じじらぎ

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お盆と聖書

数日来の東風がおさまりそうな気配に見えたので、海に入ろうと思った。シュノーケルやヤスを手入れしながら、接岸港でお婆のひとりが言っていたことを思い出した。旧のお盆がくるという。

女将に確かめたら、そうよ…という。

はて、困った。 久しぶりにやる気になったのに、海に入るのを控えないといけない。

お盆には漁も水遊びもしない。これは私の育った薩摩半島西部の浦浜でもそうだった。

子どもの頃は親の目を盗んで海に入ったこともあるが、ひとり前のおとなは禁を破ってはいけない。

安息日を守るというのは人類共通の心もちかもしれない。トカラ列島では黒不浄--人の葬送・慰霊にかかわる儀礼や禁忌--の際だけでなく、身体を動かして自然と接触するのを控えて蟄居する日がある。

「よけ日」 と言い、年寄りは律義に守っている。家にこもり、テレビをつけてもいけないという人もいる。


子どものころのタブー破りは、ただのヤンチャ。古くからのしきたりが本土では一気に忘れられていく時代だった。


島暮らしをして、タブーを守るのは必ずしも自然や神々への敬虔な心もちからではない。この辺のところは否定はしないけれども、かなりテゲテゲ(大概々々) になってしまった。

今では島生え抜きの人たちも「よけ日」 に働くことがある。「フェリーとしま」 が着く日は、いっときタブーを解除する。よんどころのないことで、接岸作業をサボると物資が届かない。暮らしていけない。


テゲテゲになっていながら、海で遊ぶのを控えるのは島の小ささのせいである。万が一、事故や遭難があったとき捜索、救援に動員できる屈強の男は数が限られている。一人ひとり顔をすぐに思いだす、ごく少数の男たち。

選りによってお盆の日に、彼らを海に引きずり込むわけにいかない。

安息日を破る不心得ものが一人いて、島ぐるみ巻き込む。嘆くのは神々だけではない。

島で暮らすとプライバシーがない。なにごとも一緒にやる。シンドイけれどもやむを得ない。独り我儘をして安息日の戒律を破ったものが事故や不祥事を起こせば、みんなを迷惑に巻きこみ島のみんなの安息を乱す。




安息日と言えば、異文化で安息日を戒律として明文化した資料が手元にあるのを思いだした。本は手元に置かないという信条をやぶった例外のひとつとして、色のあせた古い「聖書」 がある。

劣化したページが破れないように用心しながらひらいてみる。「出エジプト記」 第20章8節に“モーゼの十戒” の第4戒があった。

「安息日を覚えて、これを聖とせよ」


「覚える」 ということについて、若いころは特段の思いを抱かなかった。今は、際立って気をひく突出した概念として迫ってくる。

連綿として現代につながるユダヤの文化、新興勢力のキリスト教、およびイスラムの文化、そして、その対立相克…。根底にあるのは覚えるという文化行動ではないのか…。

高度の文化文明は知恵の継承、維持発展の手段として、記憶を大事にしてきた。戒律や詩句を子どものころから有無をいわせず、ねじ伏せるようにして強引に丸暗記させる。

日本では学齢期前の幼児に論語の素読をさせたりした。そんなことをして営々としてつむいできた独自の文化文明。それを軽視するのは東アジアの列島を拠点にした「日本文明」 だけ。

文明の版図としては、ほとんど1国の領土内という特異、最小のすぐれた文明は、いま滅びつつあるが、この話はいずれ。


∇…012       ほこり臭い「聖書」 を繰りながら、30年前に平島の原野で出遭った“ウンドー爺ぃ” を思いだした。とうの昔に故人になっているが、この人の生涯は私の胸のなかでは、ほとんど神話化している。

トカラ唯一のクリスチャン。それ以前にも、以後にもトカラ出身でキリスト教の洗礼を受け、島で暮らしながら信仰をまもった人は、おそらくいない。


彼はいつしか口をきかなくなった。年をとって甥の世話になったが、身内のものにたいしてもほとんど口をきかず、ときに聖書を開いて、ページの一角を指さすことがあったという。

