手をどのように遇したかは知らない。生まれた混血の子を一族に迎え入れたことからすると、粗末にしなかった気配。

ジェファーソン自身は、家督を任されるとおよそ20人いた奴隷を解放した。ほかにも自主的に奴隷を解放した農園主はいたという。


初代大統領のワシントンも南部の裕福な大農園の出である。子どものころ手斧の切れ味を試すために庭の桜の木を切った。そのことを自白したということで戦前の教科書に「正直な少年」として銘記された。

米本国の歴史家でこれを事実とする人はいないという。戦後の教科書では、さすがに桜の木の話は引っ込められたが、アメリカに関して底の割れたお追従をする根性は戦争に負けて一段と磨きがかかった観がある。


ワシントンは風邪をこじらせて亡くなった。なぜ風邪をひいたのかについては教科書に載せられない話が伝えられている。

女奴隷の小屋に夜陰密かにしのびこみ、そのときに風邪をもらったらしい。享年67歳だった。


前に首都のワシントンDCの桜並木を見たついでにお隣のヴァージニア州マウントバーノンまで足をのばした。建国の偉人・初代大統領の屋敷跡というだけでなく昔の農園を見ておきたかった。

奴隷小屋もそのまま残されていた。歴史の浅い国だが、その分史跡を大事にしているのに感心した。もちろん、ワシントンの死因については説明はなかった。


ワシントンは確かに偉かった。評価の揺るぎのないところは、すぐれた軍人であったこと。


軍人の仕事ぶりは国民的な注視をあびることになるけれども、必要以上に名誉を付加してはいけない。軍人に哲学や思想を求めても、ないものねだり。良心を求めるなんぞは、大変な思い違いであろう。

戦争の歴史をふりかえると、すぐれた軍人が特段に良心的であったという事例はさがしにくい。良心は戦略戦術の足かせ。無茶を言うようだが、戦争というはそんなものではないか。



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はじめまして。いつも冷静でいて温かい視点の記事拝見してます。
島の人々の自然を慈しみ、其々の生活を大切にしている様子が素敵です。
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