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シェークジの訃報

実は3日未明に書いている古日記。記録としての混乱を避けるために書き込み日時を出来ごとのあった1日にさかのぼって修正した。いつもの手口 m(_ _)m! 

小宝島のシェークジ(細工司) が亡くなったという。
朝方、宿の女将に電話したら出ない。蚊やブヨにしたたかに食われて、畑から逃げ帰ってくるころあいを見計らって電話しなおした。まだ出ない。

しばらくして事情がわかった。島の人を見送りに港に行っていたという。

不意のことである。「フェリーとしま」 が鹿児島にあがる日だということは承知していたけれども、客はいないはず。港に行く用事はないはずだった。


なんとシェークジのお爺さんが鹿児島本土の施設で亡くなった。葬儀に出られない埋め合わせに、鹿児島にのぼる遺族を港まで見送りに行ってきたという。


シェークジというのは島の祭事をつかさどるオヤシューを補佐する役目。二番オヤシューとも言われる。オヤシューと同じく世襲である。

オヤシューはかなり前に島を離れて、シェークジにあとを任せた。シェークジは島独自の祝詞など一子相伝のもろもろのことをキチンと引き継がないまま、長いこと入院していた。

シェークジのお爺さんが何歳だったのか、この先島はどうなるのか、まだ確かめていない。



トカラ列島には若いころ一度、来た。そのときすでに変化の兆しはあったが、ある島は今、創価学会ならでは夜も明けぬようなところになったという話を聞いた。

自分はどうしようもない不信心の輩である。それでも、仏さまや島の神々には一応の畏れをいだいている。出家、在家にかかわらず仏門に帰依している人たちにたいしても、やっぱり偉いと思う気持ちがある。


ただ、科学ともかかわりのない「学会」 という組織には違和感をいだいている。

勘違いであれば幸いだが、他の宗派を認めない排他的、独善的なところがあるのではないか、と疑っている。宗派の古さ、新しさの問題ではない。


また脱線した。

とにかく、トコロの神々の声が聞こえなくなると心細い。

それだけでなく、人がかえって迷妄に走り、欲に流されそうで心配だ。自然にたいするまっすぐな畏れおののきのかわりに、浅知恵や妙な権威がはびこることにならなければ幸いである。


脱線を修復するつもりが、なんとも恐ろしい領域に踏み込んでしまった。これ以上深入りはしない。



シェークジはつい1カ月前に車椅子で里帰りしたばかりだった。

6月29日の船で島に降り、5泊6日実家に滞在して7月4日に鹿児島にのぼった。島を離れるときお爺さんは波止場で泣いた。


鹿児島市内の葬祭場で型通りの葬儀の後、遺骨は島の墓に遺骨を納める段取りらしい。訃報を聞いて、真っ先に駆けつけた親族はまず県本土、ついで県外組。島から直近の船でかけつけた人たちがいちばん遅かったという。


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