“読んでごらん” というのである。


彼がなぜ口をきかなくなったのかは分からない。トコロの神々を祭った祠(ほこら) を焼き払い、ムラ八分になったとき以来といわれていたが、いまでは確かめようがない。

ただ、罰として言葉を奪われ、失語症に陥ったということではない。

30年前の不意の出遭いのとき、私の発した問いかけにキチンと答えてくれた。とすれば、修道僧のように無言の行を自らに課し、きびしく守ったということかもしれない。


行きがかり上、私ごとに及ぶが、自分はクリスチャンではない。仏門に帰依したいと念じながらも果たせない不信心の輩(やから)。


トコロの神々を粗末にしないのは、阿弥陀如来への敬慕尊崇と不信心のあいだを揺れ動くブレのはざまで、矛盾なく生じた心のあり方。

こんな言い方では話が分からないだろう。一つのヒントとして、西行法師の歌を思い出してほしい。


「何ものの おはしますかは知らねども かたじけなさの 涙こぼれて」。

表記、あるいは歌そのものの記憶違いがあるかもしれないが、おおむね以上のような歌。修行の旅の途中、何やら神をまつったらしい路傍の石だか祠だかに出遭い、かたじけない思いにうたれ手を合わせたという。

アニミズム、シャーマニズムはキリスト教文明のなかで生まれた比較宗教学という学問では原始的な未開の宗教という扱いらしい。

そうじゃないヨ…ということを日本文明に育った者が言わないといけない。そうしないと、絶対神の一神教を奉じる現代科学技術文明の主流の人たちは、地球が滅ぶまで果てしない殺し合いを続ける。


念のため、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教がいけないと言っているのではない。仲間内だけが聖別され、ほかの宗教はすべて邪教とする独善がいけない。



以下は、私の思いつき、何の根拠もない想像。

ウンドー爺さんが、トコロの神々の祠を焼き払うという実力行動に出たのは、トコロの神々を否定し、排除したためではなかったのではないか? むしろトコロの神々への畏れ、敬意が動機ではなかったのか?


あくまでも想像だが、そのときのトコロの神をまつるものの心根に不純なものを感じたのではないか、神さまがムラびとに不幸をもたらすだけの存在に堕ちてしまったことが許せなかったのではないのか? 神々のほんとうの心から離れた偶像が人とムラをおとしめるのを座視できなかったのではないのか?


こんな突拍子もないことを考えたのは、「聖書」 のせいである。

モーゼの十戒を読み返してみたら、私の信条から受け入れがたいところは2点だけしかない。まず、第1戒の唯一絶対神の宣言と他の神々の崇拝、帰依の禁止。

それと、もし優先順位で戒律を並べてあるとしたら“殺すなかれ”の殺生戒が6番目に置かれているのが納得できない。父と母を敬えという戒律がその前に位置しているから、他人が先祖に礼を失する振る舞いに及ぶことがあれば躊躇なく殺す…ということになる!?


まぁ、そんなことはクリスチャンではないものがケチをつける筋合いはない。

それにしても、あとの戒律は人が一定の空間のなかでコミュニティ(共同社会) をつくる際の心得、そのなかで暮らす知恵を説いているようなところがあって身につまされる。

モーゼの十戒は、まるで、トカラの島々で暮らす者に与えられた知恵の凝縮されたものではないのか? 読みながら、思わずうなりたくなる戒律がいくつもあった。


この話は長くなる。前にナゾナゾをだした「ばし」 についての解答とも関連があるので、第3戒「主の名を、みだりに唱えてはならない」 については、近々に語りたい。


…畏れるものの名をみだりに唱えるなという戒律をモーゼはシナイ山で劇的な手続きを経て与えられた。小宝島ではそんな大層なことではなく、昔から竹ん山(標高103㍍) の下の島びとが自然に守ってきたタブーだった。

【写真は南日本新聞社編『トカラ海と人と』 (誠文堂新光社、1981年8月) 109㌻の複写。原画は30年前に平島でヨンゴ爺が撮影した】
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COMMENT
鷹虎さん、コメントありがとうございます!
時々、ブログを拝見させていただいています。

私の田舎では横着な心がけで海に入ると、お盆に限らず、ガールどんにジゴを抜かれると言って戒めました。

ガールどんというのは河童のこと、ジゴというのは尻子玉!? 溺死体は肛門が開いており、海に住まう妖怪がジゴ=尻子玉を抜いた跡だと教えられました。

ウソっぽいけれども、不思議な説得力がありました。雷さまがとるヘソというのも同じで、分かったような分からないような…。
はじまして!
仏教でも、お盆には海に入ってはいけないと教わっていました。子供のときは実際に、溺れて死んだ人もいました。仏様が連れて行くそうです。
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