じじらぎ

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国営放送

テレビはよく見る。健康上よくないので、長くは見ない。
長い時間見ないのは特段の理由や心がけがあるせいではない。すぐに腹を立ててスイッチを切ってしまう。

血圧があがる。脳や心臓の血管が破裂したら命にかかわる。


はじめからスイッチを入れなければいいのだが、午前と午後の7時などニュース番組の時間になると電源を入れてしまう。一種の中毒。癖になっている。


ニュースに飢えているということではない。 

よそでどういうことが起きようと、海を隔てた島に暮らす隠居ジジィにはかかわりがない。


許しがたいことを国や県、村がやるのはのべつのこと。しかし、その話が伝わってくる段階になると、異を唱えても、聞いてもらえない。すでに手遅れ。

伝える側が横着だと、ニュースは意味がなくなる。事後承認、というより有無を言わせぬ通告、お達し。


議会も承認した。手続きはキチンと踏んでいる。あなた個人の不満、異議を聞いてもしょうがない、何をいまさら…と言われるのがオチ。


それなのに性懲りもなくテレビを見る。やっぱり見る。


考えて見たら、どうやら他人の思惑が気になるということらしい。
 
ニュースそのものに大して興味はない。しかし、ほかの人がどんな情報にさらされているのかが気になってしようがない。


つまり、普通の人、善良な一般市民、もっと正確に言えば必ずしも善良とは言い切れないが、バカ正直に愚直に生きざるを得ない、自分のようなごく普通の者。そんな人たちが今、どんな情報に接しているのか、それによってどんな刺激を受けているのかを知りたいのである。

ニュースが伝わらないのには特段の苦痛も感じない。しかし、ほかの人がどんな情報シャワーを浴びているのかを知らないと、なんとなく不安になる。

それだけのこと。浅ましい。情けなくて自分自身が嫌になるくらいに浅ましい話。まだまだ修業が出来ていないと思うが、それが人間というものかもしれない。


それで、毎日テレビを見る。その都度ひとりで怒る。見てしまうと不愉快なことだらけ。

だいたい、番組の質が悪い、本番組よりも金をかけているらしいコマーシャルが面白いのかと思って見直すと、またガッカリする。品がない。押しつけがましくて不愉快。なんで、ここまでバカにされないといけないのだろう!

昔はこれほど程度が悪くなかったようにも思う。隠居爺ぃの昔語りで、みんな昔は良かったという勘違いかもしれないが、すくなくともコマーシャルが時代を経て洗練されてきたという実感はもてない。


なかで、ついうっかり笑ってしまったのがローカルの広告。かき氷の“白熊” のコマーシャルは馬鹿馬鹿しくて、田舎くさいところがいい。

これが延々と繰り返されたらつまらなくなるのは目に見えているとしても、カッコをつけずにアホらしさに徹したところがいい。

ユーモアの質として上等であるかどうかには異論があるかもしれない。でも、心遣いのない独りよがりの押付けばかりが氾濫する世のなかで、たまにはバカな広告もあっていい。


アホによるアホのためのアホのメッセージ…。アホな世のなか、アホに過ごすに限る。それが許されなかったのが戦時下だった。



話が脱線してしまった。実は、勝手に番組を放送して強制的に料金をとるNHKに文句をつけるのが、今回の話の主旨であった。


この組織は、報道内容の基礎的な間違いを具体的に丁寧に指摘し、改善方を懇請しても絶対に応じない。大本営発表といっしょ。

爺ぃの場合は朝が早い。その日一番の5時のニュースで間違いに気づくことが多い。放送局の職員が勤務にはいる9時頃を待って電話する。

その間にニュースの時間枠がいくつもあって、同じニュースがそのままくり返される。当然間違いもそのまま反復される。

9時台に電話して「承っておきます」 という返事をちょうだいしてから訂正がなされるまでに少々時間がかかるとして、午後からのくり返しニュースで訂正されるかと期待する。現実はそうならない。

結局、間違いが一日中くり返され、翌日に目立った新しいニュースがないときは、またまたくり返される。


こんなことが3度ほどあって、NHKに電話するのはやめにした。最近、民間放送で働く人にこの話をしたら、私たちもいっしょ、間違いを訂正する体制をとっていないという。

その種の外部からの電話は、すべて苦情として処理し、それを承り聞き捨てる業務は学生アルバイトを雇ってさばいているケースもあるという。これがジャーナリズムの一翼をになうテレビ界の現状!?


それにしてもなぜ、同じニュースが何度も何度もくり返されるんだろう。世のなかには色んな出来事がいっぱいある。そのごく一部を切り取った事象の切片のようなできごとが、なぜくり返し伝えられなければならないんだろう。

その手のニュースには祭りなどの民俗行事を伝えたものが多い。絵になりやすい、当たり障りがないということが一つの目安になっているのかもしれない。


とすれば、NHKはすさまじい手抜きをしている。田舎の民間放送とは違う。予算もあって、人もたくさんいるはずだ。


夏になると、もっと横着な手抜きをする。このクソ暑いのに面倒くさいことをやってられるか!…という気持ちは分からないでもないが、それにしても日がな一日、高校野球の中継ばかり。

高校生の子どもの対抗試合を第一放送で毎日ナマ中継している国営放送は世界中さがしても、おそらく日本だけかもしれない。調べたわけではないが、アフリカあたりの族長国や北朝鮮あたりでも、こんな後進性が許されるはずがない。


世界には爆弾が降ってきたり、ミサイルが飛んできたりする町があり、戦争を放棄したはずの日本がそれに加担している、年寄りや病人が暮らせない、若者に仕事がない…。などという状況を考えると、報道すべきことは山ほどある。


全国の高校生のスポーツ競技をすべてナマ中継したければ、第3放送なり、第4放送なり別の枠をつくって、そこでやればいい。それだけの料金は徴収しているはずだ。


戦争については、終戦記念日に合わせた回顧ものをやっている。これは大事な仕事だと思う。

加害被害をとわず凄まじい体験をした人に限って、口をとざしたまま亡くなっていく傾向がある。遅きに失したという観もあるが、逆に言えば、今できる限りのことをやっておかないと、何もかもうやむやになってしまう。



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